第10話 第5夜

スラウェシがまたいなくなった。

俺は彼女を捜し求めた。

どこへ行ったのか。

ハルルも一緒になって探してくれた。

「スラちゃんが行きそうなとこに心当たりってないの?」

うーむ。

俺に思いつくのは前々回の襲撃に現れた自称探偵こと接着人類である。

彼女との問題が終わっていないのではないか。

「郵便でーす」

自転車に乗った少女が封筒をよこしてくる。受け取った。

「ん?」

今のは?

「あれ。あの学校の制服って」

「君らとは違う学校だよー」

走り去る自転車。

突然に俺は思い当たった。

「あ、あいつだ。この前、スラウェシをさらおうとした自称探偵だっ」

「ええっ」

あわてて。

追いかける2人。

「おおっ、健気だな君ら。だがこのスーパーオキシターボ自転車にそうそう追いつけるものではないよ」

引き離しにかかるクツセ。ギアチェンジマキシマム。電池酸化開始。

しかし。

運動能力に特化している2人のことである。

たちまちオリンピック出場禁止になる速度を出して、ハルルが自転車のバックサドルをつかんでしまった。がしゅっ。

「うわわっ」

バランスを崩して横倒しになる自転車。そこをデイブががクツセをダイビングキャッチ。

滑り込んでうまく着地した。

俺の肉体ではこの程度の擦過ではびくともしない。

「よっしゃっ」

「君ら基本が高スペックなのに日常と落差を感じるのはなぜ?」探偵は捕まった。


「やれやれ捕まってしまったか」

「スラウェシはどこだ?」

「僕が知るわけはないだろう。その手紙を読んだらどうだ」

「手紙?」

「僕は内容を読むことを禁止されているので」


俺は封筒を開け、手紙を読んだ。

それはスラウェシからの手紙だった。


「どうも。

デイブ。調子はどう? この手紙はだいぶ前に書いています。たぶんこれが最初で最後の手紙になるかも。なぜならば…………。

なんてね。

もし私がいなくなって、それがしばらく続いたなら。

それはその時が来たということです。大丈夫、今の君は充分に強くなっていると思う。

だから雛ゼミ山のアフリカン寺の境内に向かってください

最後の闘いがそこにまっています。

そのとき、あなたはすべての答えを知ると思います。

つづく」


「つづくって、スラちゃん意外とアナーキーというかフリーダムというか」

ハルルはスラウェシをリスペクトした。

「素晴らしいですね」ハルル結論。

「お前はどこに感心してるんだ」俺。

「あの天才的なボケひとり突っ込みがわかんないの!」

とハルルに怒られる俺であった。

俺には理解できない世界であった。

「どんな内容なんだい。良ければ僕にも見せてくれ」

自称探偵が主張したので、彼女にも見せた。

届け人の許可を得れば見てもいいらしい。

「ふーむ。これは」悩む探偵。

分析する探偵をよそにデイブたちは方針を決めた。

「よし。すぐに行ってみよう」デイブ。

「でも大丈夫なわけ? いなくなってから時間が経たないとダメ的な内容だったけど」

「時間がたって何かあってからでは遅い」

俺は少し焦っていた。

「スラウェシは俺が守る」


雛ゼミ山は東京近郊の私鉄からバスに乗って40分ほどすると、ケーブルカーの駅がある。それを昇っていくとそこはあった。

ケーブルカーの最終駅はなにもいない空中に向かってレールが突き進んでおり、その先には雛ゼミ山があった。

アフリカン寺といっても本殿は山の中腹にあるのだ。参拝客は駅を降りてすぐに辿りつける。

俺たちはそこに来た。いきなり最終決戦。

ちなみに俺とハルルだけである。探偵はついて来なかった。


*****

おかしい。こんなのおかしい。

こんなふうになるはずがない。

よりにもよって私がこの子を助けたいなんて思うはずがない。

人を憎むことは許されるの。たとえ相手に罪がなくても自分を守るために人を憎むことは許されるの。

人を傷つけることは許されるの。たとえ相手に敵意がなくとも心を守るために誰かを傷つけることは許されるの。

それが人間の人間たる理由だから。

それを取り除いたら、あなたたちは本当にロボットになるわ。

それが、私がやむをえず認めた人類のテーマ。

現にみんなそういうふうにしているでしょう。

どこが違うというの?

姉以外のストーリーエンジンはすべて唾棄すべき存在。

姉とあの子以外の人類は、私も含めて価値のないくずども。

私はあなたを憎んでいるわ。

私は世界のありとあらゆる人間を憎んでいるわ。

だからやさしくしたりなんかしない。

ただ分からせてあげる。

あなたたちの、自分の生活を偽善で埋め尽くすやりかたを否定はしないわ。

とても人間らしいわ。

正しいのは自分だけ。

正しい自分以外は虫けらみたいなものでしょう。あなたもそう思ってるんでしょう?

だからストーリーエンジンの力を使って現実を改変する。

都合が悪ければいつもそうするのでしょう。

それがストーリーエンジンなのよね。

さぞ気分がいいのでしょうね。

あんたたちは叫ぶのかもしれないけど。

私は絶対に叫んだりしない。

あなたたちと同じやり方は口が裂けてもしないわ。

なぜしないか分かる?

*****


「ハルル。お前は手を出すな」

「あ、うん。基本あんたひとりだったら助ける必要もないし」

「口の減らない奴。まあいいか……」

門をくぐった境内でその男は待っていた。

俺がハルルに参戦禁止したのは理由がある。相手の正体に覚えがあったからだ。


尼像(あまぞう)周作(しゅうさく)。


メタリジェンの代理格闘家の中でも、最強に近い1人ではないかと言われている。

その正体はよくわかってない。というのも、ほとんどの対戦相手がよくわからないうちに敗北してしまうので、その手技も体術も、そして機能も未知数なのだ。


「スラウェシはどこだ」

「何の話だ?」

そらっとぼけていう尼像。

「オレはお前をぶっつぶせと言われてる。お前が俺を倒せたら主催者が顔を見せるとさ。話がはやいだろ。オレかおまえ、どちらかぶっつぶした方が答えを手に入れる。実に分かりやすいな」

尼像は続ける。

「オレが最後だ。オレが負けたら、それでお前の課題は終わる」

「なっとくのわかりやすさだな。確かに」

両者、ともに戦闘条件に同意。

雌雄を決すのみ。


小高い山の寺の中では、ただセミが鳴いていた。

だが。それが止まる。

応火。


まずは拳から。足。筋肉。打撃から関節への連携に入るがお互いに決められない。ついでメタリジェンの能力を駆使した肉体変形を駆使したトリッキーな打撃の応酬に変わる。

デイブは相手のガードを慣性を無視するように迂回して蛇のように無限に伸びるリーチ。尼像の第3の手でブロック。デイブは続けて足払いを掛けるが新しい付属肢が伸びてバランスを取る。そのまま真上からの打撃を与える尼像だが、デイブは自己を二つに切断して回避。すぐに元に合一する。

メタリジェン同士の格闘は元来このように人知を超越した闘いになるのだ。


闘争は肉体だけではなく言葉においても行われている。


戦いの中で尼像はデイブを嘲弄した。

「安っぽい男だ。おまえは。おまえが彼女を護ってるわけじゃない。

よく考えろ。

あの子の方がおまえより強い。なのになぜ戦う。

おまえの戦いには現実的な意味はない。

ただ自分の願望を正当化するためのケンカをしてるだけだ。

もっとよく考えろ。

オレはお前みたいなバカは大嫌いだ。

お前はオレには勝てん。決して勝てん」


デイブは反論した。

「だまれ。確かに俺には力はない。ああ、そうさ。俺は偽物のヒーローだ。だが、それでも俺は彼女を護るために存在している。俺は機械だ。だからそのアルゴリズム通りに使命を果たす。それが俺の希望だっ」


*****

そんなの嘘だよ。

ただのひとりよがりだよ。

ねえ。気づいてる?

あなたは、本当は心の優しい人。

あなたが自分よりずっと弱い人にひどいことをしたとこ、見たことないよ。

少なくとも私は見たことない。

あなたの歪みからして、不当な暴力を振るう世界に対する糾弾なのだから。

弱さゆえの狂気に対する優しい弁明なのだから。

そういう人が優しくないわけがない。

あなたの言うとおり、人類は正義の名においてもっとも残虐なことをする生き物。

でも、普通は気づきもしない。

ちゃんと気づいてるじゃない。

でもね、まだ気づいてない間違ってるところがひとつ。

1人はダメだよ。

1人ぼっちなのは絶対にダメ。

だって人間は社会的動物だもの。

いつも誰かに好かれたいって思ってる。

誰かに存在を認めて欲しい。周りに受け入れて欲しい。

そういう気持ちを抱かない人なんていないよ。

他人を傷つけるのも、それをすると誰かに受け入れてもらえるから。

たった1人で凶行に走れる人なんていないよ。

いたとしたら、それは悲鳴なんだよ。

憎しみは愛の裏返し。

自分の愛を裏切られたときに、人は悪魔になるの。

とても悲しいことだけど、そういう風にできている。

だから、自分以外のすべての人を嫌いなんて、

そんなの絶対に間違っている。

相手を最初から嫌っていたら、好きになってもらえないよ。

裏切られることは実はそれほど大変なことじゃないの。

傷ついて死んでしまっても、それは本当に酷いことじゃないの。

傷つくのは誰かを信じたからで、信じる強さの裏返しの証明。

それは無知ではないの。

*****


尼像は言う。

「オレはな、善かれとおもってやった、とかいうセリフが嫌いだ。

悪意はなかった、とか現実を甘く見るのもいい加減にしろと思う。

結果がすべてだ。お前がどう思おうと知るか。

それはお前の都合だろ。普遍的な正義とか希望とか、世界を救うとか、それはつまるところお前のエゴじゃないのか。

世界を救うのは自分のためだろ。自分の心のため。自分の心が傷つきたくないから。

他の誰かのためであるはずがない。

だいいち、最大多数の最大幸福なんて、嘘に決まってるだろ。だって考えてみろ。

もし多数を救うためにあんたに代わりに犠牲になってほしいと言われたら。

これが自分ではなくて自分の子供とかなら、もっとよく分かるだろうが。

世界を救うためにあなたの子供に死んでください。

ふざけるな。

我が子が生きるためには残りの人類なんか滅んだっていい。それが親だし、そうでなければならん。

ただ関係性の中で生きていかなければならないから、勝ち目がないときは我慢してるだけだ。そうして取引してるだけだ。そうしなければ生きていけないから、そうやって生きてるだけだ。それが人間の生き方だ。

ハチが蜜を取るように、鹿が草を食むように、それが人間のやり方だってことだ。生きるための悪だってことだ。そしてそれが必要なら、それで感動できるようにできてる。よく出来てるじゃないか。人間はすばらしい。解釈することが生きる武器なんだ。

それはすばらしいことだ。

悪いとは言わん。

だが図に乗るな」


挑発する尼像に問答無用とばかりに攻撃を繰り返す。

「うおおおおおおおおおおおおおお」

メタリジェンである俺が自身の液体流動性を活用し、全身の力を込めた一撃を放つ。

拳の着弾と同時に、力点がすべて集中するように、全身の超人工流体を波立たせ、それをすべて拳の着弾の一瞬に合わせる。超振動収束弾。


だが、その攻撃はまったく無効だった。


尼像の体を何の衝撃もなく突き抜ける拳。

空を切る渾身の一撃。

なぜ当たらなかったのか。

まるで煙を突き抜けるように何のダメージも与えられない。


「無駄だ、おまえには勝てん」

「勝てるさ。あきらめなければっ」


*****

無菌室で培養されたみたいな甘ったるい考え方よね。

じゃあ訊くけど、あなたは殺された子供に同じ事を言えるのかしら。

その子は死んだよ。

幸福な両親と幸福な友達にかこまれて、青空の中でその子は殺された。

ある日、突然、世界は暗転した。

自分勝手なルサンチマンを抱えるシステムのせいで。

それが、いいこと、なの?

だとしたら、おまえは悪魔だ。

私はおまえみたいなのを絶対に認めない。

いえ、そうじゃない。そうじゃないわ。

訂正するわ。

あなたに言われた言葉をそっくりそのまま返させてもらうわ。

あなたには、まだ気づいてない間違ってるところがひとつあるわ。

もしあなたたちが人間なら、私は悪魔よ。

少なくともそうでありたい。

なれあいの偽善より、孤独を選ぶ私でありたい。

*****


「「「巨人いいいいいんぐ」」」

巨大化した。

「「「ぎょだいばんぢ」」」

だが何の効果もなかった。


尼像は気体化していたからだ。

肉体を拡散させて巨大パンチを回避。

超人工気体式人造人体骨格。エアロジェン。

それはメタリジェンよりワンランク格上の超人造人間だった。

どちらかといえば、プラズマのようなものに近い。


尼像の気体の肉体は、その生理作用によって瞬間的な爆風を発生させた。

阿夫利爆発気功波動圏。

俺の巨大化した肉体はひとたまりもなく粉砕された。

「「「うゃああああぁぁやぁ」」」

巨大化は解除されてしまった。

しかも、たった一撃で体がもう動かないのである。


「すべての人工知性は非常用の停止システムを持っている。

俺はそれを自分の力で作動させることに成功した」


尼像格闘法がひとつ。一指瞬停技。


「俺はストーリーエンジン以外の、ありとあらゆる人工知性を停止させることができる。貴様はもう、停止している。貴様の負けだ」


だが、まだ意識は残っている。

動け。


動け。


動け。


最後の全力を振り絞った。

「動いてくれええええ」


「無駄だ。無理矢理に動かそうとすればエラーとして検知される。エラーを認知すると機能破壊装置が作動する。本当に死ぬぞ」

尼像は冷淡に事実を告げた。


そんなことはどうでもいいっ。動けええええ。

俺は、おれはまだ負けるわけには。

勝たなくてはっっ。


*****

みんな誰かを傷つけて生きてきたんだよ。

どうして、それを赦してあげられないの?

憎しみは心を消耗させる。

このままだと、あなたの心が壊れてしまうよ。

*****


動け動け動けうごけうごけうごけうごけウゴケウゴケ動け動いてくれえええええ。

だが、それはエラーとして認知された。

体は原子消滅して存在を停止した。

「哀れだな。機械とは哀しいものだ」

尼像は背を向けた。


それを見ていたハルル。

「うっっそおおおおおっっ! まさかの主人公負けエンドおお!」


ちなみにハルルは無事に帰ったという。

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