生あるならば進まなくてはいけない


 莉雄は町の中を走っていた。いや、走らされていた。自分の足が速くないのは知っている。まして、定期的にあの骸骨のペイントをしたスパルトイは自身の行く手を遮り、一定の方向へ進ませようとしている。

 どこへ連れていこうとしているのかは、すぐに見当がついた。学校へ導かれている。だが、学校に何があるのか、まして学校で戦っても良いのか。あの黒い煙は、一般の生徒に悪影響を与えないだろうか?

 まず間違いなく悪影響が考えられる。なんとか、学校以外の場所へ、あるいはこのまま逃げながら何か考える必要がある。

 だが、莉雄が道を逸れる度に、既にそこに先回りされている。あるいは、道を塞ぐように濛々と黒い煙が立ち込めている。


「っおら! どこに行こうってんだ! きびきび黙って走って逃げやがれ!!」


 息は辛くなる一方だ。だが、立ち止まっても戦う術が思いついていない。

 莉雄は確実に学校へと追い込まれる中、走りながら叫ぶように問う。


「なんでだ! なんで、追いついて、こないんだよ! 学校に、何があるんだ! なんでこんな、息がもう辛いんだよ」


 だが返事はない。とはいえ、あの骸骨スパルトイが答えるであろう答えはもう予想がつくのも事実だ。「教えるつもりはない」と


 莉雄は学校の敷地内に転がり込む。そこには予想通り、他の人も大勢いることだろう。既に帰りのホームルームを終えても、そこには教職員はいるはずだし、複数の運動部が今なお活動しているはずだ。

 そういえば、公民館の時は、被害らしい被害も無かった。あれは、大翔が他の生徒たちを治したのだろうか? なら今回も……いや、いつもそううまくいくとは思えない。

 それに、大翔は葵の父、しげるを蘇らせていない。恋人の父親なのに。亡くなれば、葵が悲しむのを承知で……。もしかしたら、死者は大翔でもどうにもできないのではないか? だとすれば、やっぱり学校に戻るわけにいかない。そう莉雄は考えた。


 だが、周囲から黒い煙が迫るのが莉雄には見えた。それは学校を取り囲むように、学校の敷地に入らないようにしながらも徐々に近寄ってくる。是が非でも、あのスパルトイは学校の敷地内で戦おうということらしい。莉雄は学校の校門から中に入った。

 莉雄は必死に、声の限り、誰とはなしに叫んだ。


「逃げろ! どこか、安全な場所へ! 早く!」


 きっと、一般の生徒にだって、黒い煙は見えているはずだ。なら、声をかければきっと逃げてくれる。

 その声に一番に反応したのは、聞き覚えがある声だった。

 体操服に身を包んだ葵がそこには居り、その傍にはけいも居る。見知った顔が近くに来たことで、莉雄は安堵感を覚えた。

 葵と慶が莉雄に走り寄り、葵が莉雄に申し訳なさそうに言う。


「言世くん! 大丈夫!? ごめん、何も連絡が来てなくて……」

「え? いや、そんなことより、スパルトイが来るんだ。ボクだけじゃ手に負えない」


 莉雄は申し訳なさそうに話す葵の謝罪を断って警戒を促す。


 葵もまた、学校の周囲の異変には気づいていた。

 何故か学校の敷地に入ってこない謎の黒い煙。

 この煙が危険なのは、一般の生徒も既にも知れ渡っていた。触れれば大惨事、近づくだけで皮膚に痛みを覚える黒い煙は、校外で部活動に励んでいた生徒たちを学校に自然と集めていた。多くの生徒は黒い煙を警戒こそすれ、危険視はしていなかった。いつか引くだろうと。

 スパルトイの事に関して知っている葵だけが、事態の深刻さに気付いていた。


 莉雄が幻覚の世界へと引きずられていく様を見た慶は、すぐに刹那と葵に連絡を取った。しかし、その時にはまだはっきりと攻撃を受けているとは分からなかったこともあり、事態の深刻さが伝わっていなかったこともある。

 いや、正しくは、伝えられていなかったと言った方が正しいかもしれない。

 後に発覚することだが、慶からのメッセージは“恋人の過保護”によって書き換えられ、葵には事態の詳細が伝えられていなかった。ただ、スパルトイへの警戒を促すだけの文章へと変わっていたのだが、それを葵が知る由もない。


 慶のメッセージをしっかりと受け取った刹那は、慶よりも事態を重く見て、莉雄をいち早く見つけたというわけである。その発見の知らせも、葵には伝わっていない。

 慶は刹那から、莉雄と一緒にいるという報告を受けてはいたが、すでにこの時学校の周りには黒煙が立ち込めており、事実上、学校に閉じ込められている形になっていた。


 慶が、莉雄が一人であることに気付いて言う。


「おい、刹那と一緒じゃないのか?」

「そうだ、刹那と大翔を置いてきちゃったんだ。ビルから突き落とされて、そのままここまで追いつめられて来て……」

「ビルから落とされた? お前よく無事だったな! ほんとギフテッドが羨ましい! ああいや、今はいいや、とにかく、対策を考えなきゃならない」


 校門の向こうに、黒色の人型が慶と莉雄と葵の目に入る。

 黒い革のジャケットに黒のジーンズを着ており、頭部に髑髏のペイントをしている。そのスパルトイが歩くたびに、その足元から黒い排気ガスを思わせる煙が濛々と立ち上る。

 ゆっくりと学校へ、自分たちの居る方へ歩いてくるその姿を見て、慶が言う。


「おいおい、スパルトイも服着るのか? 今までのが全裸だったのか? ってか洒落てるな」

「あの煙、近づくと火傷みたいにヒリヒリするんだ。金属に皮膚を変えてても元に戻った段階で、皮膚が焼けるように痛くなった」

「なるほど、近寄れるか怪しいわけだ。葵じゃ攻撃能力は皆無だしな。何とか考えなきゃならないんだが……」


 葵が慶の顔を覗き込むようにしながら次の言葉を待つ。だが、慶の顔色に既にその答えが現れているのを葵は見た。


「もしかして……何にも浮かばず?」

「って言われてもなぁ。なんか上から物を落とすか? スパルトイってそれぐらい避けそうじゃね? 何よりアイツ、すげぇ強キャラ感がするし」

「強キャラ感?」


 そこに、学校の敷地内まで入ってきた骸骨スパルトイが、少し離れた場所から三人に声をかける。


「おい。俺様が用があんのはそこの小柄なのだけだ。他はどうでも良い。雑魚なんざどこででも殺せる。失せろ」


 その言葉を聞いて、慶が一歩前に出る。後ろ手に自身の携帯を持ち、その画面を莉雄と葵に見せる。「時間稼ぎをするのでその間に考えろ」と、そこには書かれている。

 慶は緊張した面持ちで骸骨スパルトイに話しかける。髑髏スパルトイはいらだった様子で、ジーンズのポケットに親指だけを入れている。

 慶は、莉雄と葵の二人に言う。


「信じてるからな」


 慶が更に一歩前に出る。携帯をポケットにつっこみ、両手を上げて敵意の無いことを示しながら。


「失せろ? そういったのか?」

「聞こえてんじゃねぇか。さっさと行け。俺様の気が変わらねぇうちにな」

「いや、好意はありがたいんだが気になってな。スパルトイって、人類の虐殺が目的じゃなかったかな、なんて……あんた、殺す相手を選べるのか?」

「答える義理はねぇし義務もねぇだろ。違うか?」

「義務も義理も無いが、答えてくれた方がこっちは気持ちよく莉雄をサポートできる。ってのは、どうだ?」

「あ?」

「莉雄が全力じゃないのは、俺たちも気づいてるんだ。だから、せっかくなら勝ち目がある方が、俺たちも助かる」


 莉雄に隠された力があるかどうかなんて、慶は知らない。

 慶は、スパルトイが莉雄以外に興味がない、という発言と「雑魚はどこででも殺せる」と発言したことが気になっていた。

 つまり、このスパルトイは莉雄を強者だと思っている。あるいは、別の誰かと誤解している? どちらにしろ、強い莉雄との“闘いを楽しみたい”性格なのではないかと考えた。もちろん、スパルトイがその気になればすぐにでも会話は終わり、まず自分が死ぬかもしれない。


 だが、同時に慶自身、個人的に気になっていることもあった。

 なぜ、そこまで莉雄にこだわるのか。莉雄には何かあるのか。そして、スパルトイの個性に関して。個体差がここまではっきりとあるなら、こいつらは何なのか。ここまで個性がある人語を話す人型の……それじゃまるで……



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