第7話『北の国』

 私はてっきり、楽くんに案内を丸投げするものだと思っていた。

 きっと長は忙しいだろうし、大河さんなんて私に対して良い印象を持っていないと思っていたから、自ら案内なんてしてくれないと思っていた。


 のに──…。


「で、ここは俺の部屋だ」

「……はい」


 大河さん自ら案内してくれているのだ。

 しかも「たまに来るだろうから」という理由で、最初は大河さんの屋敷内を歩き回っている。

 思ったより広い大河さんの屋敷。他の長と同じなのかなぁ、なんて考えながら彼の後ろを歩くも、どうしても目の前にふわふわと動く九本の尻尾が気になって気になって仕方がない。

 きっと触ったら怒られるんだろうけど、でも、目の前にふわふわのものがあれば、触ってみたくなるのが人の性ってものだ。……もう人じゃないし、違う人もいるだろうけど。


「ここは、調理場だ。 ……おい、聞いてるのか」

「!!……はいッ! 聞いてます!」


 つい目の前にあった尻尾を凝視していれば、案内してくれていた大河さんが、急に振り向き、怪訝な表情を浮かべながら見下ろしてくる。

 完全に尻尾に気を取られていた私が慌てて返事をするも「本当に聞いてたのか」と言いたげな目を向けてくる大河さん。

 バレてしまわないよう、焦りを隠そうとするも鼓動が早くなり、彼の目をまっすぐ見れない。


「……まぁいい。 これで、俺の屋敷の案内は終わりだ」

「は、はい……」


 やっと目線を外してくれて、心の中でホッとしていれば「次は町中だ」と玄関へと歩き出す。

 そんな彼の後を着いていく私と楽くん。

 尻尾が気になって、聞いてなかった。だなんて彼にバレたら絶対怒られるだろうし、それにどうしても敬語が抜けない。……うーん、どうしたらもう少し距離縮めれるかなぁ。


 四国の長とは、出来れば親しい関係までになってはいたいと思った私なのだが。

 恐らく、雫さんや琥珀さんはすぐ仲良くなれると思うけど、それに秋真さんも多分大丈夫。

 しかし、どうしても大河さんと仲良く、……いや彼の心を開く方法が思い付かない。そう簡単にはいかないとは思うけど。




 そして、私はやってきた時に通った町へとやってきた。初めて来た時は頭を下げる妖達に気が行っていたが、よく建物を見れば二階建てばかりで、食べ物を売っている店や、定食屋のような店。それに雑貨が売っている店まである。

 これは本当に江戸時代に来たみたいな気分になる。


 と、呑気に町の様子を見ていれば、やはり町の人々は私を見るなり立ち止まり頭を下げてくる。

 もしかしたら、大河さんに対してやっているのかとも思えるけど、でも初めてここを通ったときと全く一緒だったから私に向けてだろう。……やっぱり落ち着かないなぁ。


「聖妖様から見ても、普通の暮らしだと思われると思いますよ」

「……そう、だね」


 町へと来れば急に敬語になり、私の隣を歩き、親切にしている素振りをしている大河さん。

 屋敷の時と今の態度の変わり様はなんだ。

 まさか、町の人達の自分に対しての印象を悪くしないためだろうか。


「大河様が町へ顔を出すなんて珍しいですね」

「今日は新しく来てくださった聖妖様にこの国をご案内しようかと思いまして」

「まぁ、相変わらずお優しいのですね」


 町を歩いていれば、狐耳と一本の尾がはえている者達が歩み寄ってきて、大河さんに声をかけはじめた。

 妖狐かなぁ、なんて思いつつもその様子を横から見ていれば、思ってもないようなことをペラペラと言い始めていて、私は少しだけ顔を歪めてしまう。……随分と良い顔してるじゃない。私にはそんな態度とらないくせに。

 自分だけ違う態度をとられているせいか、つい心の中で悪態をついてしまう。


 しかし、そんな事を考えていればあっという間に彼の周りには色んな姿をした妖達が集まっていた。


「……すごい人気」

「大河様は、町の者達の前ではあのような素振りをするのです」

「……そんなに人気が欲しいのかな」


 心の中で悪態をついてしまった為、ついそんな言葉が出てしまった。幸い、彼の周りにいる妖達には聞こえなかったが、楽くんだけには聞こえていたらしい。

 彼の顔を見れば、眉をハの字にしながらも私にしか聞こえない声で口を開いた。


「これは大河様なりの町の者達への気配りなのです」

「……え? どういう──」

「貴女様が新しい聖妖様ですね!」

「え!? あ、はい!」


 楽くんの訳ありげな言葉に「どういう意味なの?」と聞き返そうとした時だった。

 大河様の周りにいた妖達が、今度は私を取り囲んできたのは。


「まぁ、今度の聖妖様は可愛らしいわ」

「聖妖様、是非うちの店に来てみてください! 面白いものがありますよ!」

「聖妖様、今日とても美味しい果物が置いてあるので是非来てください!」

「聖妖様、握手して!」

「聖妖様!」

「聖妖様!!」


「え、あの、その……」


 突然、人間のような姿をした妖や、動物の姿をした妖、それに不思議な形をした妖に囲まれ、そして一度に色んな事を言われ、目が回りそうになってしまう。

 どうすればいいのか、と考えているうちにどんどん私の周りに妖は増えていき、話しかけられる数も増えていく。


 しかし、その直後だった。


 私の目の前に、スッと誰かが周囲の妖をシャットアウトしてくれたのである。一瞬壁でも現れたのかと思ったが、よく見たらさっきから触りたいと思っていた九本の尾がついた大河さんの背中だった。


「皆さん、聖妖様は今日来たばかりですのでほどほどにお願いします」


 私を気遣うような台詞を言った大河さんの言葉で、妖の皆は「そうだった。 申し訳ありません」と次々に私に謝罪をしてきてくれる。

 もしかして、大河さんは私を助けてくれた?

 そう思うも、きっとまた町の人達への株上げじゃないのかなんて考えてしまう。


 なぜ私への態度と、町の妖への態度がこんなにも違うのか。


 今はそれだけが気になって、モヤモヤしてしまう。


 さっき楽くんが言っていた言葉も気になるし。


 しかし私の感じた疑問は、結局大河さんにも楽くんにも聞くことが出来なかった。




 妖達に囲まれたあとは、どうにかゆっくりと国を回ることが出来た。

 行く先々で「新しい聖妖様だ」と囲まれそうになるも、大河さんが助けてくれて先程の事態になることは避けられている。

 でも、その助けてくれるという行為で私の考えは更に困惑してしまう。


 私への態度はとても冷たいのに、急に国を案内すると言ってきて、町の者達に囲まれ困っていれば助けてくれる。

 なのに私は、まだ彼に受け入れられてないような気がしてならなかった。

 きっと他の人なら、素直じゃないんだな、なんて思うかもしれない。私だって、そう思ってたかもしれないんだ。

 でもどうしても、あの目が……冷めたような、軽蔑しているような、そんな怖い目線が、彼の、私に対しての本当の気持ちのようにしか思えなかった。





 そして、国全部の町を回りきる前に日も落ちてきて、空がオレンジ色に染まる。


「疲れた……」

「陽菜様、大丈夫ですか?」

「ちょっと足がふらふら」


 ひとつの国でこんなにも町がたくさんあるとは思わなかった。大河さん曰く、北の国が一番町の数が多いらしい。確か、五つくらい回ったかな。

 てっきり大河さんの屋敷の前にある町だけなのかと思ってた。

 でも国全体の絵図を思い出したら、そのくらいあるくらいの国の広さだもんね。町ひとつ分はそれほど広くはないけど、国全体は、分かりやすく人間の世界で言うなら市ひとつ分くらいだろうか。


「チッ、このくらいでへばってんじゃねー」

「ッ、……」


 ぐったりとしながら、近くにあった大きめの石に腰をかけて休んでいれば、腕を組んでいる大河さんに言われてしまった。

 その言葉と言い方に、私は今までモヤモヤしていた気持ちがイラつきに変わっていく。

 確かに人間の時、仕事ばかりで全然運動してなかったけど、そんな言い方はないと思う。

 目の前で立ちながら見下ろしてくる大河さんに私はつい、ギッと睨んでしまった。でも後悔なんてしてない。文句を言われても良いと思ってたから。


 しかし、そんな空気の悪い中。


 楽くんが気を聞かしてくれたのか、この数分後には2mを軽く越えていそうな渋い顔をした男性が、タイヤだけ燃えている火の車を引きながら現れ、私たちはその火の車に乗って、大河さんの屋敷へと戻っていった。

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