その7

「があああ!」

 深い眠りから飛び起きたゴウタは、胸に残る衝撃に煩悶の叫びをあげる。

「「アニキ!!」」

「ハァーッ!ハァーッ!おまえら……」

 傍に控える子分二人の歓喜の表情に、ゴウタは困惑しつつ周囲を見渡す。


「俺様は…いったい……?」

「気が付きましたか?」

 ゴウタに掛けられた声は、子分たちのものでは無い。

「……てめえ!詩人の」

「アニキ、待ってくれ!」


 ソウタの姿を認識した途端噛みつかんばかりの剣幕で叫ぼうとしたゴウタを制したのは子分であるギミーだった。

「こいつら、その……アニキの手当てをしてくれたんだ」

「んだとぉ?」

 ゴウタは訝し気に体を確認した。彼の胸にはぐるぐると包帯が巻き付けてある。


「何が……」

 見渡せば、ソウタの傍らにはくぅくぅと寝息を立てるフォルトゥナの姿があった。

「どういうことだてめえら」

「へ、へい!それが……」




 ―――――――――――――――――――




「「アニキーーッ!」」

 ギミーとリダッヒが意識を失ったゴウタに縋りつく。だが昏倒は深く、目を覚ます気配はなかった。

 竪琴を構えながらソウタは歩き出す。

「もし貴方が張り手で僕を攻撃していたなら、きっと勝者は貴方でした」

 ソウタは竪琴の弦に指を添える。


「ソウタさん、ダメっ――!」

 フォルトゥナの叫びが洞窟内にこだました。

「アニキに近づくな!」

「ここは通さないっス!」

 ソウタの前にギミーとリダッヒの二人が立ちふさがると、ソウタは少し焦った表情を見せた。


「どいてください、早くしないと手遅れになります!」

「何が手遅れだ?とどめなんか刺させねえぞ!」

「そ、その竪琴を離すっス!」

 必死にソウタを牽制するギミーとリダッヒの後ろで白目をむくゴウタが血を吐いた。

「あ、アニキ!」


 もはやゴウタの意識は無く、しかし彼の体内を駆け巡る竪琴の衝撃は今もなお彼の肉体を苛みビクンビクンと跳ねさせている。

「ゴウタさんの体内には今【反響の音色】がこもっているんです、早く対音の反響の音色を撃ち込まなければ、あの人は死んでしまう!」

 ソウタの指さす先で、再び血を吐くゴウタ。


 ギミーとリダッヒは互いに視線を交わし、ソウタの言葉の真偽を測る。そうしている間にも背後のゴウタの体は体内振動により跳ね続けていた。

「……っ!少しでもおかしな真似をしてみろ!今度こそ本当に殺す!」

 身を引いたギミーの脇をするりと通り抜けたソウタは、ゴウタの胸に竪琴を置き、弦をつま弾いた。


 ポロン。

 ビクンビクンと跳ね続けていたゴウタの体が竪琴の音色とともに落ち着いていく。

「アニキ!」

 ギミーが体をゆすり呼びかける。だが、白目をむいたままゴウタは目覚める気配はない、それどころか。

「ガハッ!」


「アニキ!?」

「お前!どういうことっスか!」

 ソウタに詰め寄るリダッヒ。ソウタは険しい表情でゴウタの姿を見ていた。

「もう反響の音色は取り除かれました、これですぐの命の危険は回避できました……でも、少し遅かった。心臓へのダメージが大きすぎる」

「おい!てめえ!」


 ギミーはソウタの首元を掴み詰問する。

「このままでは三日は目を覚まさないと思います。その間……」

 ソウタがギミーに説明しようとしていたその横を、フォルトゥナが歩み出た。

「お、おいお前」

「女神さま?」


 フォルトゥナはゴウタの顔の横に座ると、彼の胸に手を当てた。

「今度は何をするっスか?」

 フォルトゥナは答えず、指先に意識を集中させる。さっきは必死の内に起こした治癒の奇跡。それをもう一度。

(((この人は、私が……)))

 ゴウタの心音が指先から伝わる。


(((私は、決して命を諦めたりしちゃいけない。私が私であるために。絶対……)))

 フォルトゥナは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。

 天界にかつて女神としてあった時、彼女にはそのような力は無かった。きっとこれはゴウタの腕と同じような異世界転生による変化なのだと、フォルトゥナは思った。

(((私に力があるなら、もう一度あの光を……!)))


 フォルトゥナの指先から淡い光の球体が生まれる。光球はいくつにも分裂しゴウタの胸を覆わんばかりに数を増やしていく。

「お願い……この人を……癒して!」

 フォルトゥナの祈るような声に答え、光球はまばゆい光を放つ。光に触れたゴウタの体が……いや、それだけではない。周囲で見守っているソウタやギミー達の体までもが癒されていく。


「す、すげえ……」

「奇跡っス……」

 ギミーとリダッヒはお互い顔を見合わせ、呆然と言葉を漏らす。

 信仰などという言葉とは無縁のごろつきだった二人だが、今彼らは無意識のうちに彼女を畏怖していた。


 やがて光が霧散し、洞窟内が元通りの松明の明かりに戻ると、ゴウタの肉体は元通りになっていた。

「で、できた……」

 緊張から解放されたフォルトゥナの体が崩れそうになる。

「女神さま!」

 フォルトゥナの背をソウタが受け止めた。


「ソウタさん……私、できました……」

「はい、女神さま」

「私も……女神らしいことが……まだ……」

 言葉はそこで途切れ、フォルトゥナは気を失った。しかしその表情は柔らかで、満ち足りたものであった。


「素敵です……貴女はやっぱり、僕の女神さまです」

 腕の中で寝息を立てるフォルトゥナの髪をなでながら、ソウタは微笑んだ。




 ――――――――――――――――――――




「女神さまは命の恩人なんスよ!すごかったっス!」

「アニキ……その……」

 熱弁する子分二人、傷の癒えた己の体、ゴウタは自分の意識のない間に起きた出来事を朧気ながらに理解した。

「……そうかよ」

 ゴウタは子分たちからソウタとフォルトゥナに視線を移す。


「もういい、行けよ。俺様の気が変わらんうちに」

 ゴウタはそう言うと二人に背を向け、洞窟の奥へと歩き出した。

「ゴウタさん……」

 ソウタは彼に言葉をかけようとし、やめた。この人はもう、フォルトゥナに危害を加えることはあるまい。ソウタには今はそれで十分だった。


「行きましょう、女神さま」

 ソウタはすやすやと眠るフォルトゥナを抱きかかえると、洞窟を後にしようとした。

「……おう、最後に聞いておく」

 その背中をゴウタが呼び止めた。

「お前、コイツの昨日夢を見たか?」

 ゴウタが指さし示すのは、フォルトゥナ。


「はい、まあ女神さまの夢はいつも見ますけど、昨日は普段よりはっきりと」

。コイツの夢を。んだ。ああ、いつか女神にあえるなあ、とよ。そして無性に欲しくなった」

 ゴウタの表情は真剣そのものであった。

「これも多分の話だがよ、俺様達とおんなじ奴らはよ、みんなそうだと思うぜ」


 ソウタは無言でゴウタの視線を受け止める。

「お前は守ってやれるか?俺様みたいな野郎からそいつをよ」

「もちろん守ります。僕の全ては、女神さまのためにありますから」

 ソウタは迷うそぶりもなく、言い切った。ゴウタは一瞬虚を突かれたように口を開け、そして頭を掻いた。


「やれやれ、優男は歯の浮くような言葉を平気で言いやがる。さあ、とっとと出てけ!」

 今度こそソウタとフォルトゥナから背を向け、酒を呷り始めたゴウタに、ソウタは一度深くお辞儀をし、そして去って行った。

「アニキ……」

 二人の子分はゴウタの様子を恐る恐る伺う。


「まったく……わけがわからねえ、俺様はどうかしてたぜ」

「アニキ、飲みましょうぜ!」

「そうっス!」

 落ち込んでいる様子のゴウタに、子分二人は次々に酒を差し出す。

「やれやれ、あの優男にゃ美人の女神さま、俺様にゃチンピラ二人か」


 ぼやきながら一気に酒を呷るゴウタ。

「俺たちじゃ不満ですかいアニキ」

「そうっス!おいらたちがついてるっス!」

「てめえら……」

「だからアニキ、振られたことなんか忘れてパーっと飲むっス!」


「誰が振られたって!?俺様はそもそもそういうつもりで連れてこいっつったんじゃあねえ!」

「ぐええっ!アニキ苦しい……」

「あ、アニキ!落ち着いて!」

 騒がしく酒盛りをする三人の山賊たち。やがて彼らはいつも通りの稼業へと戻るのだろう。


 だが、彼らの心の中には確かにこの夜の奇跡が焼き付いている。

「……たいしたもんだ、女神さまはよ」

 ゴウタは子分二人にも聞こえぬよう、小さくひとりごちた。




 ――――――――――――――――――――




「ふぇ……もう朝ですか……?」

 朝の陽光に眼を開けたフォルトゥナは、重い目をこすりながらベッドを抜け出した。

 村に逗留を開始して三日目。彼女が開けた馬小屋の屋根の穴はようやく塞がり、村の人たちともすっかり仲良くなった。

 人の身の暮らしにも、少しずつ慣れてきている。


 昨晩も、村の酒場ではソウタを囲んでの酒宴が開かれ、フォルトゥナも彼の歌を楽しんだ。

(((よくよく聞いてみると私のことばかり歌っているのはちょっと恥ずかしいんですけど……)))

 食卓へ向かうと、ソウタがスープの配膳をしているところだった。家主の老婆はすでに畑へと向かったようだ。


「おはようございます、女神さま」

「おはようございます、ソウタさん……」

 スープを口にしながら、フォルトゥナはソウタの様子を伺い話しかける機会を探っていた。

 彼女は結論を出さなければならない。ソウタは今日、この村を離れる。


「あ、あの……」

「あのー……」

 二人の声が重なる。

 思わずお互い見つめあってしまい、同時に慌てて目を反らした。

「め、女神さま、何かありました?」


「い、いえ、そ、ソウタさんからどうぞ」

 ぎこちなく会話を行う二人だったが、ソウタは意を決し口を開いた。

「女神さま……ぼ、僕と一緒に来ませんか?」

 フォルトゥナははっと顔を上げた。ソウタは少し照れながらも、しかしまっすぐにフォルトゥナを見つめている。


「そ、その……私、どこにも行くところはないし……何をしたらいいかもわからないし、何もできないかもですけど」

「僕は、女神さまが傍にいてくれるだけでうれしいんです」

 ソウタのまっすぐな視線に、フォルトゥナは小さく頷いた。

「はい……その、よろしくお願いします」


 フォルトゥナの返事に、一瞬で満面の笑みになったソウタは急に立ち上がりフォルトゥナの両手を掴んだ。

「こちらこそ!よろしくお願いしますね!女神さま!」

「は、はい!」

 ぶんぶんと手を振られながら、フォルトゥナは安堵していた。


(((もし断られたらなんて、心配のし過ぎだったかな。でもこれで安心した)))

「それでですね、女神さまが付いてきてくれるなら、僕やりたいことがあるんです!」

「なんですかソウタさん?

「はい、僕、宗教団体を作ろうと思うんです!」

「……はい?」


 聞き間違いだろうか?よく理解できないことを言われたフォルトゥナは固まってしまった。

「女神さまを讃えて、崇めるんです!」

「ちょ、ちょっと待ってください、あの、わたしもう女神ではなくてですね」

「関係ないですよ、女神さまは女神さまです。奇跡だって起こせたじゃないですか!」

「そ、それとこれとは関係ないんじゃ」


「それに、女神さまとして信仰を集めれば、いつか女神さまが本物の女神さまの力を取り戻せたりするかもしれないですよ」

「えっ?」

 もし、本当にそんなのができたなら……?いつか天界に帰ることが……?

「あ、あの……すこし考えさせてください」


「はい!僕はいつでもできるよう準備してますので!」

 屈託のない笑みを浮かべるソウタ。



 全てを失った元女神と、生きる意味をもらった吟遊詩人の、長い長い旅が今、始まろうとしていた。

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