一章 4 情報、滞る

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


 夕日の中を青年は進む。

 色白で整った顔立ちの青年で、口元には棒付きキャンディがのぞく。

 たどり着いた場所は、唯一町に情報を届ける、新聞社であった。

 まもなくその日の営業を終わろうかという建物に入り、青年は受付に向かう。

「すみません。記者のアリアさんはいらっしゃいますか? 約束してあるのですが」

 すぐに呼び出しを始めた受付にお礼を伝えて、広いエントランスホールの一角にあった、丸テーブルとともに置かれている四脚の椅子の一つに腰掛ける。

 受付から待つよう伝えられ、しばらくの間、暇を持て余していると、横から声をかけられた。

「おい」

 現れたのは茶髪を後ろで束ねた、薄化粧の女性であった。丸眼鏡が特徴的で、小脇にはシュマーフォよりやや大型の透明な板を抱えていた。

「やあ、待ったよ。とりあえず、座れば?」

「何だよ、急に連絡してきやがって。俺は忙しいんだ」

「つれないなあ」

 青年の向かい側に座りながら文句を口にするアリアに、青年は本題を切り出す。

「じゃあ、単刀直入に。ビジネスをしよう」

「あ?」

「僕の欲しい情報を、記者の君が探す。代わりに、記者である君が記事にしたいであろう情報を僕は渡す。どうだい?」

 初めから不服そうではあったのが、アリアの眉間に皺がより深く刻まれた。

 ダブレードと呼ばれる、手のひらよりやや大きなサイズの透明な板を操作しながら、青年への会話は続ける。

「いいか、よく聞け? 馬鹿言うなよ? 俺の届ける新聞ってのは、最新の情報を届けるもんだ。つまり、鮮度ってのが大切だ」

 遠回しに断るアリアに、青年は自分が持つ情報の有用性を訴える。

「そう。もしも、記事にできたら、相当注目を浴びると思うけどな」

「だとしてもだ。悪いが俺は降りるよ」

「そうか、残念だ。……タイミングをずらせば良かったりしないかい?」

 例えはっきりと断られても、青年はあきらめずに聞きだす。

「無理」

「そっか……なら、別の場所で頼むとするよ」

 三回も断られてしまったからには、致し方なく引き下がる。

「ああ、もう、くだらないことで連絡してくるなよ」

「わかった。気をつける」

 席を立って元来た方へと戻ろうとするアリアに、座ったままの青年は口の中の飴を転がす。

「いいダブレードだね」

 背中へかけられた褒め言葉に、アリアは手をあげて去っていった。



「おい、このバカ野郎」

 アリアの勤める新聞社から徒歩わずか。というか、隣の公園。

 割と広い敷地には、当然、ベンチというものがそれ相応の数、用意されている。

 新聞社からはずいぶんと離れたベンチに座って、相変わらず棒付きの飴をくわえる青年に、仕事を終えたであろうアリアが、声をかけてきた。

「遅かったね」

「遅かったねもなにもあるか、このバカエリアス。もうちょっと近くで待っとけ」

 バカエリアスこと、エリアスと呼ばれた青年が座るベンチのすぐ隣にあるもう一脚のベンチに、アリアはショルダータイプのビジネスバックを置きつつ腰掛けた。

「細かく指定してこないし、会社に見られたらまずいかなと思ってさ」

「だからって、一番遠いところまで来なくても良いだろ、馬鹿。『豆と甘味料』もすぐそこじゃねえか」

「人が多いからダメだよ。多少、寒くても我慢しろ」

 アリアの方へ身体を向けたエリアスは不敵に微笑む。

「折角の情報が漏れたら大変だろう?」

 もっともな注意に、アリアは黙ってしまう。

 実のところ、アリアはエリアスからの提案に興味を示していた。この公園で待たせていたのも、詳しい話を聞くためだ。

 エリアスへの受け答えをする間、アリアはダブレードを操作し続けていた。

 ダブレードの機能の中に文字を打ち込み、表示、保存するものが付いている。もちろん、打ち込まれた文字は、透明であるダブレードの裏側からも見ることができる。

 彼女はその機能を使ってエリアスと本当の会話をしていたのだ。

『どんな情報だ?』

「もしも、記事にできたら、相当注目を浴びると思う」

『鮮度は?』

「タイミングをずらせば良かったりしないかい?」

『とりあえず、豆と甘味料で話を聞く』

「なら、別の場所で頼む」

『隣の公園でいいか』

「わかった」

 会話が不自然にならないように返答し、本当の答えの部分にだけ微量の魔力を込めて会話をしていた。お互いに、考える脳と話す脳に思考を分割したり、魔力関知の得意な妖精種だからこそできる、絶妙な会話術だろう。

「で、俺は何の情報をお前に渡して、お前は俺にどんな見返りをよこすんだ?」

 ベンチの背もたれに体重を預けたアリアは半ば投げやり尋ねる。

「僕が欲しいのは切り裂き魔の情報だ。君の方が詳しいだろ」

「ああ、あれね」

 最近、この町では聞かない日がないくらいの大きな事件が起きていた。

 毎日とは行かないまでも、かなりの高頻度で夜道を歩く人が刃物で切りつけられる、無差別の傷害事件だ。

 通称、切り裂き魔事件。

 目撃者も今のところ出てきておらず、痕跡も本当に犯人のものかもわからないようなものばかりで、警察の捜査もなかなか進んでいない事件である。

 夜道、刃物、殺さないの三つくらいしか情報が出回っておらず、市民にとってはいつ襲われるかもわからない、警戒すべき脅威となっていた。

「確かに、多少の情報は流れてくるけれど、噂もあるからなあ」

「それを見極めるのがアリアの仕事でしょう」

「まあな。副業の依頼か?」

 世間話感覚で聞いたアリアの質問に、エリアスは柔らかく笑って、唇に人差し指一本だけを当てた。

 表向き人材を派遣するような会社を経営するエリアスの元には、従業員から毎日大量の情報が寄せられてくる。

 彼はそれらを集めて管理し、利用してさらに情報を増やし、欲しい人が居れば、情報料をもらう代わりに、目当ての情報を提供するようなこともしていた。

「それは守秘義務さ」

 数回だけとはいえ、利用したことのあるアリアは、情報をほしがる顧客のほとんどが裏の人間であることを知っている。

 エリアスが否定しないというそれだけで、彼女の心の中では提案を受けるか否かの天秤が大きく揺れ動いていた。

 仮に大きな組織が情報を欲しがっているのならば、最悪の場合、大きな組織同士の抗争に巻き込まれて、口封じのために殺される可能性だってある。

 抗争と仮定してしまうと、エリアスに至っては、情報が集まり始めても殺され、集まらなくても殺される可能性があるわけだ。

 少しの間、腕組みをして考えたアリアの脳裏によぎるのは、血だらけのエリアスの姿であった。

 くわえる飴が口からこぼれ落ち、手足は通常ではあり得ない方向に曲がっている。瞳に映すものはなく、ただ床に沈んでいた。

 ──それは……悲しいな。

 アリアにとってエリアスは、なんだかんだ言っても数少ない友人なのだ。

 仮に組織というものがあって、エリアスが殺されるとしても、よっぽどバカな組織でない限り、血みどろで殺されることなどないだろう。そんなことをしたら一瞬で警察に嗅ぎつけられてしまう。

 しかし、アリアには可能性があるだけで十分であった。

「わかったよ。集めてやるよ」

「ありがとう。もらえる情報を聞かずに受けるなんて、丸くなったかい? 彼氏でもできた?」

 言われれば確かにそうだ。

 損得を考えてから動くのが普通だろう。

 だが、例え、もらえる情報がわずかで、ほとんど使えるようなものではなかったとしても、なにもせずに親友と呼べる人間が居なくなるよりは、ただ働きのほうがいくらかましだと思ってしまったのだ。

「俺に彼氏なんかできるかよ」

「そう? 性格はおいておいても、世間一般的に見れば美人なんじゃない?」

「はっ! 格好良いお前に言われるとは光栄だね!」

「それは良かった。僕が言うんだから誇ると良いさ」

 彼女なりの反撃にも表情一つ変えないエリアスに、アリアは頭をかきながら舌打ちをする。

「お前と話してると調子狂う」

「何がだい?」

「もういい」

「じゃあ、格好良い僕からサービスだ」

 大きく手を広げたエリアスの手には、いつの間に取り出したのか、一枚の写真が現れており、腕の流れに従って仰々しくアリアへと渡す。

「誰だ、こいつ」

 アリアは首をひねるしかなかった。

 夜に取られたであろう写真には、アリアにとって、見たことも、会ったことも、心当たりもない人物が写っているだけだったのだ。

「切り裂き魔」

「……はあ?」

 呆れたように口を開いて、再び眉間へ皺を寄せるアリアに、エリアスが腹の底からおもしろそうに笑う。

 そんなエリアスの態度が気にくわなかったのか、もしくは恥ずかしかったのか、わずかにアリアの顔が赤くなった。

「何だよ。どういうことだ!」

「言ったろ? 僕からのサービスだって。間違いなく、切り裂き魔だよ」

 笑いを少しずつ収めたエリアスの言葉は、にわかに信じ難く、アリアには受け入れられなかった。

 写真をずっと見つめる様子を察したのか、エリアスが確認をする。

「まさか、この僕を疑ってる?」

「当たり前だろ!」

 すぐさま肯定したアリアの一言に、エリアスは目を丸くするほど驚いて、珍しく感情が見えるように反論を始めた。

「おいおい、僕が情報に関して嘘なんか付くわけ無いだろ! 意図的隠すことはあっても、嘘は付かないさ! 信用で成り立っているのに、そんなことすると思う?」

 正直なところ、アリアにはエリアスならやりかねないと思えた。

 長い付き合いだが、どうも全体的に信用できないのだ。

 ただ、信用できないことと、嘘を付くことは必ずしも同意義ではなく、同時に両者が存在しても矛盾はしないことも、アリアは分かっていた。

「分かった。信じるよ」

 アリアが最後に信じたのは自分の直感であった。

 エリアスという人物が感情を見せた瞬間を、アリアはほとんど知らない。

 今回は、反論に熱がこもっていたこそを証拠としたのである。

 恐らく、自分も新聞記者という仕事を否定されたのなら、同じように反論をするだろうから。

「でも、こんなもん、どこで手に入れたんだ?」

「切り裂き魔が人の肉を切り裂いているところを見かけた人が、慌てて撮ったという、曰く付きの一枚さ」

 言い方に問題はあると思うが、出所が分かったところで、アリアは写真を自分の手帳へと挟んだ。

 エリアスからの情報依頼を受けた次は、アリアの番である。

「よし、早く代わりの情報を寄越せ」

 催促するアリアに、エリアスが待ってましたと言わんばかりの笑顔を向ける。

「悪いがまだ渡せないんだ」

「何?」

「だから言ったろ、タイミングだって。まだ起きてない」

 不思議なことを言うエリアスに、アリアは首を傾げた後、小馬鹿にするかのように話を聞く。

「お前が事件でも起こすってのか? そりゃいい記事も書けるだろうな」

「残念だけど、違うんだ」

「だったら、何が起きる」

 半身を乗り出し、真剣な表情で向くアリアに、エリアスもまた、顔を近づけて彼女の耳元でささやくように情報を与えた。

「それはね──」

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