1-4 クランに加入しよう

 初めて冒険者ギルドに行ってから一週間が経った。


 最初の三日は午前中に指導して貰い、午後は言われたメニューを自主訓練すると最後には体が全く動かず、酒場で古参の冒険者達に介護される始末ではあった。

 それでも四日目辺りから何とか自力で寮に帰れるくらいにはなった。


 また学校の方は殆ど出ていない。


 そんなんで進学できるのか、と思うが進学できないのだから行く必要はないだろう。


 なのでほぼ学校には寝る為と食事する為に戻り、後は殆どギルドで過ごす日々だ。


 だが今日に限ってはその訓練もおやすみ。なぜならば――。


「あー、これが虹羽結社ヴォルティスヘルム支部のクランハウスだったのかぁ。前からこの建物は一体なんだろうと思ってたけど」


 俺の前には円形の小奇麗な建物がそびえ立っている。

 学園よりは小さいが冒険者ギルドより大きい。最もあそこは地下が広いから、それと合わせると同じくらいだろうか?


「すげぇな、ここがクランって奴か」

「ど、どうしよう。こんな所に私達が入っていいのかな?」


 その周りでは平然と入ってく人や、入り口付近で興奮したりオドオドしたりしている同年代の冒険者見習いっぽい者達もいた。


「本日のクラン入会説明会にご参加の皆さんはこちらまでお越し下さーい!」


 眼鏡を掛けたローブ姿の若い女性が、入り口で大きな声を上げている。俺は他の見習いっぽい人達と一緒に紛れて彼女の方へ歩き出した。








「――以上がクランについての説明になります」


 俺や他の入会希望者は一室に集められ、皆で説明を聞いた。


 眼鏡のお姉さんの話によると――。


 まずメリットが以下。


 一、クランが受注した高難度の大型案件に参加する事が出来、多人数での本来の冒険者ランク以上のクエスト攻略が可能。


 二、クランが提携している神殿で、格安のお布施で治癒を受ける事が可能。場合によっては臨時神官の派遣も受け付けている。


 三、クラン内では新聞や書物が発行されており、魔物の出現情報や危険依頼主及び組織、人物等の一覧、他にも魔術・魔技の習得条件や師弟募集求人、冒険者の割引情報や旅での裏技などなど、様々な情報が共有され一部を除き無料で閲覧可能。


 四、クラン内でのパーティー編成を推奨しており、レベルやジョブ、適正などに応じてパーティーメンバーを斡旋してくれる。


 五、武具に関しては下級品であれば無料で貸し出してくれ、中級以上も大手鍛冶クランとの提携により割安で販売してくれる。また武具の整備も格安で受け付けてくれる。


 六、共済制度と預金制度、脱会金制度がある。クランに定期的に支払っているお金で治癒で治りきらない大怪我した場合に見舞金が出るのだ。他にもクランに預けていれば他の支部でギルドカードと血による本人確認で預金の引き出しが可能。また積立金と呼ばれる小額を少しずつ預けると、死後や引退の時に家族や本人にそのお金が支払われる。


 大体こんな所だろう。


 逆にデメリットだが。


 一、クランには達成したクエストに応じて、報奨金の何割かがクランに上納金として支払われる。また入会一年後から更新料として銀貨三枚が掛かる。


 二、クランには階級が存在し、半年事に成功させたクエストの難易度や数、ギルド外での活躍等を総合的に評価して、査定によって階級が上がったり下がったりする。この階級に応じて割引率や見る事が出来る情報など、出来る権限が広くなる。


 三、半年間何らかの届出がない状態で成功させたクエストの数がゼロだと、自動的に脱会させられる。


 四、クランで支部長以上より緊急号令が掛かった場合、問題がない限りは殆ど強制的にクエストに参加させられる場合がある。


 等だろう。


 お金は掛かるが悪くない話に思える。

 特に武具の貸し出しは素人の俺には有り難いし、新聞や書物など冒険に関する情報は喉が手が出る程に欲しい。


「では次に、皆さんお待ちかねの当クランが誇る四宝が一人、S級冒険者の白騎士ベネテーゼ・フォルス様の直接指導のお時間ですよっ!」


「おおおおおっ、ついにベネ様とお話できるぅぅぅぅぅ!」「よっしゃあ! S級冒険者に認められるチャンスだぜっ」「お姉様に手取り足取り教えて教えて頂けるなんて……」


 と、眼鏡さんの言葉に怪しいのも含めて、他の者達が色めき立つ。

 …………というか俺、初耳なんですが。






「初めまして、私が虹羽結社の最上級である一等級メンバー、ベネテーゼ・フォルスだ。ジョブは白騎士をしている。本拠地は王都だ。今日は短い時間だが、よろしく頼む」


 白を基調に金と青の紋様が刻まれた甲冑を纏った、白銀の長い髪をなびかせる背の高い美女が微笑む。男の俺から見てもイケメンに見えるくらい凛々しく、そして美しい。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ」」」」


 それに最前列に陣取る明らかに入会目当てと言うよりファンっぽい連中が叫ぶ。

 彼女の隣に立つ御付らしいローブ姿のエルフが、その様子をゲンナリした様に見ている。当の彼女も苦笑気味だ。


「では早速、個別に指導――と言いたいが、実のところ私はあまり人に物事を教えるのが上手くない。そこで一対一の模擬戦をしながら、悪い所を指摘させて欲しい。構わないかな?」


 女学園では王子様と呼ばれそうな彼女の提案に、文句を付けられる者は皆無であり、洗脳されたかの様に全員がコクコクと頷く。美人って怖い。


「では、準備が出来た者から始めようか」


 そういって彼女は背中に背負った両刃の斧に近い白銀のハルバート――眼鏡の人いわく聖具と呼ばれる武器、聖斧槍のユニコーンを構えた。


 俺は思わず息を呑む。その美しさに。


 そして悟る。同時に握る拳に力が入る。


 これはこの一週間、ロンさんに鍛えられ手にした新しい力を試す時なのだと――。










「ほぉ、かわすか少年」


 指導という名の蹂躙劇が始まって数十分。


 半分以上の参加者を欠点を指摘しながら叩きのめし、死屍累々の山を築く白騎士。

 そんな彼女の一振りを、誰も避ける事が出来なかったその一撃を、その少年は見事にかわしてみせた。


 彼の手に握られている剣は鉄くずと言えよう。しかし彼はその鉄くずで一振りを逸らして見せた。


 再び彼らは距離を取る。


 彼女の目には先ほどとは違い、確かに、いや、初めて目の前の少年を見据えた。


 それに応える様に彼は剣を鞘に仕舞い隠す様に構えを変える。


「――ん? 魔術か」


 白騎士の声に全員が少年を見る。

 魔技は使用する際に薄っすらと発光現象が起こるので分かり易い。

 けれど魔術は通常では分からない。

 高レベルの者になれば、魔力を視認できる様になり、発動と方向性が分かると言われているが、彼女にはそれが見えた様だ。


 少年は構わず特攻を仕掛ける。


 そして彼女の間合いに入ろうかと言う寸前、剣を思い切り抜く――。


「ほぉ」


 フリをして抜剣と同じ動作でナイフを投擲した。

 この距離で正確に投げられたナイフは彼女の顔面を捕える。

 ハルバートは間に合わない。

 当たる。誰もがそう確信した瞬間、白騎士はそれを事も無く片方の篭手で払った。


 後方へと宙を舞うナイフ。


 ギャラリーがナイフに目を奪われるその瞬間、彼はナイフは囮だと言わんばかりに、ハルバートの間合いへと踏み込む。

 それを白騎士は悠然と白銀のハルバートで迎え撃つ。

 その瞬間、少年は前方にスライディングしての再びその脅威を掻い潜った。


「おおっ!」「行けぇ!」


 周囲の観戦者達も思わず少年を鼓舞する。

 実際、白騎士の獲物は振りぬかれ戻るまで時間が掛かる。


「はあああああああああああああああああああああっ!」


 そこへ立ち上がりと共にジャンプした少年が上段から斬りかかる。

 されど、その攻撃を彼女はナイフを払った手で背中の盾を掴み、振り下ろす様に受け止めた。


「この程度か?」


 拮抗した二人。

 が、余裕たっぷりに挑発する彼女は、振り抜いたハルバートの柄を戻す動作で、少年を突き払おうとする。


「はっ?」「えっ、なんで!?」


 それより早くギャラリーが動揺の声を上げた。


 瞬間、少年の顔が笑う。


 彼の瞳には有り得ない光景――白騎士の背後から迫る一度は弾かれたはずのナイフが写っていた。


 その笑みを見て彼女は。


「――阿呆めがッ!」


 ハルバートをクルっと回して、一瞥すらせず背後から迫るナイフを殴打、否、粉砕し、返す柄の部分で少年を突き飛ばした。


「ぐふぅっ――」


 空気が抜ける悲痛な声を出して転がっていく少年。

 呆気に取られるギャラリー。

 理屈は分からないが、背後から再び迫るナイフは完全な不意打ちであった。後ろに目でも付いていない限り視認は不可能。

 にも関わらず白騎士は一瞥もせずそれを粉砕したのだ。


「奇襲を勝手に確信し気を抜くなぞ、死にたいかッ!」


 彼女の一喝に周囲のギャラリーが震え上がる。


 倒れた少年も腹を押さえながらビックリしている。


「――そもそも。魔術の発動を感知した事をわざわざ私は告げてやったのだぞ? なぜ、お前がナイフにつけた魔力の糸を、視えていないと決めつけたッ!」


 その言葉に少年はハッとした顔になる。そして悔しそうに唇を噛んだ。


 その様子を見て、白騎士はようやくハルバートを降ろし、表情を和らげた。


「だが――素晴らしい才能に、それを無駄にしない良い戦術。そして大いに不満はあるが、奇襲を成功させるに必要なラインまで鍛え上げた技量。見事だったぞ。君の名を聞かせて欲しい」


 周囲のギャラリーがどよめく。

 世界に数十人しかいないS級冒険者が、駆け出しの少年に名を問うのだ。周囲は驚愕、嫉妬、羨望、興味と様々な感情を込めて少年を見た。


「――ラグナだ」


 少年はぶっきら棒に告げる。


「ラグナ・マッケンだ」


「ラグナか。良い名だ。一等級メンバー、ベネテーゼ・フォルスは君の入会を歓迎しよう! 興味があるのならば、私の二軍パーティーで鍛錬しても構わないぞ」


 その賛辞に周囲がどよめきと興奮で湧き上がった。



















 ――という様子を、ラグナ君の一つ前に戦いを挑み一撃で壁まで吹っ飛ばされた俺は、床に寝転がりながら叩かれたお腹を押さえ、一人眺めていた。


 たぶんラグナ少年が話題を攫ってしまったせいで、本来ならフォローに来てくれるクランの神官が俺の事を失念し、誰も傷の手当をしに来てくれず壁際の床で放置された。


 さらにその後、参加者の見習い神官の少女が中級回復魔術を使用した事で再びざわめき、主にラグナ少年とその神官の子を中心に話が進み、皆してクランと提携している酒場へと行ってしまった。


「………………あれ? 俺は?」


 それからしばらくして、一人足らない事に気付いた眼鏡さんがやってきて、ヒールを掛けてくれた。実は回復職だったらしい。


「あ、そういえば聞き忘れていたんですが、クランに入会なさいますか? 今なら駆け出し冒険者に限って防具も無料でお貸しするキャンペーン中ですが、何ならそれも申請しておきますけど?」


「あ、じゃあそんな感じで」


 こうして俺は何の感慨も無くクラン、虹羽結社に加入した。

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