1-15 倅よ、お前実は真なる勇者だから

 森で時空間魔術に覚醒した後、寮に帰ると冒険者の手解きをしてくれていたエルフ師匠が何故かやってた。


「エルフの一人として種族を代表致し、お祝い申し上げます真なる勇者様!」


 そして俺に思いっきりかしずいている。


“な? 言っただろ?”


 頭の中で浮かぶイラッと来る先代勇者のしたり顔。

 先ほどまでは興奮していて、勇者というモノの真偽を深く考えてはいなかったがこれはいよいよ本当なのだろう。まぁ時計を体に入れた時点で、殆ど確信は持っていたのだけれど、いざ人に言われるやっぱり…………どうにかして誤魔化せ――ん?


 待て。“勇者”じゃなくて“真なる勇者”ってなに?


「勇者、ではなく、真なる勇者ですか?」


 勇者に真も偽もあるのだろうか?


「まさか、ご存知ないのですか?」


「はい。なんの事だか」


 彼は愕然としてから、咳払いして話始めた。


「真なる勇者とは、あなた様のように時空間魔術を使える血統の者を差すのです」


「なるほど。これですか」


 俺はゆったりと落下を続けるコップをキャッチする。


「まさしく。勇者アキラの伝説はご存知ですよね?」


 当然だ。

 魔王を倒し邪神を討ち払った伝説の勇者である。この世界で知らない者はいないと言えよう。


“まぁそういうことだ。俺様を存分に敬え”


 それどころか自称本人が俺の脳内でうるさい。


「では勇者アキラはアイテムボックスと鑑定、神々の加護、そしてギフト超越者を使い、聖剣を持って魔王や邪神を倒した、というのも知っておりますね?」


「そりゃあ。なにせ鑑定は各国の王家にのみ、加護は各神殿の巫女に返却という形で、勇者アキラから受け継がれ、今なお王家の証明と巫女の選定基準となっているギフトですし。それになによりアイテムボックスと超越者のセットに至っては“勇者の証”ではありませんか」


 元々勇者アキラはそれら四つを含め多種多様な力を持っていた。

 けれど、彼はどうやったのか知らないがそれらの力を、三十人はいたと言われる妻達との子供に分配したのだ。


 各国の王女達との子供には“鑑定”を。


 各神殿の巫女との子供には“加護”を。


 その他の子供達にもそれらとは一段劣るが、様々なギフトやら魔術やらが継承された。


 だが勇者は“アイテムボックス”と“超越者”の二つを、正妻となった幼馴染との子だけに授けた。


 そしてこの二つの力を持つ存在こそが勇者であり、この二つの力こそがいずれ現れる新たな魔王を倒す。


 そう死の直前に宣言した。


 だから王家の直系は“鑑定”が使え、血による継承ではない加護は巫女を選出する基準となり、先天性のギフトであるアイテムボックスと超越者を同時に取得している者は勇者と認定される。


「ではもし、その基準がそもそも間違いだとしたら?」


「は? え、いやいやいや有り得ませんよっ。だって勇者は女神がギフトを直接授け選んでいると――」


「らしいですね。ですが実はエルフと竜に伝わる勇者の条件は異なるのです。お分かりですね? そう、我々の巫女であるハイエルフ様の“直接”伝え聞いた話では、魔王や邪神を倒す唯一の条件、それは」


 彼が俺の顔を見た。


「――時空間魔術のみ」


 “時空間魔術ってのは勇者の力だ”


 確かに勇者アキラはそういった。けどそうなると、今の勇者と呼ばれる者達は――。


「ロック様、おかしいとは思いませんか? アイテムボックスは時空間魔術に近い闇属性の特殊魔術ですが、あくまで持てる物が増えるだけ。超越者もレベル百に到達した猛者達より、上限を超えてあと三十程だけ上げられるだけです。それでどうやって魔王を倒せと言うんでしょうかね。三十の差は確かにありますが、そこまで決定的な力ではありません」


「それは……」


「もっと言えば巫女の“加護”なんて、実は存在すらもしていませんよ? そもそも五大女神……実際には六大女神ですが、彼女達は勇者様の戦いに参加すらしていません。今、盛大に神殿が語っている話は、後世に勝手に神殿が言い始めたものです。むしろ彼等に密かに分配されたのは原典と呼ばれる書物のみですが、今ではそれらの名前すら聞きません」


「じょ、冗談ですよね?」


「お疑いになる気持ちは分かります。けれど我々からすれば、人間や亜人達がおかしいのです。勇者アキラが天寿を全うされて数百年で、彼の遺言が変わってしまったのですから。最もこの話は子種を頂いていないエルフにも竜にもあまり関係がなく、あくまで知識としてハイエルフや一部エルフ、長寿の竜にのみが知っていた為に、我々も発信しなかったという責は感じておりますが」


 エルフ師匠は少し悔しそうな顔をする。


「それでもその事が発覚した直後、各国や各神殿に訂正を求めました。けれど四代以上も語り継がれてしまった事柄は容易に覆らず、我々エルフと竜以外は今も誤った者を勇者と崇めているのです」


 なんだそれは。


 じゃあ女神とは一体何なのだ。


 ただ勇者様伝説に便乗しているだけではないか。


「女神にも色々事情があった様ですが、中には自分可愛さに寝返ろうとした者もいるとか。あとは先代女神が傷を負い、魔王を知らない新しい者が女神となった事で、魔王を脅威として認識すら出来ていないとか、ハイエルフの方々は嘆いておりました。お陰で我々からすれば五大神殿はゴミですね。ゴミ」


 ついにゴミにまでなってしまったぞ女神様。


「そのとんでもない話を、俺に信じろと言うのですか?」


「ですが既に勇者様の残影とお話なさったはず。貴方様こそが勇者だと言われたのではありませんか?」


「まぁ……と言いますか、なんであの夢の事を知っているんですか?」


「ハイエルフ様に勇者アキラの残影から神託があったそうです。後継者がようやく現れた、と。私に接触してきたエルフの元老院から来た使者がそう言っておりました。故に私から貴方様にご説明する様に命が下され、今ここにおります」


 そう言うと彼はローブのポケットから一枚の封筒を取り出した。


「そして、あなたのお父上からのお手紙も預かっております」


「えっ、ちょ、父さんからの手紙!?」


 あの人、無事なのになんで顔を見せないんだ。流石に死んだとは思ってなかったけど、今何やってんの。


「本物ですか?」


「字と内容を確認して頂く他ありません。けれど確かにこれはスキンヘッドの男性から渡されたのです。もし息子がその力に目覚めた時は、よろしく頼むと。真実を知るエルフにしか頼めない事だと仰っておりましたし、何より彼はエルフの元老院の使者と共に来たのです」


「はい? エルフの元老院と父さんが? え、なんで?」


「先程もお話しましたがエルフは真なる歴史を知っております。そして魔王が降臨するリスクが高まっております。きっと勇者の正統なる一族たるお父上は、そのリスクを減らす為にエルフと共に活動をされているのだと思われます」


「うっそぉ? またまたぁ、ご冗談を?」


 正直、現実感がなかった。

 自分の一族が勇者の末裔で、実は神殿が擁護している勇者達は偽物で、むしろ俺が真の勇者で、父さんは魔王復活阻止にエルフと共に奔走している。


 …………無理あるやん。何処の地方劇の内容だよ。


「いろいろと受け入れ難いんですが、何よりも俺、Eランク冒険者なんですが。その辺の下っ端みたいな存在ですよ?」


「仕方ありません。あなたの才能は全て時空間魔術に持っていかれているのです。それにこれからそれを使いこなせる様に鍛えれば良いのです」


「う、うーん」


 俺は何とも言えなくなり、とりあえず父さんからと言う手紙を開いた。








 ――息子へ。


 この手紙を見ているという事はお前の中で時空間魔術が開いたのだな。


 実はお前に渡した時計。あれはうちの家系が代々受け継いでいる本物の神器だ。


 小さい頃にお前に渡した時、俺は絶対に使えないだろうと思っていた。

 あれはそういうものだからな。


 しかしお前は解いて見せた。


 そのせいで嘘を付いてまでやらせてしまったのだ。あの時はすまんかった。


 でだ。


 その時計の形をした神器は持ち主から魔力を奪って蓄え、時空間魔術に必要な魔術言語を体に覚え込ませる。


 お前が十年間、宿屋になる為に鍛え続けたそれは、勇者として十全の力を引き出せるだろう。


 だがそれはあくまで非常時の武器だ。十年分の魔力ストックが切れれば、魔術の補助にしかならない。


 なので出来る限り、己の中の時空間魔術だけを使う様にしろ。

 最初は一位階しか使えないだろうが、レベルが上がり各神殿にある時空間魔術の原典を取得すれば、時空間魔術の階位を上げられるはずだ。


 だから余程の事態でない限りはその“神具”は使わず、自分の時空間魔術で戦う事を徹底しろ。そして早急に神具を使わずに第七位階まで使える様にするんだ。


 でなければ、いずれ魔王が再びこの地へ現れた時、奴等と戦える存在がいなくなる。


 幸い、エルフと竜はお前の味方だ。一方、神殿や王族の馬鹿共は偽の勇者を担ぎ上げる様なアホしかいない。だから奴等には何も期待するな。

 どうやら時空間魔術を受け継ぐ血脈を快く思わない者、それを知ってなお認めない連中が神殿や王家にいたのだろう。……或いは女神本人が嘘を流したか。


 だがおかげで時空間魔術自体、最早殆どの者が知らない。使用を躊躇う必要もない。ただ、大きな舞台ではあまりおおっぴらに使うな。女神に目を付けられる可能性がある。

 ちなみにギルドカードには表示されないからな。当然だ。前例が存在しないのだから該当する規格がない。


 最後に。


 実際、お前は勇者なんて興味もないだろう。宿屋になりたいと思っているはずだ。

 だが現状、数百年振りに魔王が降臨する可能性が高まっている。

 もし、神殿が謳っているただの魔物の王である偽魔王ではなく、本物の魔王と呼ばれる異世界からの侵略者が現れ、それをお前が撃退出来なければ人類は滅ぶからな。お前の進路マジ人類の命運左右。分かった?


 だから将来、宿屋になって暮らしたいのなら、“勇者と名乗らずとも”“世間に顔も見せずとも”いいから、とにかく鍛えてせめて第七位階まで習得して魔王を退けろ。


 それがお前に課せられ義務だ。そして俺があと数年、お前が強くなるまでの時間は稼ぐ。

 その為に俺達は生きてきたのだから。






 追伸。


 神殿で巫女から加護を得る必要はない。あれは持っていたとしても魔王にダメージを与えられない。ぶっちゃけ昔女神が意気揚々と魔王に挑んだらしいが三柱程あっさり殺されたらしいからな。だから大事なのは原典の方だとハイエルフ様は言っていた。


 あと女神には気をつけろ。











「これは確かに父さんが書いたものですね。しかし……」


 俺は思わず額を押さえる。


「何と言う無茶振り。宿屋をやる為には魔王を戦って退けなきゃいけない、と」


 ――おかしい。


 絶対におかしい。


 なんだ真なる魔王って。

 なんだ真なる勇者って。


 俺の望みは宿屋なんだぞ?


 家と金さえあれば、誰でも出来る仕事だ。なのに、なんで宿屋をする為に魔王と戦わなくてはならない。


 それに魔王って……。


 ――暴食の現蟲神 “ギャ・ヌ”


 ――呪病の現冥神 “ザックーガ”。


 ――狩人らしき四本腕の人狼。


 ――武装した鋼鉄の人型。


 ――四体の竜を従える黄金竜、金國祖オウセイシ。


 思わず怖気が走り、あの時の勇者アキラとの会話が蘇る。


 “魔王、ようは異世界の支配者にして神にまで登り詰めた侵略者だよ”


 あれが、異世界から攻めてくる? 俺がアレと戦う?


 ――無理だろ。


 あれは人類が徒党を組んで挑むべき化物のはずだ。

 それを俺だけで戦えと?


 “お前にしか傷つけられない。ゆえにお前が倒す以外に人類が助かる道はない”


 先代のそんな言葉に納得なんて出来るはずがない。

 だが……。

 同時にあれが現れれば、人類は滅ぶという皮肉な程の確信があった。


 それは結局の所。


「確かに……アレは何があっても倒さねばならない。でなければ確実に人類は滅ぶ。つまり」


「はい。あなた様には勇し――」


「――俺は宿屋が出来ない」


「…………………………………………………………ん? んん??」


 アレらを倒さなければ、俺は宿屋という夢に到達する事が出来ないのだ。


 ダメだ選択の余地がない。


 どうせ撃退に失敗しようが成功しようが、関係ない。

 倒さなければ宿屋になれない以上、最善を尽すだけだ。


 ――こうなれば夢への障害は何であろうと踏み砕いて進むのみ。


「分かりました」


「…………えっ? 今の流れで?」


「はい。俺は宿屋になります。だから魔王を倒します」


「え? あ、ありがとうございます???」


 俺の決意にエルフ師匠は感動したのか、口を開いたまま固まっていた。


 だが外がいきなり騒がしくなった。


「ここにロック・シュバルエという者はいるか!?」

「ご領主様がお呼びである! すぐに出て来い!」


 思わず俺とエルフ師匠は顔を見合わせる。


「心当たりあります?」

「………………あー」


 ユースティ様だ。あの人は死なずに起きていた。だからあの戦闘を全て見ていたのだろう。

 エルフ師匠に経緯を話すと深々と溜息を吐いた。


「そうですか。仕方ありませんね。まぁ命を助けたのですから悪いようにはされないでしょう。私もその辺りはエルフの大使として説明致します。なにより相手は侯爵です。ここで逃げるとなにをされるか分から――」


「よし逃げよう」


「……え、マジ?」


 一瞬素に返ったエルフ師匠が凄い顔をした。

 直後、俺の部屋が強くノックされる。時間がない。すぐさま俺は剣だけ持って窓に手を掛けた。


「じゃ。あと適当な感じでお願いします」


「え? ちょっ!?」


 俺は師匠の絶叫を背に窓から飛び出した。

 宿屋になれるのなら何でも構わないのだ。勇者の仕事も先代がゲートとやらが開くが分かると言っていた。だから別にこの都市に拘る必要はないのだ。


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