幕間劇 「直くんとわたしは以心伝心」

 すっと通った鼻筋。

 毛穴なんて存在しないかのような陶器みたいにつるつるで白い肌。

 烏の濡れ羽色をした少し堅めの髪は、いい香りの整髪剤で綺麗に整えられている。

 男の人なのに、伏し目がちになると頬に影が落ちそうなくらい長いまつげに縁取られた切れ長の目。

 灰色がかった瞳はなんとなく、彼がこの世界の住人じゃないみたいな少し幻想的な雰囲気を醸し出している。

 普段は作り笑顔を浮かべているのに、ふっと真顔になると過る影のある表情もすごく素敵。

 あまり感情を出さないけど、彼の孤独はきっとわたしがわかってあげられる。

 そう思ってた。ずっと。


「金座線沿いに住んでます…永本 茜です…」


「…その情報…必要?」


 自己紹介をした時、目があったわたしの王子様。

 彼の名前は、佐久間さくま 直久なおひさ。派遣先にいた会社の社員でもある彼は、わたしの好きなときめきハーモニーレジェンドスターときハモ☆の登場人物、坂本さかもと 流輝彌るきやにそっくりだった。

 一見すると冷たく見えるけど、健気で努力家な女の子のことを大好きで本当は人一倍繊細な流輝彌るきや

 きっと懸命に頑張ってるわたしにゲームから抜け出して会いに来てくれた。これはきっと鹿児島から出てきて東京でがんばってる私へのご褒美。神様のめぐり合わせだってそう思ったの。

 SNSをしてないところもそっくり。Facebookだけは検索したらすぐ出てきた。

 神奈川県出身…。家族構成は一人っ子。今は一人暮らしで…残念。最寄り駅も区も書いてない。

 そうだよね。わたしとなおくんの愛の巣に邪魔者が来たら大変だから隠してるんだよね。


 わたしは直くんに視線を送りながら、デスクに座ってノートパソコンを開く。

 朝イチで来ていたメールはなんか怒ってるっぽい文面だった。邪魔なのでスクロールだけしてゴミ箱に放り込む。

 わたしは忙しいんだから、くだらないことで邪魔なんてしないで欲しい。ホントにムカつく。気を取り直して、今日も直くんのことを観察してレポートにまとめないとね。


 今日も直くんはカッコいい。今日のスーツはストライプ。ときハモ☆の流輝彌るきやが二年目の好感度最大の時に着てくる縦縞のジャージを意識してくれたのね。

 流輝彌るきやもとい、直くんがわたしのためにアピールをしてくれているのに、わたしはなかなか直くんに話しかけられないでいる。

 だって…女の子のわたしから話しかけるなんて図々しいじゃない?だから、直くんが話しかけやすいように失敗をして、ミスをカバーする正社員の直くんとミスを取り返そうとする健気な新入社員のわたしになるようにしてるんだけどなぁ…。

 乱数が悪いのか、邪魔なモブが多すぎるのか失敗イベントが続いてる。

 わたしとエンカウントするのは邪魔でハゲの部長か、クソビッチなモブアマばっかり。

 

 今日も直くんは忙しいみたい。直くんは優秀だから、無能なみんなに仕事を押し付けられて大変そう。

 

「のどが渇いちゃったー」


 大きな声を出して席を立つ。

 わざと大きく溜め息をついてから、飲み物を買うためにお財布を手にして廊下へ出る。

 流輝彌るきやのストラップがついているお財布を直くんが見たら、わたしも貴方に気がついてるってわかってくれるかな…。


 自販機でホットココアのボタンを押す。頭脳労働には糖分が必要だ。

 ゴトンと落ちてきたココアを取り出すためにかがんだ時、背後に人の気配がした。

 直くんかな?ちょっとウキウキとして振り向いた。


 でも、そこにいたのは名前も覚える価値がないモブ女だった。

 髪の毛もパサパサでダサい派手な口紅。ビッチは直くんの好みじゃない。


「あのさ…ちょっとこっち来てくれる?」


 モブ女に腕を強く掴まれて、給湯室へと引っ張ってこられる。

 ムカついたけど、なにかのイベントなんだろう。直くんがこの後きっと助けに来てモブ女を蹴散らしてくれる。そう思ったら怖くなかった。

 

「永本さんさ…納期とっくに過ぎてるんだけどインシデントレポートどうなってんの?」


「その…あの…なんのことですか?」


「客先に怪文書送って大問題になったやつ。一昨日までに提出してって言ってたよね?」


「ああ…。あんなミスくらい…わざとじゃないんですし…」


「は?何回目だと思ってんの?」


 すごい剣幕で怒鳴られた。新人であるわたしのミスくらい先輩のお前がなんとかしろよ。心ではそう思っててもわたしは偉いので口には出さないでいてあげている。

 直くんがわたしを助けやすいように、うつむいて口ごもって困っているふりをしていると、新しいモブが数人給湯室へ入ってきた。


「っていうか、永本ブスモトさ…本当にいい年してよくこんなもん職場につけてくるね?」


「永本さんも、もう35歳でしょ?経験有りってことで入ったのにここまで仕事が出来ないのは困るんだよね…」


「っていうか、このキーホルダーのキャラ、なんか佐久間さんに似てない?」


「げ!?ホントだ」


 新しく来たモブ女BとCは、給湯室へ入ってくるなり私の財布についてるときハモ☆の流輝彌るきやのストラップをバカにし始める。

 これがイベントじゃなきゃ、ここにある給湯ポットを振り回してそのムカつく顔をぐちゃぐちゃにしてやるのに。


「あ…あの…それはときめきハーモニーレジェンドスターの流輝彌るきやってrキャラクターで…」


 今のうちに謝るきっかけを作ってあげる。流輝彌るきやをバカにしたら直くんだってきっとお前のことなんでボコボコにしちゃうんだから。


「あのさぁ…そんなことどうでもいいから」


「…わたしの流輝彌るきやをバカにするのはどうでもよくない!」


「…え」


 つい大きな声を出してしまって、モブ女Aがただでさえカエルみたいにブスな顔を歪めて更にブスになる。

 わたしの迫力に驚いたのか、モブBとモブCは慌てて部屋から出ていった。

 なるほど…これはそういうトラブルを自力で乗り越えるイベントなのね。

 私が、モブ女Aから目を離さないようにしながら給湯ポットに手を伸ばした時だった。


「…あ。佐久間さん」


 モブ女Aが彼を見た瞬間に媚びたような醜い声をだす。少し慌てた顔をした直くんが私とモブ女Aの間に割り込むように入ってきた。

 

「えーっと…永本さん…だったかな?どうかしました?」


「ひどいんです…わたしはなにもしてないのに…急に引っ張ってこられて、ときハモ☆の流輝彌るきやくんを馬鹿にされて…」


「は?あんたがインシデントレポートを書かないから」


「まぁまぁ。笹塚さんも落ち着いてください」


 この期に及んで、みっともなく言い訳をするモブ女Aを、直くんは渋々宥めている。

 わたしのことを永本さんなんて他人行儀で呼ぶのは、きっとモブ女たちが妬みで直くんと特別な仲であるわたしをいじめないようにって配慮なんだね。


流輝彌るきやくんを馬鹿にするなんて、佐久間さんだって酷いと思いますよね?」


「よくわからないですけど…そうですね。他人の趣味をばかにするのはよくないですね」


 モブ女Aとばかり話すのは可哀想。きっと直くんも流輝彌るきやを馬鹿にされて怒ってるはず。

 だからちゃんと聞いてあげたら直くんはわたしに同意してモブ女Aを非難してくれた。

 モブ女Aは、悔しかったのかいつの間にかわたしの視界から消えている。


「趣味を馬鹿にする美人より、趣味を大切にする美人のほうが佐久間さんだって好きですよね」


「えーっと…その、まぁ、顔の美醜はよくわからないですが、趣味を大切にするのはいいことですよ。じゃあ、そのポットから手を離しましょう?」


 直くんが「例えどんなに醜くなったとしても趣味を大切にする茜のことが好きだ」と言ってくれたので、わたしは大人しく手にしていた給湯ポットを元の位置に戻した。


 これは、遠回しな直くんからの告白なんだろう。

 あとは近所でエンカウントして、親密度を上げやすいようにしてあげるだけ。

 でも、直くんから配慮はちゃんと無駄にしない。自然に距離を縮めて自然に付き合わないと、流輝彌るきやくんが変身してるってバレちゃうもんね。


 わたしは、彼の想いを胸にしたまま、今日も彼の観察日記を書いて、仕事はなんとなくめんどくさくなさそうなものだけ終わらせて終業を待った。

 クビだとか明日から来なくていいなんてタチの悪い冗談でわたしをからかってきたデブの上司と違って、直くんは私を心配して早めに帰らせてくれようとしてくれた。

 あなたの考えてることはわかってる。多分道案内をしたいんだよね。

 直くんとわたしは以心伝心。言葉は交わしていないけど、ちゃんと約束通りに直くんを待ち伏せして、彼の後を付ける。


 彼の案内で着いたのは、会社から1時間程度の郊外にある駅だった。

 辺りを見回している間に、直くんを見失ってしまったけど大丈夫。最寄駅だけわかれば、運命の神様はきっとわたしたちを幸せにしてくれる。


 鹿児島のお母さんからくすねてきた預金通帳にはまだお金が十分にある。

 わたしは、このまま駅に引き返さずに不動産屋へ飛び込んだ。


 あとは、彼がよく使ってるお店を探し出して…そこから徐々に家を見つければ大丈夫。

 そう思って一ヶ月、やっと自転車で15分の場所にあるスーパーで直くんに会えた。そう思ったのに…。

 それなのに直くんの隣には、見知らぬ「妹」を名乗る雌牛女が得意気な顔をして立っていた。


 信じられない。しかも肩まで抱いている。

 きっとこの雌牛悪魔に洗脳されてるに違いない。直くんを助けなきゃ…。

 これからは戦うヒロインの時代だもんね。そうか。そういうことなんだね。

 わたしは、この悪魔から直くんを助け出すための作戦を考えるためにその場から離れた。

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