第19話『ぬらりひょん』

 大河さんと高台で少し話をした後、帰宅し、部屋に戻れば心配してくれていたのか、秋真さん、雫さん、琥珀さんが待っていた。心配してくれていたのだろうか。

「おかえりなさい」と言ってくれる三人私は「ただいま」と答える。

 そして、一緒に部屋まで来ていた大河さんは三人に覚の妖が来た事を話してから、薬を貰いに行くと言って北の国に帰っていく。

 とりあえず覚の妖の事を話そうと上段の間に行き、腰を下ろした瞬間、雫さんが口を開いた。


「覚の妖ですが、この前もここに来たと提灯お岩からお聞きしました」

「!!」


 雫さんの言葉でギョッとし、お岩さんに目を向けるも勿論今は夜でないため、彼女は起きてはいない。

 一体いつお岩さんは雫さん達に言ったのか、そう考えたとき、秋真さんと東の国を周り、帰ってきたときにお岩さんはまだ日は出ていたのに起きていたことがあった。それにその時、その場には雫さんもいた。

 あの時か。と気が付いたとき、雫さんに名前を呼ばれ、彼女に目を向ければ、少し悲しそうな表情を浮かべていた。


「貴女様に何かあった後では手遅れなのです」

「そ……そうだよね。 私が連れていかれちゃったら、結界消えちゃうもんね」


 雫さんの言うように、私が連れていかれたら結界が消え、ここにいる妖達は石英病に感染してしまう。その為に私は結界を張ってここにいるのに。

 しかし、雫さんの言いたかったことはそうではないようで突然 「そういう意味ではありません!」 と怒鳴ってきたのだ。

 怒鳴り声をあげる雫さんを初めて見た私は、驚き固まる。


「ぬらりひょん達は、陽菜様の命を狙っているのですよ? 確かに奴等は聖妖様の力を欲しているだけで、聖妖様が関係ありません。 しかし私たちは違います。聖妖様が誰でも良いと思ったことはありません」

「……」


 雫さんの言葉に私は何も言い返せなくなってしまう。それに雫さんの隣に座る秋真さんや琥珀さんも同じ気持ちなのか、琥珀さんはにこにこしている事が多いが今はとても真剣な表情をしている。秋真さんはいつも無表情だけど。


「聖妖様の代わりはいても、"陽菜"様の代わりはいないのですよ」

「……うん」

「なので、もう二度とそのような事はお考えにならないでください」

「はい」

「それともし、何かあったら必ず私たちに報告してください」


「はい」と頷けば、雫さんは納得してくれたのか、いつもの微笑みに戻っていく。

 そっか、雫さん達は"聖妖様"としてではなく"陽菜"として接してくれていたんだ。自分の事ばかり考えてて、全く気が付かなかった。

 それに、誰でもいいって思うのはよくないよね。もうそんな考えはやめよう。うん、やめよう。

 しかし、ぬらりひょんは本当に聖妖様の力が欲しいんだな。前の聖妖様の時も来たって言ってたし。でも、前の聖妖様はどうやって退治したんだろう。大河さん達は常に一緒にいれる訳じゃないし。


「ところで、ぬらりひょんって前の聖妖様の時も刺客送ってきたって聞いたんだけど」

「えぇ、その通りです」

「その時は、どう対策したの? 雫さん達がいつも近くにいれる状態じゃないのに」

「それは常に大河が城周囲に神経を張り巡らせていたからです」

「え、大河さんが?」


 何故かわからないけど、今、大河さんの名前が出てきて、ドキッとしたのに胸がもやつく。

 でも何で大河さんが?


「この国の長は基本、妖力の強さで決まります。そして大河は私たちの中でもダントツに妖力が強いのです。なので、か……わかりませんが私たちや聖妖様が頼んでもいないのにやっているのです」

「え、妖力が強いからとかじゃないの?」

「えぇ。 ヒト嫌いで聖妖様に心を開いたことが無いのに、聖妖様を守る事に一生懸命で」

「何で?」


 雫さんからの説明で余計疑問が湧いてしまう。もしかしたら秋真さんや琥珀さんは何か知っているんじゃないかと、目を向けてみても二人も知らないと言う。


「もしかしたらですが、ヒト嫌いでも大河なりに聖妖様は妖と思っている部分はあるのではないかと思います」


 確かに、雫さんに言われ納得してしまう。

 来たばかりの頃、大河さんがヒト嫌いだと聞き、喧嘩してしまった時は向こうから、謝ってこないだろうと確信してた。形だけの謝罪はあるとは思ってたけど。

 第一印象の大河さんの性格じゃ、そう簡単に折れないだろうと思っていたから尚更。

 でも、楽くん達の話を聞いて素直に謝ってきてくれた。

 そもそも楽くん達がどんな会話をしていたのかはわからないけど。大河さんが考え直すような事を言ってたのかな。


「ですが、陽菜様」

「ん?」


 前の事を思いだし、雫さんの言ったことに納得していれば、今度は琥珀さんが口を開く。

 正直、珍しいと思ってしまった。基本、雫さんがいれば説明等は彼女がしているから、滅多に琥珀さんや秋真さんが口を出すことはない。


「これは俺の推測なのですが、大河の妖力の強さは少し異常なんです」

「……どういう事?」

「大河の妖力は少しだけ、普通の妖の妖力とは何かが違う感じがするんです」

「何かって?」


 曖昧に説明してくる琥珀さん。その言葉に困惑するが彼もうまく説明出来ないらしく、頭を悩ましている。


「琥珀の言うとおり、私たちもそれは前々から感じてはいました」

「え、雫さん達も?」

「はい。 そしてそれはきっとぬらりひょん達も薄々気が付いている可能性があります」

「ぬらりひょん……」


 また出てきた奴の名前。まだ会ったことないせいか、私の頭の中に出てくるぬらりひょんはお年寄り。


「ぬらりひょんは、聖妖様の力を欲しているのと同時に妖力の強い妖も欲しがる奴なんです」

「じゃあ、私だけでなく大河さんも狙われてるって事?」

「えぇ。 しかし大河は妖力が強いしこの国が大好きなので力ずくで連れていくことも、言いくるめて連れていくことも不可能な為、最悪聖妖様を使って何かをしてくるかもしれないので、その事も頭に入れておいてください」

「う、うん」


 雫さんの言葉で唖然としてしまう。こんな時は真剣に聞き、「わかった。 気を付ける」と言った方がいいんだろうけど、ぬらりひょんのあまりにも強い欲望に驚かされた。

 私の力も欲しくて、大河さんのような強い妖も欲しいって欲張り爺さんだな。


「ところで、大河さん本人はぬらりひょんに狙われてる可能性があるって事は知ってるの?」

「えぇ。 前にも話したのですが、本人は"大丈夫だ"の一点張りで」

「そっか」

「もし宜しければ、陽菜様から気を付けるよう言っていただけないでしょうか?」


 突然そんな事を言い出す雫さんに私は「何で私?」と唖然とした表情のまま返してしまう。

 私が言って気を付けてくれるならいいけど、多分同じな気がする。


「どうやら陽菜様は今までの聖妖様とは違いみたいですので」

「特別? どういう事?」


 訳がわからず小首を傾げながら聞くも、雫さんや琥珀さんはニコニコと笑顔を浮かべ、秋真さんは腕を組ながら目を閉じている。

 彼女らはいったい何を言っているのか。全くわからない。

 私が特別? 確かに今まで大河さんと喧嘩をした聖妖様なんていないだろうし、本来の姿を見せてくれたのは私だけみたいだから特別?なのかもしれないけど。でもなぜ、二人はそんなにニコニコしているんだ。ちょっと怖いんだけど。


 よくわからない二人を見ていたら、なぜか少しだけ寒気がした。

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