第4話

 警察を飛び出した私は、どこへ行けばいいのかわからず、ぼんやりと町を見渡しながら歩く。

 あんな事言ってしまったけど、きっと見つけられる前に餓死とかしそうだ。

 小さなため息を溢しながら周囲を見渡せば、どこを見ても今までいた世界とほとんど変わらない。

 異世界なんて嘘だ、なんて言われれば信じてしまいそうだ。


「とにかく、あの黒コートの男を早く探さないと」


 本当はあの男と関わるのは嫌だ。片言だし、気味悪いし。……でも見つけないと、帰れない。



 だから、私は歩いた。とにかく歩いた。そしてたまにお店の人や行き交う人を呼び止めては、"黒いコートを着てフードを被った男を見なかったか"と聞き回る。




 しかし、やつを知るものなんて一人もいなかった。本当に奴は存在するのだろうか。実態の無い人物なのでは、と思わせるほど情報が一切入らない。異世界から人を送り込んできているのなら、ネット掲示板に書かれていたり、ニュースにでもなっていて、噂の一つくらいありそうなのに。

 奴に辿り着くまで道のりが長そうだったせいでついため息が溢れてしまう。しかし、ここで諦めるわけにもいかず、また次の人を探そうと周囲を見渡した時だった。


 ぐぅ~。


 私のお腹は限界に達していた。


 そういえば、朝、穴から落ちてどのくらい経ったのかわからないが、いい加減お腹が空いた。


「あぁ、なんか美味しいもの食べたいな」


 お腹を擦りながら青い空を見上げ、ポツリと呟き、コンビニでも行こうかと店を探そうと探し始めれば後ろから「お腹空いてるの?」と突然声がしてきて。

 肩を震わせながらも振り向けば見知らぬ若い男性がニヤニヤしながら立っていた。

 その男を見た瞬間、先ほどの男がフラッシュバックする。


「ッ!!」

「っと!! 一緒にご飯行こうよ。奢るからさぁ」

「いやぁ、離して!」


 この男からも早く逃げないと、と警告が鳴ったときにはもうすでに腕を掴まれてしまっていた。腕を振り払おうと暴れたりするも、力の差がありすぎるのか、全くびくともしない。

 嫌だ、せっかくさっき助かったのに。


 抵抗しながら、目をギュッと瞑ったとき。


「ぐぇっ」


 また男の呻き声が聞こえ、それと同時に掴まれた腕は解放される。

 何が起きたのか、目を開けてみればそこには先ほども助けてくれた蒼さんが両手を上着のポケットに入れながら片足を少しだけ浮かしている状態だった。

 男を見れば、地面に倒れた際に顔をぶつけたのか、赤くなった顔を擦っている。

 どうやら、蒼さんは男の背中を蹴り飛ばしたらしい。


「てめぇ!! 何しやがる!!」

「邪魔だったから」

「んだと!! クソガキがぁ!!」

「!!」


 相手を見下したような目と、バカにしたような言い方をする蒼さん。初めてあったときから思っていたけど、なんかちょっと無愛想だし、近寄りがたい感じがする。

 蒼さんの態度に頭に来たのか、男性は眉間にシワを寄せながらも、拳を作り、彼に殴りかかる。


「!!」


 いくら知らない人だからといっても、目の前で殴られる光景なんて見たくなかった私は咄嗟に目を瞑る。

 しかし、蒼さんの呻き声はおろか、殴ったような音も聞こえず、変わりにパシンという音が聞こえてきて。

 一体何があったのか、ゆっくり目を開けてみれば、男の拳を蒼さんが掌で受け止めていたのだ。


「ガキが……!!」

「悪いが、俺はこう見えて25なんだよ。 それにな」

「ッ!! 痛ぇ!!!」


 受け止めていた男の拳を握りしめた蒼さん。

 私より年上だったんだ。童顔と身長のせいか同じくらいかと思った。


 しかし、それよりも今は男の様子を見て驚いてしまう。

 男は蒼さんに拳を握りしめられているだけなはずなのに、痛がっているのだ。


「わ、悪かった!!悪かったって!!」


 必死に謝る男。その男の拳をよく見てみれば、拳を握りしめている蒼さんの指が男の手に少し食い込んでいたのだ。普通、そんな力はリンゴを素手で握り潰せるような人くらいだろう。それに蒼さんは見た目そんな握力ありそうには見えない。


「お、お前……異能力持ちか……」

「あぁ。 手を握り潰されたくなきゃさっさと視界から消えろ」

「わ、わかったよ!!」


 蒼さんの手から解放された男は慌てて、その場を立ち去った。

 "異能力持ち"。男の言った言葉で、彼は異能力があるんだと知る。成る程。特能課に居るくらいだから、異能力はあるって事か。


 そして二人きりになり、先ほどの事もあるせいか、なんだか気まずくなってしまう。

 でも、もう関係無いんだ。お礼を言ってさっさと行こう。


「あの、また助けてくださりありがとうございました」

「……」


 私がお礼を言い、頭を軽く下げればジッと見てきて何も言わない蒼さん。

 だから、私は彼の言葉を聞く前に立ち去ろうと、足を動かそうとしたときだった。


「ついて来い」

「え?」

「早く来い」

「ちょっ……」


 突然私の腕を掴み歩き出した蒼さん。

 急になんなのか、特能課を飛び出してきたから連れ戻しに来たんだろうか。

 でも、もうあそこには戻りたくない。


「離してください!!」

「良いから、ついてこい」

「何なんですか急に!! 助けていただいた事には感謝してます。 でももう私に構わないでください!!」


 本当にもう嫌だった。だからそう叫んだのに、蒼さんは眉間にシワを寄せて舌打ちをして私を睨んでくる。

 そんな目をしたって、行くわけないでしょ。


 早く、あの男を探さないと日が落ちてしまう。

 だから必死で蒼さんの腕を振りほどこうと暴れていたのに。


 突然、首の後ろに強い衝撃がきて、私はそのまま意識が遠退いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る