第2話

 私は友達が一人もいない。

 みんなは薄っぺらな友情ごっこを飽きずにやっているが、私はそんなものに興味ない。話の合う友達がいれば別だけど、そんな人もいない。私は自宅と学校と本屋を行き来するだけのつまらない日常に嫌気がさしてきていた。

 ああ、人間ではなくどこまでも飛んでいける鳥になりたい……。

「昨日親と喧嘩して家出しようと思ってさ」

「高校生にもなって家出かよ。それで?」

「だれかの家に泊まろうと思って出たんだけど、途中でめんどくさくなってコンビニまで行って帰ってきた」

「あはは。だっせぇ!」

 馬鹿な男子の会話が私の耳に届いた。

 友達の家に泊めてもらうなんて……人に頼る事しか考えられないのかしら。

 少しは自分の力でなんとかすればいいのに。

 私はストレスを解消するため、チョコレートを一切れ口の中に入れた。甘くて美味しいチョコレートの味が口いっぱいに広がる。この世界には、甘いお菓子を食べるときのような喜びはないのかな。これ以上探しても無駄なのか、それとも私の努力が足りないのかな。

 嫌な学校に行って嫌なクラスメイトと過ごして嫌な教師の授業を受ける……。

 毎日、息がつまりそうだ。きっとこの世の中の空気は、私に合わないんだ。


 嫌な学校から解放された私は、家に帰るとすぐに鞄を置いて私服に着替える。

 それから久しぶりに社会科の地図帳を開いた。パラパラとページをめくり私の住んでいる国を見つける。私はこの国で生まれてこの国のどこかで一人で死んでいくんだろうなあ。

 もし私が死んだら誰か悲しんでくれるかな。

 転校する前の高校の友達はどうだろう。

 ダメだ。涙を流して別れたけれど、手紙の一つもよこさない友達だ。私のことなんてもう忘れているに違いない。

 現実逃避していたら部屋の戸が静かに音を立てて開いた。

 そこに両手に買い物袋を抱えた母が入ってきた。

「おかえりなさい」

「ただいまー。タイムセールだったから買いすぎちゃった」

 私は袋の中をそっと覗き込んだ。一つには野菜や肉などが入っている。もう一つの袋の中を見てみると卵の十個入りパックがいくつも入っている。

「お母さん……卵ばっかり買いすぎだよ。こんなに買ってどうするの?」

「だって安かったんだもん。それに卵は、ママとパパが初めて会ったときの思い出がつまってるんだよ?」

「今、その話は関係ないじゃん」

「それより、新しい高校はどう?」

「大丈夫。友達もできたし、だんだん慣れてきたよ」

 私は学校の話になると毎回のように嘘をついている。

 学校でいつも一人ぼっちと言う事実を知ったら母がどんな顔をするか目に見えている。それにやっと再婚できた母の幸せを娘の私が壊してしまったら意味がない。

「それなら良いの。あ、冬休みにお父さんが帰ってきてみんなでどこかに出かけようって言ってたわ」

 私の父にあたる男性、母にとって二番目の夫は貿易関係の会社に勤めているらしい。今は単身赴任で別々に暮らしている。私とは血が繋がっていないけれど、実の父親以上に私を可愛がってくれた。

 けれど、あの人は本当に私のことを愛してくれているのかな。


 今日もまた嫌な学校に来てしまった。

 休もう休もうと何度も考えたが結局休まない……その繰り返し。

 朝になると母親に対する罪悪感とクラスメイトに敗北したような気分になって休めないのだ。明日こそは、と思っても、翌朝にはまた同じ事の繰り返しだ。

 不登校の人は度胸があるよね。現実の問題から逃げてしまったけれど休みたいと思いながらも嫌々通っている私なんかよりずっと良い生活を送っているんだろうな。

 まあ、そういう私も机に突っ伏しながら現実逃避にしているのだから同じか。今日はどこへ飛んでいこうか。

「須藤さん」

 誰かが私の新しい苗字を呼んだ。

 少し間をおいて声のする方に顔を向けるとクラスメイトの森山さんが立っていた。

「来週の金曜日にね、文化祭の打ち上げをするんだけど、いっしょに行かない?」

「え、あーうん。予定がなければ……行こうかな」

 現実逃避するぐらい暇な私が予定なんてあるわけない。

 しかし、話す相手もいないのに打ち上げに行ったら料理といっしょに疎外感も味わうことになる。惨めな思いをするだけだ。

「終業式の翌日だから。冬休みの初日でいっぱい遊べるよ。たまには息抜きしないと、ね」

「うん、ありがとう」

 誘ってくれてありがとう。

 でも、その日は私の命日になる日なんだよ。

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