五章 3 第四の真実

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


 建物の老朽化から立ち入りを禁止されているビルの前に、一台の車が止まった。永斗たちを乗せたレコの車だ。

「ここですか?」

 深夜と言うこともあるだろう、時代も世界も違う人間の永斗にとっては恐怖以外の印象はない。

「そ。二階にネットカフェって呼ばれてた場所があって、エリアスはそこに住んでる」

 降りながら説明をしてくれるファーグに、運転席のレコが窓を開けて補足をする。

「どちらかっていうと、住み着いてるって感じだな。お前が金を持ち逃げしたって言う事務所とは全然違うだろ!」

「レコ」

 アレーに止められ、レコはおとなしく窓を閉めた。

「ごめんね? 変な言い訳しちゃって。後で、誤解だったって伝えとくから」

「いえ」

 ファーグの付いた嘘がいつ賞金首になるかも分からない自分を守るための嘘だと、永斗は知っている。

 だから、感謝こそあれど、恨みはなかった。

 歩き始めるファーグの後をついて、ビルの中に入ると、一階はゲームセンターだったのか、永斗にも見覚えのある機械がたくさん並んでいる。しかし、最後に使われたのはいつなのか、取られることの無かった商品がもの悲しげに置き去りにされていた。

 エレベーターのボタンをファーグが押す。ボタンが点灯して間もなく扉が開いた。エレベーター内部は使われているだけあって、慣れ親しんだものと代わらず、乗ることに恐怖は覚えなかった。

 二階のためすぐに着くと、そこも、一階と同じような印象のネットカフェで、人の気配なんて感じられない、世界が終わった後に残されたような場所であった。

「今日はあそこだね」

 天井をみたファーグが、一カ所だけやたらに明るい場所を指し示した。

 モニターが点いているため明るいようだ。

「ん、先客かな?」

 近づいていくと、話し声が聞こえてくる。男性の声と女性の声だ。

「うぇうぁy?」

「い、ううりじえいぶ」

 何個目かの通路を覗いて、永斗には分からない言語で声をかけたファーグに、男性の声が返される。

「りぇwrwじゅrl?」

「yb。ぎえl」

 一体、何を話しているか分からない永斗が何もできず待っていると、ファーグがこちらを見て肩に手を置き通路へと押し込まれる。

「えっと……はじめまして」

 小さなボックス席の扉を不機嫌そうなメガネの女性が押さえ、中から声の主であろう、口から棒状のものをくわえた男性の顔だけ覗いている。

 少し、驚いた様子の男性が、目を閉じた後、永斗にも分かる言葉で話し始めた。

「はじめまして。俺はエリアス。君の名前は、ジェクト君だっけか」

「……あ、はい」

 一瞬、自分の名前だと分からず、少し間が空いてしまった。

 エリアスと名乗ったこの男は、それを見逃さなかった。

「んー……シュメット君が適当に付けた名前ってところか。まあ、この世界にいるときは、偽名の方が良いかもね」

 ──見抜かれている……。

 そんな驚きも見て、エリアスが笑う。

「当たりかな!」

 途端に恥ずかしくなって、顔を赤くする永斗に、エリアスがボックスから出てきて近づいてきた。

「いう!」

「じゅぬ、sぅうるglbぁwbぅsぇい? いえwflじゅjyjぇl」

「すこしなら……できる……」

「無理するな」

 ほとんどを分からない言語で女性と話したエリアスは、永斗と肩を組んでファーグの横を通り過ぎる。

「どこ行くんだ?」

「ちょっと、二人で内緒の話を。その辺のボックス使って待ってな」

 気を使ってくれたのか、永斗に分かる言語でエリアスを止めたファーグに、エリアスも同じ言語で返し、どこ吹く風と言った様子で、エレベーターから見て、さらに奥の座席へと連れて行かれる。

「あの……」

「そんなに怯えるなよ。僕は情報を売買する副業をしていてね。少し、君に興味があるんだ」

 エリアスの副業に、永斗の頭にはフィクションの世界でしか聞いたことのない、『情報屋』というものを思い出した。

 アニメ、ゲーム、小説、ストーリーの世界での情報屋に対して、永斗は多少の憧れがあるものの、おおむねは怖いイメージしか持っていなかった。

 そんな人間に肩を組まれているという事実に、さらに永斗は縮こまってしまう。

「だから、怯えるなって。言ったろ? 売買って。だから、俺のお願いを聞いてくれたら、ジェクト君の知りたい情報をあげるよ」

 一番奥の奥のボックス席の扉をエリアスが開け、中へ押し込まれると、そこだけは数部屋分の仕切を抜いているようで、細長い空間が現れた。

 その部屋にはモニターが無い代わりにアルミ製の棚があり、全てを埋め尽くすバインダーが並んでいる。ただ、入ってすぐの場所には地図の広げられた机と高そうな椅子が置かれ、きっと、そこで商談が行われるのであろう。

 誘われるまま椅子に座ると、エリアスはアルミ棚が並ぶ奥の方から、巻物と呼ぶにふさわしいものをいくつか持ってきた。

「ここに僕が調べた異人種の情報が書かれている。だから、どうだろう。教えてくれない?」

 微笑んで聞くエリアスを前に、永斗の逃げ場など一つもなかった。


 自らのここまで来た経緯を洗いざらい語った永斗に、エリアスはそれら全てを聞きながら地図に書き込んだり、巻物に書き込んだりをしていく。

「ありがとう。これで完成だ」

 全ての作業を終えたエリアスが巻物を閉じて礼を述べる。

「さあ、俺は何を語ろうか」

 手を机の上に置いたエリアスは、考えたように永斗を見つめて、一本の巻物を解きだした。

「その様子だと、きっと、この世界で注目を集めたいというより、早く、自分のいた教室に帰りたいって様子だね」

 心を読むかのように考えていることを的確に当ててくるエリアスに、永斗は恐怖しつつも頷いた。

「だったら、簡単だ。待てばいい」

「どういうことですか?」

「そのままだよ。単純に待てばいいんだ。君たち異人種は、別の世界線、所謂パラレルワールドの人間。つまり、イレギュラーなんだ。ほら、良くあるだろ、別の世界に行くお話とか、自分たちとは違う人の話とか。きっと、君の世界にもあると思う」

 永斗の頭に真っ先に浮かんだのは、亀に乗って海中に行く青年の話だった。

 別世界と言えば海中の世界は別世界かもしれない。それに、シュメットは異人種は技術をなどを置いていくと言っていた。であれば、青年が歓迎を受けたのもうなずける。

 逆に自分たちとは違う人間のことを考えた永斗の頭には、鬼の伝承なんかもそうなのかもしれないという考えが芽生えていた。

 実は彼らは他の世界、例えば、この世界から紛れた人間たちで、角のない自分たちの世界では、鬼として退治されたのではないだろうか。それに、鬼が一貫して持っている財宝は、未知の技術という可能性もあるだろう。シュメットが言っていたとおりなら、強いという特徴も一致する。

 しかし、だからといって待てばいい理由にはならないように永斗には思えた。

 海に行った青年だって、何もせずに戻ってきたわけでは無かったはずだし、鬼に至っては殺されてしまっている。

 いまいち要領を得ない答えに永斗が首を傾げると、エリアスは例えを使って直接的に答えを語る。

「僕らの体に雑菌が入ったとしよう。すると、体は持ちうる手段を使って、排除しようとするだろう? それと同じさ。君もそのうち世界から追い出される。だから、安心すると良い」

 笑顔を向けるエリアスだったが、永斗の中には自分が思い浮かべた話のせいもあってか、安心などできなかった。

「待ってください」

「なんだい?」

「それで、元の世界に戻れるんですか?」

 もし、世界が体に入った異物を排除しようとするなら、それは、元の世界へと返してくれるのだろうか。

 自分にいらないものを空気中に出すように、自分の居た世界以外の場所に飛ばされるということはないのだろうか。発熱や免疫を使って、自分を消滅させるようなことはしてこないのであろうか。

 例えば、鬼が殺されてしまったように。

「それは保証できないな」

 相変わらずの微笑みを浮かべたエリアスは、実に簡単に本当にそうだからか、人事のように言ってのけた。

「そんな!」

「だって、僕はこの世界から出たことないし、何とも言えないよ」

 確かにそうだ。

 本人でもなければ、他の世界から来た人の情報は集められても、出て行く人の情報は集められるはずがないではないか。

 悔しそうに唇をかんで、不安と恐怖に押しつぶされそうな永斗を見たエリアスは、そこで、とっておきの情報を伝える。

「でもね。前例が無いわけじゃない」

「それはどういう?」

「だから、この世界から消えて、戻ってきた人が居るって話さ」

「本当ですか!」

 エリアスの言葉は、永斗に希望を与えるに十分であった。

 入ってくる人の情報ばかりを持っているだけでなく、出て戻ってきた人間の情報を持っているとなると、精度、信用ともに段違いになる。

「ああ、ファーグがそうだ」

 すぐそこにいる、この世界でわずかな知り合いの一人の名前に、永斗は驚いてしまう。

「覚えていないようだけど、彼女は小さい頃に確かに別の世界に行っている。痕跡も残っているしね」

「痕跡?」

「他の世界に行く時には、空間の歪みを通り抜けるしかない。その歪みは基本的に異人種以外には見えないものなんだ。でも、彼女はそれが見える」

「じゃあ、ファーグさんは……」

 頷いたエリアスが巻物を閉じて、机の地図へと視線を落とす。

 それに倣って永斗も地図を見ると、分からない言語での書き込みが多すぎて、何がなんだか分からないが、エリアスが指さしながら解説を始めた。

「どうやら異人種が来る世界っていうのはいくつかあって、それぞれ決まった場所の決まった周期でこの世界と繋がるみたいだ。ファーグが消えたとされる場所と、警察に保護された場所はすぐ近くなんだよ」

「それだけなら、保護された近くをさまよっていたって可能性はないんですか?」

 当然の永斗の疑問に、エリアスは笑って一蹴した。

「だから言ったろ? 周期的って。彼女が居なかった期間はその周期に合致するし、何より、そんなに同じ場所にいたなら、流石に警察が見つけてるよ」

「どうしてですか?」

「だって、同じ異世界と繋がる周期、何十年周期だから」

 それは、永斗にとっては信じられないような数字であった。

「だったら、ファーグさんは、何十年も異世界に?」

「そうだね。でも、彼女、妖精種だし、そんなに時間経った気はしなかったんじゃない?」

 妖精種は寿命が長い。シュメットはそんなことも言っていた気がする。

 しかし、自分はどうだろう。

 その頃には、最低でも成人式を迎え終わっているであろう年齢だ。

 そんな年齢で、元の世界に突然戻されてどうなるというのだろう。

 今までの世界情勢も分からない。学歴もない。ずっと引きこもっていたと言われるのがいいところか。

 一体、戻って、どうなるのだろう。

 負の感情へ落ちていく永斗を眺めて、エリアスが改めて人事のように話す。

「まあ、しばらく猶予はある。ゆっくり考えるといい」

「へ?」

 突然、期限があるように話すエリアスに、永斗は間抜けな声を出して驚いてしまう。

「だから、しばらくすると、世界から飛ばされるって言っただろ?」

「あ……」

 つい少し前に言われたことも忘れてしまうほどの、ショックを受けていた永斗は、その口振りから答えを知って居るであろうエリアスに聞く。

「だったら、どうすれば、この世界に残れるんですか?」

「簡単さ。この世界に有益さを見せればいい。自分に良い働きをする菌を、体もみすみす離そうとはしないからね」

 エリアスは簡単と言ったが、世界にとって有益なことをするとは、具体的に何をすればいいのか、永斗には全く思いつかなかった。

 自然破壊がいきすぎて、自然を大切にするエネルギーを使っているようなこの世界で、自分はどうすればいいのだろうか。

「流石に今日得た猶予だけだと三十年は持たないかな。今後にもよるけど、まあ、良くて一年だろう」

「僕、今日何かしましたっけ?」

 勝手に解説を始めるエリアスの言い分は、永斗には全く分からないことであった。

 永斗が今日したことと言えば、シュメットを引き留め話し、連れて行かれて、寝て、ここにいるくらいだ。

 さっさと追い出されることはあっても、引き留められることは無いはずだ。

 しかし、エリアスは永斗に質問に対して肯定で返す。

「ああ。君はここに来ると言うだけで、最大の活躍をしてくれた」

「何の話ですか?」

「何の話も何も、君を巡って一人が動き、その一人が動くために、また一人が動きを繰り返して、この街に起きている事件が解決しそうなんだ。それは世界にとっても多大な利益だろう?」

「事件て?」

 永斗が質問した直後、轟音とともに、建物全てがふるえた。

「な、何?」

 一瞬、地震かとも思ったが、どうも様子が違うようで、永斗がつぶやいて、エリアスを見ると、彼は立ち上がっていた。

 エリアスが浮かべていたのは、恐怖ではなく、今まで見せていた微笑みでもなく、心の底からの笑みであった。

「まさか、ここまでとはね!」

「エリアスさん?」

「ありがとう、ジェクト君。君のおかげで、僕の情報が増えるよ」

 不思議なことをつぶやく、エリアスという男に恐怖を抱いていると、廊下から走る音が聞こえてきた。

「ジェクト君!」

 ドアを開けて現れたのは、ファーグとメガネの女性であった。

「おいおい、ここは依頼者以外立ち入り禁止だぜ?」

「そんなこと言ってる場合!? 何が起きてるの!」

「僕の予想が正しければだけど……」

 焦るファーグの問いを聞いたエリアスは、ゆっくり振り返って答える。

「切り裂き事件の終焉さ」

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