第21話『もやもや』

 部屋に向かった後、大河さんは布団で横になり軽く仮眠をとった。その際、何故か私も彼の部屋に居させられ、一人で大河さんの寝顔を眺めていた。

 仮眠するのなら城に帰ろうと思っていたのに、結局起きるまで居座ってしまった。


 そして、起きた大河さんと私に楽くんは散歩でもしてきたらどうかと提案してきたのだ。

 もちろん私は良かったのだが、大河さんは仕事があるんじゃないか。

 そう思ったのだが、楽くんの言葉の本当の意味をすぐに察した。それはもう少し休んでください、という意味。

 きっと私と散歩でもすれば、すぐに戻り、仕事を始めないと思ったのだろう。

 だが、大河さんは頷くかわからない。楽くんの言葉を聞いて彼は少し黙る。


 少し沈黙が続いた後、彼は頷き、私に「行くぞ」とだけ言い、私たちは屋敷を出て、町へと向かった。






「戻ったらまた仕事しねーとな」

「今は仕事の事考えるのやめたら?」

「んな事出来ねーよ。溜まってんだから」


 大河さんはまた仕事の事を考えていたため、指摘すれば、ため息をつきながらも返されてしまった。

 その仕事から少し離れて気分転換に散歩しているんだから、考えてしまったら同じことな気がするのに。

 それにここまで頑張るほど溜まるなら、なんで昨日高台に連れ出してくれたんだろう。

 ひとつの疑問が浮かび、隣を歩く彼を見上げながらも問うてみる。



「じゃあ、何で昨日連れ出してくれたの?」

「……」


 しかしこの質問をした瞬間黙り込んでしまった。それに「ねぇ!」と横から声をかけても、目も合わすことなくガン無視。何だろう、何か私にバレてはいけない理由でもあるのだろうか。

 結局、何度も声をかけても一切返事をしてくれなくなってしまった大河さんにその事を聞くのを諦めた。


 と、その時。


「あ、大河様!! ……と、聖妖様!」

「大河様だわ!」

「大河様、お会いしたかったです!」


 町の女妖狐達がキャキャとはしゃぎ始めたのだ。というか、何なんだ。私はついでみたいな言い方して。

 女妖狐達に気が付かれた大河さんは、あっという間に囲まれてしまう。

 私はというと、大河さんを囲う女妖狐達の輪の外に追い出されてしまった。え、何か対応違いすぎませんか。何でだ。

 キャキャする女妖狐に囲まれ、笑顔の大河さん。前にあれは前の長の事で不安にさせない為の笑顔だと聞いていたが、どうしても今の状況では本心の笑顔に見えてしょうがない。

 でも、男なら誰でも嬉しくなるものなのだろうか。女妖狐達は巨乳でスタイルいいし、それに顔もキレイなんだから。それに比べ、私はどうなんだろう。

 人間の時に友達に言われた事がある。色気が無いと。それにちょっと童顔だとも言われた。

 じゃあもう、彼女らの足元にも及ばないじゃないか。


「大河様ぁ~」

「一緒にお茶しませんかぁ?」


 自分の容姿にため息を溢していれば、女妖狐達は猫撫で声で大河さんの腕に絡み付いたり、体に引っ付いたりしている。

 それを見て、なんだか胸がもやもやとしてくる。この気持ちはなんだろう。この光景を見ていてとても不愉快だ。


「あぁ、今度でいいか?」

「いいですよ! 楽しみにしています!」

「大河様、私ともお茶をしてくださいな!」

「……」


 なんだろう。もうこれ以上この光景を見たくなかった。だから女妖狐達に囲まれている大河さんを放っておいて私は歩き出す。


 もう知らない。

 楽くんが一緒に散歩してくれば、って言うから来たのになんで私が不快な思いをしなければけないんだ。

 それに、昨日連れ出してくれた理由を教えてくれないのなら、私、責任感じる必要ないよね。

 ならもう城に帰ろうかな。


 気がつけば、もやもやしたものがイラつきへと変わっていた。


 大河さんなんてずっとあの女妖狐達に囲まれて、ニヤついていればいいんだ。

 私が気にかける必要ないよね。なら、城に帰ろう。


 足早で歩いていた私は、町と町との間の林で足を止め、大河さんの屋敷から城へ戻ろうと踵を返したとき、町の方から鬼の形相で近付いてくる狐さんの姿を見つけた。


「あ」

「おい、また俺を置いていきやがって」


 それはもちろん大河さん。

 前回同様、置いていかれたのが気に食わなかったのか結構ご立腹のようだ。

 でもいいじゃない。美女達に囲まれたんだから。


「……」

「何か言えよ」

「モテモテで鼻の下伸びてたよ。別に私の事は気にしなくていいのに」

「あぁ? んだと?」

「痛い痛い!」


 ついそんな事を口走ってしまっていた。そんな事言うつもりはなかったんだけど。

 しかし、大河さんは更に腹を立てたのか以前のように私の頭を手で鷲掴みにし、力を入れてくるせいで頭がかち割れそうな程の痛みが襲ってくる。


「もういっぺん言ってみろ」

「痛い!! 町の妖達に見られちゃうよ!!いいの!?」

「!! ……お前、まさか」


 頭を鷲掴みにしている手を掴みながら、もがき、愛想の事をつい言ってしまったら、スッと手が離れたとこで痛みからも解放された。

 しかし大河さんを見上げれば、鬼の形相ではなくなっていたが、険しい表情を浮かべている。だから前に聞いたことを伝えた。


「秋真さんから聞いた。 私たちと町の妖達に対しての態度が違うこと」

「ッチ、あいつ余計なことを!! ……行くぞ!」

「え?どこに……ちょっ、ちょっと!」


 舌打ちをしたかと思えば、急に私の腕を掴み歩き出す大河さんの顔を見ればイラついていた。

 何でそんなイラついているのか。別に町の妖達を不安にさせない為って知られても恥ずかしい事じゃないと思うんだけど。

 そんな事を考えながらも、前を歩く大河さんの後ろ姿を見つめながら、視線は彼の手に行く。

 前にもこうして腕を掴まれたことがある。南の国にある湖にいるときに大河さんが突然来たときだった。あの時は掴まれている手が本当に痛かったな。

 でも今は全然痛くない。優しく掴んでくれている。それがハッキリと伝わってきて、じんわりと心が暖かくなってくる。


 ──何よ。こんな態度だけど、やっぱり優しい面もあるんじゃない。


 そんな事を思ったが、町の妖達にこの姿を見られたくなかったのか、すぐに腕は離される。

 そしてまた女妖狐達に捕まらないよう、私たちは足早に屋敷へと向かった。

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