初心者マークのVRMMO~まごといっしょ!

こーゆ

第1話ぷろろーぐ

 年末も押し迫ったあの日、私はお節の準備もあるからと、てくてく歩いて買い出しにでかけたの。

 目の前の歩行者信号は赤。

 青になるのを待つだけの簡単なことだったはず。

 あの子はお正月ぐらい帰ってくるのかしら。孫の圭吾は最近忙しそうで盆にも顔見せ程度にしか帰ってこなかった。

 一人だったらお節も余っちゃうわね。どうしようかしら。なんて事を考えながら信号待ちで立っていると……


 いきなり目の前にトラックが……

 避けたつもりだったの。足はちっとも動かなかったのだけれども。

 きっと動いたらつもりの上半身だけが後ろに傾いて……

 身体に、頭に、響く。ドンという振動が……






 気づくと孫の圭吾が泣きそうな顔で私を見つめていた……

 しばらくぼーっとしていたのだけど、身体中の痛みで狂いそうになったり、高熱で朦朧としたり……


 苦しい!暑い!痛い!頭が割れそう!身体がちぎれそう!


 深呼吸して。

 大丈夫、まだ大丈夫って思ったり。

 もうダメ! 何があったというの!

 拷問なの!?


 そんな長い長い狂いそうな時が過ぎて……



 気がついたら包帯だらけのミイラだったわ……

 圭吾に聞くと、両足粉砕骨折、左腕脱臼と肘の骨の骨折。

 気がつけば脚はギブスで固められ、左腕は点滴で動かせず、右腕は力が入らないものの何とか動かせる状態で一月と二月が半分終わっていた。

 お正月って知らないうちに終わったのね。

 家の冷蔵庫が心配だわ。

 お節の用意で下ごしらえしただけのものが放置されてるのよ。

 調味料以外は捨ててもらいましょうか。

 と現実を見つめないようにしてそれから半月。

 三月に手が届きそうになって、ギブスを外してみた。

 細く細く枯れた枝のような有様の両脚。動くこともない、感じる事すらないただの棒である。

 気づかないフリをしていても目の前に突きつけられた現実は、左の腕も使い物にならないということ。

 右腕も微かな感覚は有れど、指は動かせても物を持つことすら出来ないという情けなさ。


 食べることも排泄することも人さまの手を借りないと出来ない今の身体。

 毎日、清拭してもらって薬を塗ってもらって……感覚を取り戻すためのマッサージをしてもらって。

 何もかも他人の手を借りて生きる自分……

 こうして生きるだけの為に、お金も人も使い、死ぬまでこのまま何もかも無駄遣いする。

 死のうにも舌を噛み切るだけの力も覚悟もない……


 孫の圭吾が毎日のように見舞いにきては身体の血流を促すようにマッサージをしてくれる。動かない身体をこれ以上傷つかないように薬を塗ってくれる。

 優しい言葉をかけ、少しでも雰囲気が明るくなるよう話をしてくれている。

 わかっているの。

 でも……

 これ以上若いあなたに迷惑をかけたくないの。

 そう思っても何も出来ない自分が情けなさすぎる。

 もう来なくていいと言えない自分が情けないのよ。

 私のたった一人の身内に捨てられるのがこわいの。

 仕事を終えてから駆けつけてくれるいい子なの。

 もう手を離さないといけないのと思っていても、思いきれません。


 今日も来てくれるのでしょう。


 こんこんこん。ノックの音とともにスライドした戸の隙間から顔を出して挨拶をしてくれる。

 ああ、今日も来てくれた。嬉しいけれども……


「ばあちゃん、具合どう? まだ痛い?」


 小さな声で問いかけてきます。

 見るとやはり笑顔でこちらをみていました。少し引きつっているのは作った顔だからでしょう。

 本当に優しい子だと思います。

 でもこんな老人の相手ばかりじゃだめです。もう来なくていいのよといいたいけれども声が出ない。

 ちょっと目を瞑って気持ちを落ち着かせましょう。


 圭吾は部屋に入ってきてベッドの傍の椅子に腰掛けました。

 ガサガサとコンビニの袋の音がします。

 

「ばあちゃん。食欲はある? ばあちゃんの好きな水ようかんを買ってきたんだ」


 ほら、やはり私の好物をちゃんと知っていてくれています。

 でも私は首を左右に振っていらないとこたえました。


 すると彼は優しく次の言葉を言います。いつもと同じように。


「今日のマッサージしようか?」


 全く動かない脚も腕も、少しだけ動く役にたたない腕も、丁寧に丁寧にさすってくれて、薬を塗ってくれます。


「ほら手のひらを揉むよ。指も動かすけど痛くはないかな」


 丁寧にわずかに動く右手の指や腕も刺激を与えるようにもんでいく。もむと同時に皮膚の保護クリームを塗っていく。感覚のある右腕や右手に指にあたたかいものを感じます。


「けいちゃん……ごめんね。ばあちゃんが迷惑かけて」


 ようやくこれだけの声がでました。もういいのよと言いたいのに。謝ることしかできません。


 小さな声でいってくれるその言葉で涙が出そうです。


「居てくれるだけでいい……」


 小さな小さな声で。


「だいたいばあちゃんは悪くなんかないし」


 彼がいつものように返してくれるその言葉だけで生きています。





 あの事故はトラックの運転手が心臓発作で意識を失ったために暴走して、起こってしまった。私は歩行者信号が青になるのを歩道で待っていて、偶然巻き込まれた被害者だって分かっています。

 でも、若い彼に洗濯や食事、排泄の介護をしてもらっている。

 彼がいない時は看護師さん達がしてくれている。

 申し訳なさすぎます。



 トラックの会社からも保険会社からも治療費や慰謝料などのお金は直ぐに支払われるようでそちらは心配がないようだけれども。

 何も出来ない、生きているだけで迷惑な自分。それが目の前の現実。

 死にたいとは言えないけれども、なんでこうなったの? 何故私が?

 そればかり考えてしまう。

 健康に気をつけていたわ。人さまの迷惑にならないように気を使って生きてきたのに。もうベッドでしか生きていけない。迷惑でしかない私の生。

 どうしたらいいのか分からない。思考はグルグルと廻るだけ……

 解決策のない日々が続く……


 それなのに転院先を探さないとならないと医師に聞かされ、ますます身の置き所がなくなりました。

 

 後日、あのトラックの会社は圭吾が勤めているところの系列会社だったと判明しました。

 その会社には企業立病院があり、この救急搬送された病院からそう遠くないところに位置していて、半月後の転院先はそこになると言われて涙が出そうです。

 死にたいと思っていたはずなのに、まだ生きていたいと心が思っていた事に気づきました。なんて生き意地汚いこと。




 今日は転院の日です。車椅子にすら座る事のできない私はストレチャーで運ばれます。車に乗せられるまでの僅かな時間。空を見ていました。澄み切った青空です。雲一つありません。この病院で過ごした三か月の間に時は過ぎ、春の気配を感じるようになりました。

 身体のどこも動かせませんが、まだ目は見えます。音も聞こえます。頬をかすめていった風が冷たさも感じさせてくれます。

 脚は動かなくても、腕も動かなくてもまだ右の手の指は動きます。

 陽の光を浴びてそんな事を思っていました。



 新しい病院について手続きを終えると部屋へ向かいました。


 新しい部屋は12階。ナースセンターのすぐそばでちょっと広めの個室。

 付き添い用ベッドやテーブル、ソファもある。

 ビックリしていると、圭吾はとんでもないことを言い始めた。


「これからは病院ここのすぐそばに会社も住居もあるからずっと一緒に居られるね」


 この子は……やっと私から離れて暮らすことが出来るようになったというのに。独り立ちさせようとした努力が水の泡だわ。

 ちょっと前まで、あちらの病院を出るまで、迷惑をかけるとか死にたいとか考えていたのに。

 きっと外の空気を浴びたおかげね。

 憑き物が落ちたようにそんな気が無くなりました。

 いいのかしら。ね。


 ベッドに下されて周りを見回すと色々な物が見えました。

 ソファや机、それから何かの機械。部屋の中なのにヘルメット。

 何なんでしょう。

 ビックリしていると、圭吾が休むように言ってきた。


「びっくりした? でも動いたあとだから少し休もうか? 痛みはない? 大丈夫?」


 痛みや疲れは感じないのだけれども。

 圭吾からの質問にはうなづいてから問いかけた。


「けいちゃん、ここ高いんじゃないの?」


 そうすると彼は首を横に振った。なんだか呆れたような表情をしていたのは私の勘違いよね?


「ううん。それは大丈夫。ここ、会社うちの病院だから」


 ええ勤めている会社の企業病院なのよね。聞いたから知っているわ。それがなに?


「それより、話があるんだ。ねえ、ばあちゃん? 会社うちで働かない?」


 話があるんだと言って切り出してきたけれど、私にはさっぱり意味が解らない。

 どうして動けないのに働けるのか、ゲームがどうとか言っているけれども機械でやるゲームはしたことがないのよ。トランプなら何とかできるかもしれないけれど。


「うん。僕がゲームを作る会社に入ったのは知ってるよね? でね、大方の枠は出来たんだ。感想や変なとこが無いか試して欲しいんだ」


「けいちゃん……私、もう動けないのよ。何も出来ないの」


「大丈夫。考える頭さえあればできるんだ」


「ゲームもした事がないわ」


「うん、それは大丈夫。ナビがついてるから。分からない事が有れば聞けばいいよ」


「私にできるの?何も出来ないのに」


 彼は机の上に有ったヘルメットのような器械ベッドのそばまで持ってきてそれを見せながらいう。


「えっとね、これを被って夢の中に入ればいいんだ。でね、中で暮らしている人と話したり、ばあちゃんは異邦人という外から来た人になるんだけど、その他の異邦人と交流してくれたらいいなって思ってる。夢の中では料理もできるし、畑を耕したりもできるよ。冒険をしてもいいし……」


 彼は話し始めるとドンドン口調が早くなって声も大きくなり興奮してきたようです。

 溜息をついてから小さな声でいう。ちょっと呆れたような声になっていたかもしれない。


「けいちゃんが何をいっているのかわからないわ……」


 彼はにゲームをやらせるつもりなのね。溜息と無いわという気持ちで首を小さく振るけど、彼の眼は真剣なようだ。


 


「ばあちゃんドン引きだね!」


 ええそうよ。あなたに引いているわ。


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