五章 1 探偵と医師

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


 切り裂き魔と顔を変えたエマの話を聞いた、ミスズとダルクはトーサカとともに町外れのマンションへとやってきた。

 手がかりという手がかりは得られなかったものの、唯一分かった二人が顔を入れ替えた場所へとやってきたのだ。

「こんな時間に、どちら様?」

「は!?」

 入口を過ぎてエントランスに入った途端、白衣姿の男が現れ、ミスズを筆頭に三者三様驚きを見せた。

 鳥の巣頭が特徴的なリンは面倒そうに、頭をかいて、離れた位置から話しかける。

「『は』じゃなくて、どちら様だって言ってんの。急患じゃなさそうだし……あれ?」

 近づくこともせず様子を伺うリンは、三人を見まわし、少し後ろにいたダルクに目を留めた。

 その様子にダルクも気付いたらしく、目を細めてリンを見た後、次の瞬間には逆に目を見開いて驚く。

「アンブロワーズ・ペレグリン!」

 指まで向けて叫ぶダルクに、リンは不快そうな顔をして近づいてきた。

「その呼び方止めて欲しいんですけど……見覚えがあると思えば、ダルクさんじゃないですか」

「知り合いですか?」

 置いて行かれるミスズがトーサカの言葉も代表してダルクへと問いかける。

「ああ。世話になってる医者だ」

 驚きから戻り、落ち着いたダルクが、二人にリンを一言で紹介する。

「初めまして。アンブロワーズ・ペレグリン。リンと呼んでください」

 打って変わり、笑顔で手を差し伸べてくるリンに、ミスズは手を握った。

「ミスズです。こっちはトーサカ」

「初めまして」

 そのまま紹介したトーサカは、ダルクよりさらに遠い位置にいて、リンも握手は求めなかった。

「お前、こんなところにいたんだな」

「そういえば、いつも、俺が出向いてましたっけ」

 ダルクが話しかけると、リンはミスズの手を離し、少しずれた受け答えをしながらに元いた場所に戻って、次の問いを発する。

「で、こんな夜遅くに何ですか?」

「実は私、こういう者でして」

 ダルクに代わったミスズは、黒い手帳を懐から覗かせる。

「刑事?」

 リンの解釈にミスズは頷く。

 探偵であることを伝えると、大抵、協力を断られるケースが多いため、ミスズはその時々に応じて身分を偽る。

 今回は、完全に見せずとも相手に身分が伝わり、なおかつ、話を聞き出しやすい刑事を選んだが、それは失策であった。

 にこやかに頷いたミスズに、リンは大笑いを始める。

「何が可笑しいんだ」

 怒った様子で理由を尋ねるミスズの肩を、申し訳なさそうにダルクが叩く。

「ごめん。それは無理がある」

「何ですか、無理があるって。見えないって?」

 訳の分からないミスズとトーサカに、ダルクが自分の職業を明かす。

「私、ガートの所属なんだ」

 ガートという言葉に顔を見合わせたミスズとトーサカは、それがマフィアのことだと気づき、はっとした。

「そりゃ、刑事じゃないってばれるわ」

「そういうのは、先に言ってくださいよ!」

 納得したように頷くトーサカとダルクを責めるミスズへ、未だ少し笑っているリンが、同じ内容の質問を繰り返す。

「本当は何しに来たんですか?」

 知り合いであるダルクがいることも考慮したミスズは、自分の身分と目的を話すことにした。


「はあ。この人とこの人を、俺が?」

 長くなりそうな話を悟ったリンに誘われ連れてこられたのは、やたらと広い食堂のようなキッチンであった。

 遠くには二人の少年少女が並んで食事を取っており、なぜか、ミスズたち三人にもカレーが振る舞われている。

 リンが食べるタイミングでミスズが話し、ミスズが食べるタイミングでリンが話すこと、早、カレー半皿分。

「どうですか? 覚えていたりは?」

「いや、さっぱり」

 平然と言ってのけるリンに、斜め向かい側でカレーを食べるダルクが、つかみかかりそうな勢いで立ち上がる。

「お前な! ちゃんと思い出せよ!」

 横にいるミスズがたしなめつつ、さらにリンへと話を聞く。

「本当に些細なことでもいいんですけど、覚えていませんか?」

「覚えていませんね……だって、随分と前の話でしょ? 覚えてませんよ」

 肩をすくめるリンへと、ダルクの怒りが募っていく。

「記録とかないんでしょうか。カルテとか」

「俺、基本的にカルテとか書かないんです。良く来る患者さんのは書きますけど、大体の人は、しばらく来ないし」

 自らのカレー皿を空けたリンが立ち上がる。

「もう、良いですか? カレー食べたら、帰ってくださいね」

 厨房内へと向かおうとするリンを追ったダルクが、肩をつかんで進行を止める。

「本当に覚えてないのか? 顔を入れ替えるなんて言う、珍しい手術をしておいて?」

 ため息をついたリンは、振り返り、淡々としているものの、少しの苛立ちを込めて語る。

「あのね、俺はあんたらだけじゃなくて、一日何件も、表の人も狼の人たちの手術、治療をしてるんです。あまりにひどい人は入院させたりしてるんです。いくら特殊でも、昔の手術なんて忘れましたよ」

 ダルクの手をふりほどいてリンはキッチンへと向かう。

 手がかりは掴めず、振り出しに戻ったことで絶望とも言える重い空気が流れ始めた三人に、リンと代わって、話しかけてくる人物がいた。

「あの……すみません……」

 一斉に三人の顔が向くと、同じテーブルの反対側に座っていた少年が立っていた。派手な髪色が特徴的だ。

「君は?」

 比較的ショックの少なかったトーサカが口を開くと、切り出し辛そうにしていた少年は話し始める。

「俺……ウンノって言います」

 そして、三人の重い空気を一変させた。

「切り裂き魔の情報提供、できるかもしれません」



 リンが食堂から出て行った後、彼は三人の男女を連れてきた。

 あまつさえ、コレットの作ったカレーまで振る舞っている。

「誰だろう」

 隣でカレーを食べ終えたコレットが、不思議そうに入ってきた四人を眺めていた。

 食べ始めるのが遅かった為に、ウンノはカレーを食べながら、リンたちの話へと耳を傾ける。

「この人を捜していて……」

 幸い、鮮明に聞き取れた。こう言うときに耳が良い半獣種で良かったと思える。

「誰?」

「大切な人」

「依頼の目的」

「切り裂き魔」

 当然のリンの疑問に対して、連れてこられた三人がそれぞれ答える内、一つだけ明らかに異質なものがあった。

 ──切り裂き魔を捜している……?

 この人たちは一体何者なのだろうかと思うと同時に、ウンノの中には、沸々と黒い感情がわき上がってきた。

 自分が持っている情報を渡す振りをして、探していたオガミに情報を渡したのなら、切り裂き魔は一体、どうなるのだろう。

 そこまで詳しくないが、裏社会のオガミが探すからには、きっと、切り裂き魔に制裁が下るはずだ。

 仮に情報が奪えずとも、切り裂き魔を見つける可能性が上がれば、オガミからの制裁が下る可能性も上がる。

 断ったリンが離れるのを見計らってウンノも立ち上がった。

 推測と仮定のみで構成された自分の思考を信じて、自称探偵たちへと近づいていく。

 彼らの持つ情報の一部は、自分の持つ情報をほとんど全てだとも知らずに──



 リンが座っていた席についたウンノは、ミスズたち三人の中で、とても気まずい思いをしていた。

「この写真、君が撮ったんだね」

 その様子を察したトーサカが、机に置かれていた切り裂き魔の写真を手に取る。

 まさか、自分が撮り、オガミに渡した写真を持っているなど夢にも思っていなかった。

 肯定をし下を向くことしかできないウンノへ、少しでも情報が欲しいミスズが尋ねる。

「友達ってのは、話ができるのか?」

「まだ、目は覚ましてません」

「会うことは?」

「探偵」

 無茶を言うミスズをトーサカが止めた。

 ミスズ自身も非常識であることは分かっている。

 それでも、今は手がかりがない以上、手がかりとなる何かを探す他ないと、断られることを前提にウンノへ尋ねたのだ。

 しかし、ウンノから出た答えは予想に反したものだった。

「多分、大丈夫だと思います。ちょっと待ってください」

 立ち上がったウンノは、さっきまで一緒にいた少女のところに歩いていき相談をする。

 彼もできる限りの情報と意見が欲しいのだ。

 顔を見合わせるミスズたち三人の元へ、ウンノは少女と二人で戻ってきて、友人のところへと案内をし始めた。


 ついて行った先には、ベッドが一台あり、少年が横たわっている。

「彼が切り裂き魔にやられた……」

「グレです。やっぱり、意識は戻ってないみたいですけど……」

 自分で提案しておきながら言葉を失うミスズの背中を、後からついてきていたトーサカが軽く叩いた。

 自分の発言に責任くらい持てと言われているようだ。

 意を決したミスズがベッドに近づく。

 真っ先に目に入ったのは、白く覆われた包帯であったが、次に目に入ったのは、特徴的な額のものであった。

「彼は有角種なの?」

「はい。それがなにか?」

 ウンノの答えによって導かれた自分の発見が正しいのかを確かめるため、ミスズはトーサカに聞いていなかったことを尋ねる。

「トーサカ、聞屋は警官といたんだよな?」

「ん? ああ」

 突如として話を振られたトーサカが、気の抜けたような返事をすると、ミスズが続いて質問を投げる。

「何、聞いてたかとか分かるか?」

「知る訳ないだろ。情報交換の人が……いや、待てよ……」

 何かを思い出すかのように額を拳で叩き出したトーサカは、数度目にして、その拳を反対の手のひらへとつく。

「そういえば、警官の人が、共通点がどうとか言ってたな」

「そうか、ありがとう。でも、足りないな……」

「えっと、探偵さん?」

 顎に手を当て、考え事をしながら部屋を歩くミスズに、ウンノが声を掛ける。

 すると顔を上げたミスズが、ウンノへ近づき肩をつかんだ。

「お前が写真を撮った時、襲われた人がいたはずだ。その人の人種、分かるか?」

「え? えっと確か……有角種だったかな?」

「やっぱり、そうか!」

 ウンノの答えを聞いたミスズは、目を輝かせるように声を大きくする。

「探偵?」

 見守っていたトーサカの疑問符に、ほとんど確信を持ったミスズが自分の発見を語る。

「切り裂き魔は、恐らく有角種を狙っている」

「何?」

「まだ、可能性の段階で確証はないが、考えて見ろ。人口の少ない有角種ばっかりが、こんなにやられるか? 今からバーニルの知り合いだって言う警官に聞きにいく!」

 ミスズは食堂とは繋がっていない、もう一枚の扉へと近づく。ドアスコープのついた、玄関用の扉だ。

「今の時間もいるかなんて分からないぞ?」

「だったら、エヴァンスさんが死んでも良いんだな? 相手は有角種だぞ!」

 否定的なトーサカの意見を、ミスズは一喝した。

 もちろん、悪いのは切り裂き魔だと、ミスズも分かっている。

 が、相手にしているのが有角種だという以上、妖精種であるエヴァンスでは、最悪、どちらが被害者となるか分からない。

 依頼と言うこともあるが、ミスズはエヴァンスを無事にダルクの元へ届けたいのだ。

 ドアノブに手を掛けた瞬間、ミスズの手元から金属音が響いた。鍵穴に鍵が刺される音だ。

 廊下を挟むことなく、玄関と直結しているこの部屋からは、誰もいなくなるため、一応掛けていた鍵が回り出し、小気味良い音を立てて解錠される。

 全員が全員、緊張の面もちをする中、扉を開けて現れたのは、ダルクが良く知る人物だった。

「セラ?」

「え?」

 ダルクの声に前を見て驚いたのは、バーテンダーのセラだった。

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