第19話 狛

「で? 今回はどーいう仕事?」

「まあそう焦るな」


狛がそっと耳を澄ますと、笙花の他にもう一つの声が聞こえた。音を立てずに壁に凭れ掛かる。

もう一人の声は昔聞いたことがあった。確か、笙花の母親だ。


「大体な、不老不死の薬なぞ何に使うんだ。まさか、まだあの男にご執心か?」

「うるっさいな。真面目に仕事やってやってるんだから、アタシのことに口出さないでくれる?」


怒りのこもった笙花の声を、彼女の母はからりと笑い飛ばす。


「まあ、人間に飲ませようとするならやめておけ。界隈で一番信憑性が高いとは言え、それはこちら側の話。人間が飲んだ後の保証はできない」

「…わかってるよ、そんなこと。つうか、アンタに言われなくてもそれくらいわかるっつーの。早く仕事寄越してよ」

「はあ…せっかちだな。わかったよ」


呆れた声のあと、母親は英語でぺらぺらと話し始める。笙花はそれを黙って聞いている。

対して廊下の狛は口元を覆った。


「(不老不死の薬…? 笙花が? あの男、って、まさか昔笙花が付き合ってたあの人か…?)」


どうやら笙花は、不老不死の薬を得るために実家からの仕事をこなしているようだ。狛は早速斎に報告しようと、出口に向かおうとした。一歩踏み出した途端、古びた床がぎしりと鳴る。

まずい。そう思った時にはすでに、奥の部屋から椅子を蹴る音が聞こえた。

足だけ変化し、渾身の力で床を蹴る。一番近い曲がり角を曲がって、どうにか彼女たちの視界から逃れた。


「まずい、誰かに聞かれた!」

「笙花が連れてきたんじゃないのか?」

「何もかもアタシのせいにするな!」


狛は心中で謝りながら、階段を全段飛ばしで降りていく。すると、上の階から大きな魔力を感じた。


「…やば」

「まあこの建物ごと潰しちゃえば問題ないよなァ!」


狛の呟きを搔き消すように、古びたビルは倒壊した。

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