第6話 第3夜

「スラウェシがいない!」

ハルルが奇妙に余裕がないようなデイブを見つけて、声をかけてみたら、このような事情だったのである。

「いないって、いつぐらいから?」

ひょっとしたら心配性のこの男が、過剰な心配をしてるのかもしれないと、少し危惧したハルルはめずらしく配慮をきかせて訊いてみたがのだが。

「昨日の夜から帰ってないんだ」

という返事が返ってきたので、こりゃマジモンの大変だと納得。

「いや、厳密には夜明け少し前というくらいだ」

「何でそれで出しちゃったの?」

それでもお父さんか。

「いや、コーヒー缶を買いに行きたいと言うから。それに」

スラウェシはデイブに守られてる訳ではない。自分で自分の身を守れるほど強いのだ。

油断だった。

「くそ、俺としたことが。俺がついていながら」

「で、でも、そんな身を守れるほど強いなら問題ないんじゃないの?」

「いや、長時間だとまずい。今のスラウェシには重大な弱点がある」

青ざめるデイブ。


*****


「ここはどこ?」

スラウェシ13、つまり私は目覚めた。

ここはもう使われてないかつての美術館。

最上階の白い部屋だった。白い漆喰で壁が覆われている。窓はない。それどころか、他のいかなる家具もない。タイルで埋め尽くされているだけ。5メートル四方。

いや、目覚めたんじゃない。

もっと深刻なこと。

さっきからそれを認識してる。

「目が覚めたみたいだね。お姫様」

声の主は見回すといた、ハルルや早都と同じ学校の制服の少女。

だが雰囲気はボーイッシュ、シャーロック・ホームズ風のコートを着ている。でも羽織ってるだけだ。

「はじめまして。僕は早取クツセ。クツセと読んでもらっていい。名前の通り、靴屋の娘だよ」

よくわからん論理。

しかも僕っこだ。

ところで入り口はこの部屋に1つしかない。行き止まり部屋だ。そして出口を彼が、じゃなくて彼女が押さえていた。突き飛ばしてでもないと出られない。

何をする気なんだろう。

私をどうにかするなんてできないはずだけど。でもこうして捕まってるし。

「いや、君は自分からここへ来たんだよ」

「嘘だ」

「何でそう思うのか。根拠を述べよ」

とんでもない切り返し。

ほんの少しだけ考えた。

「瞞されたからだ」

「僕は真実しか言わない」


「これからある質問をするよ。君は」くつせの質問が来た。


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バイオハザードと弟。

第1話。

弟くんはバイオハザードだった。

だから、お姉さんはいつも弟くんについて不満をこぼすのだ。

「だってあいつ引きこもりよ。そりゃバイオハザードだから外に出しちゃいけないってのは、わかるけど」

お姉さんは引きこもり差別主義者だ。

私はお姉さんに特別に許可を出してもらって、弟くんと話すことができた。

「君はバイオハザードだって。お姉さんが言ってたけど」

「そうだよ。僕は汚染されてる。この汚染は治らない。終生続くんだ」

私はそこで自分の話をした。

いじめられてる少女が、他人には口が裂けても言わない。

でもバイオハザードには相談してくる。

その意味なんて、言わなくたって分かるだろう。

しかし弟くんは私の話を全部聞いてあげく、こう返事を返したのだ。

「見殺しにして欲しいならそうするけど」

「誰にも言わないで」

「言わないよ。僕の言うことは信用されないし」

弟くんはそこで、うーんそうだな、と長考した。

「じゃあこれだけは約束してくれないかな。自殺とか止めてくれないかなあ。そんなことされると、それを相談されながら黙っていたぼくの責任が問われてしまうわけだから」

「普通に生臭いこと言ってる。バイオハザードのくせに」

「もし自殺されたら、相談されたこと全部喋っちゃおうかなあ」

「ちょっ」

「いや。よく考えたら、あることないことを喋ってもいいよね。死人に口なしというんだし」

「あんた、性格が最低ね」

「だって後腐れがない相手として、僕を選んだんでしょ。それならなんか取引の材料を持ってきてくれないと」

「取引って……」

そうしてバイオハザードは自分の思うとおりに会話を進めるのだった。

(中略)

%%%%%


「バイオハザードと僕、の作者さんだよね」

「知らない」

「おや、おかしいな。3話で打ち切られたまま続編が書かれてないのに。作者として無責任だ。最後まで書くように」

「誘拐犯のくせに編集者気取りかっ」

「僕は読者なんだよ」

「そんな作品は発表してない、盗作だっ」

「でも僕は読んだことある」

どちらとも、ああ言えばこういう。なかなか決着が着かない。

「じゃあ質問を変えよう」

雰囲気が少し変わった。少し湿度が下がった。

「こういう展開があって、もし本当の作者なら次の展開が分かるはず。

あるところにとても不幸な少女がいた。彼女の作る物は禁じられていた。だがそれでも彼女の“何か”は妨げられることはなく、作品、そう呼べる物ならそれを、作り続けた。しかし、それによって罰も受けたのだ。理解者は1人もおらず、ひとりぼっち、病魔も彼女を襲う。そのあまりにも短い寿命の中であまりにも多くの夢を叶えようとして、そのどれにも失敗した。やがて誰もが彼女のことを忘れた。

しかし時が経ち、彼女の作品にようやく時代が追いついた。そしてその報われぬ生涯が知られるようになり、とても多くの人が彼女のことを。

薄幸の天才。

と呼んだ。人々はその悲しい物語に涙した。

しかしこれは真実の物語とは違う。事実ではあっても真実ではない。なぜなら真実とは」

そこでいったん区切る。

「さてここで問題だ。彼女の真実とはいったい何であったと思うかね?」

挙げた手をぎゅっとするクツセ。


「しあわせだったの?」私の答え。

彼女は幸せだった。

「なんでそう思うのかね」

何故といわれても困る。なんとなく。としかいえない。

「そう思ったから」


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バイオハザードと弟。

第3話。


「君は僕がバイオハザードと言われる理由を知っているんだろうね」

もちろん知らなかった。

溜め息をついた弟くんの解説。

「ほら寄生するハチのようなものさ。僕の中にはメスがいる。メスは一生宿主から離脱することなく、オスを待つ。それまでは宿主である僕は殺されない。そして無論のこと、宿主に対して信じられないほどの記憶力を与えてくれる。であるからこそ僕は、いや人間側も恩恵を受けているんだよ。僕が探偵として活躍することによって。ただしそれはオスが来るまでの話だ」

「オス?」話がよく呑み込めなかった。

「子供は宿主を殺してエクソダスする。卵を産むときのメスもかなり破壊的な行動をとる、その卵はすぐに孵化するのだがね。つまり」

弟くんの視線が壁に向かって、その外側の外界に向かっていく。

「オスをここにつれてきてはいけない。そうすると本物のバイオハザードになる。僕自身と周辺の人間に被害が出始める」

もしそういう事態になったら弟くんは死んでしまうのだろうか。

「死んでしまうだろうね。だから君」

弟くんは私に言うのだった。

「オスをここに連れてきてはいけない」

信じられないほどの記憶力とは、要するに信じられないほどの知性なのだった。

だから彼は探偵なのである。この部屋から一歩も外に出ることなく。

弟くんの解説はその後も続き、その記憶力と彼の仕事との関係も説明される。

人間が頭の中で同時に覚えていられることはそう多くはない。ワーキングメモリと言われる作業記憶は多くても7つ。彼は幾つの作業記憶を持てるのだろう。

いずれにせよ、私はいまひとつ理解できなかった。

なぜ彼が寄生されているのか。

なぜ彼が閉じ込められているのか。

そしてなぜ彼が探偵なのか。

そもそも彼の話が本当なのかどうかも疑わしい。

「もしオスが僕の所に来たら、惨劇になる。島は閉鎖されるだろう」

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クツセはじっと私をみておもむろに言う。

「結論を言おう。今の君は失敗作だ」

「え」

「君は正しい答えを言えなかった」

「だったらどうなの?」少し怒る。

「別に。ただ確認したかったのさ。彼女が命をかけた理由が何だったか」

むう。何だか分からない解説でお茶をにごすクツセ。

「残念ながら、今の時点では知る由もないようだ。あきらめるよ。仕方ない。本人が知らないのでは尋問のしようがないからね」


そこで助けが来た。


壁をどこーーーーーんと破壊。

「スラウェシ、大丈夫か!」

デイブだ。早くもメタリジェン能力全開。

タイルがこっちまで飛び散ってきて、あんま大丈夫じゃない。

「遅かったね。待ちわびていたよ」

クツセがいつのまにか、手の平に持っている水風船のような球をデイブに投げつけた。

みると手のひらですぐに水球が形成されるらしく、それをさらに投げつける。ひょっとして汗腺から進化したという、液体発生部位か。

飛んできた水玉を、次から次へとメタリジェン手刀で叩き落としていくデイブだけど、なんか様子がおかしい。

気がつくと、デイブの体は……全身が固定されていた。まるで凍りついたみたく、先ほどの水球が全身にゆるくこびりついている、いや、粘着している。

接着人類。ヒューマノイド・アドヘッショニック。

「悪いけど固めさせてもらったよ」

そのまま次から次へと水球を投げぶつけ続ける。すぐに掌に水、じゃなくて飴球を固めて投げ出す。

「さあ、僕たちはお暇しようか」

クツセが飴球を出すのを止めて、私の手を引こうとする。

「イヤっ」

拒絶した。私の拒絶は強い。ちょっとやそっとじゃひっくり返らない。

「いやったらいやったらいやったらいやったらイヤ。イヤヤヤヤヤヤヤヤいやっ!

ゴーヤカレーよりいやっ」

「ゴーヤカレーの扱われ方がひどい」

何と言われようと、苦いものは苦手なのだ。いたしかたなし。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ」

おおっ、メタリジェンの隠されたど根性がっ。全身にこびりついた接着剤が湯気を出している。ちょ、ちょっと、大丈夫、それ。燃え、燃えたーっ。

まるで燃焼人類のお株を奪うくらいの燃焼ぶり。接着剤は猛烈に白い化学蒸気に変わって蒸発していく。かなり臭い。くさいっっ。

「しょうがない。じゃあ、宿題だ。さっきの質問の答えと、それともうひとつ。

君は誰だ?」

クツセ、臭さにあきらめたのか、ここで単独による逃走プランに変更。もう私の手をつかもうとはしなかった。

「じゃあ、またね」

それだけ言うと、鼻をつまんだクツセはタイルの壁にくるっと、隠し扉、的なものを開けて消えた。

その次にクツセと会うのは、しばらく後の話だ。

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