第20話 小屋の中

 自分への言い訳のように、あの小屋の中を見てから、あそこへ見に行こうと思っていたけれど、その日は唐突にやってきたのだった。

 道路の拡張工事があるという話はだいぶ前から聞いていた。

家の前は、もともと庭が広いので、家をどうこうすることなく道路が広げられるのだけれど、私の家のように、通り沿いに建っているところは、この辺は田舎なので、先祖代々から家がある私の家のように庭が広い家が多いのだけれど、分家のように、あとで建ったところなどは庭も狭く、建物を下げるか引っ越すかしなければならない家もあった。

 その工事が一番はじめられやすかったのか、誰も住んでいなく、朽ちかけているおじさんの家を取り壊すことになったことを私が知ったのは、それが始まってからだった。

 小中学校を卒業した後、高校から大学と仕事に行くのとは反対方面にあるおじさんの家の前を通ることは滅多になく、高校生になってからはそれを言い訳にするように、おじさんの家に行くのは、1ヶ月に1度もあればいいほどになっていたのだった。

 ある日、出張に向かうためににおじさんの家の前を通ったとき、すでにおじさんの家は取り壊しが始まり、半分ほど残っているだけだった。

それからは、毎日仕事帰りにおじさんの家まで回って、小屋に取り掛かるのを待った。

 それは、家を壊し始めたのを知って、すぐのことだった。

最初に見た日に既に家は半分ほど壊していて、2日後にはもう小屋に取り掛かっていた。

壊すのだから、鍵を開けるなんてことはしなかったのだろう。

夕方そこを通ったときには、もう小屋の形はそこになく、瓦礫となったトタンなどが一か所にまとめてあるだけだった。

 私は工事の車を止めておけるようになっている空き地のところに車を止め、車の中に用意してあった懐中電灯を持ち、小屋のあったところへ向かった。

 何度やっても開かなかった鍵は、もうどこにもなく、積まれたトタンがそこらじゅう錆が出ていて、思ってた以上に古くなってたんだなと思いながら、灯りを照らして見たけれど、ざっと見ただけでも瓦礫以外のものは何もなく、もちろん、きぃちゃんがいるわけはなく、トタンをいくつか持ち上げてみたり、ゴミのようなものが集められていたところも、そこにあった木の棒で探ってみたけれど、もう一つ私がずっと気になっていた、きぃちゃんの手提げも、どこにも見当たらなかった。


 私は、記憶が戻って、小屋の鍵をなんとか開けようと何度もやっているうちに、この中を確かめたら、あそこを見に行こうと決めていた。

 あそことは、そう、もともとの始まりの「ヘビの穴」だ。

きぃちゃんは、あの場所を私やおじさんより早く離れたのだから、いるはずはない。

そう思ってはいるのだけれど、もし、もし、もし、おじさんと何かあったとしたら、もし、おじさんがきぃちゃんに何かしたら、あそこが一番誰にも見つからないのではないか・・・そこならば、あの日に私がしたことにしてしまえると思ったのではないか・・・

おじさんが私にしたこと、あれをきぃちゃんが誰かに話したら、とてもとてもまずいことになるんじゃないか?

もし、おじさんがきぃちゃんの口止めに失敗していたら、おじさんはどうしただろう?

そんなことを私は自分が成長していくうちに、――私は中学生になる頃にはそう思い至っていた。

 小屋に何もなかったら、ヘビの穴を見てこよう。

私は、そう強く思い始めていたのだけれど、やはり怖い。あそこは怖い。

あの日の出来事を思い出してから、私はヘビの穴どころか、三角の畑にさえ近づけなくなっていて、私の記憶が戻っていないと思っている家族は、私が無意識にそこを避けていると思い込んでいてくれたのは、私にはラッキーなことでもあった。

 行かなければ。―――あそこの蓋を一度開けて見さえすれば、なにかが憑いている私はそれで終れるような気がしていた。

けれど、なかなかそこには行く踏ん切りがつかないうちに、亜美と沖縄旅行へ行く話が決まり、そうだ、沖縄に行くなら、鹿児島に行っておじさんを訪ねてみよう、それを先にしよう、と、ヘビの穴を覗くことを先延ばしできることを、心のどこかでホッとしていた。


「ミキ、一人で大丈夫?」

「ちょっと、亜美まで子ども扱い?もう社会人になって何年経ってると思ってんのよ。一人で飛行機だって乗ったことあるんだし、大丈夫だってば」

那覇空港で、飛行機の出発時刻の関係で亜美が先に名古屋行きに乗り込むことになり、私が一人になることが不安なようだ。

子供じゃないんだから、大丈夫に決まってるでしょ。

出張で飛行機に乗ることもあったけど、旅行で一人で飛行機は初めてで、そもそも旅行に一人で行ったことがない私が一人で鹿児島へ向かうことが、亜美には心配で仕方がないようだ。

けれど、こればかりは亜美に付き合ってもらうわけにはいかない。

亜美どころか、誰にも頼めないことなので、私が一人で行くしかない。

きぃちゃんのために。

本当に?きぃちゃんのため?――違う、私のためだ。

私のせいじゃない。きぃちゃんがいなくなったのは、私のせいじゃない。

本当は、誰かにそう言って欲しいんだ。

そして、それができるのは、きっとおじさんだけだ。

 亜美を見送ってから、鹿児島行きの搭乗手続きまでロビーで撮った写真を見て過ごした。

 沖縄に来たのは初めてだけれど、とても気持ちのいいところだ。

ホテルの目の前は綺麗な砂浜が広がるブルーの海で、部屋のテラスでまったりしながら海へ出たり、初めてやったスキューバダイビングで行った青の洞窟は、夢のように綺麗なところで、また潜ってみたい、絶対にまた来ようと、亜美とも話した。

 私は、きぃちゃんがいなくなってから、まゆちゃんとプールに行ったり、東京から引っ越してきた友達とだったり、だんだん増えて行ったクラスの友達やりえちゃんや純と、プールや裏の川で泳ぐのは大好きだったけれど、中学生になり、もしかしたらきぃちゃんはヘビの穴に・・・そんなことを考えるようになってから、水の中に入ることが後ろめたく感じるようになり、授業以外でプールに入ることもしなくなっていた。

 沖縄では亜美の希望で潜ることになり、やはり多少の不安はあった。

バカみたいかもしれないが、海の中で、水の中できぃちゃんに引っ張られないか、きぃちゃんの姿を見てしまわないか、有り得ないことだとわかっていたけれど、水に入るときは、いつもそんなことを考えていた。

 まゆちゃんやケンちゃん、どうしてるかな・・・元気でいるかな・・・

きぃちゃんがいなくなってから、もう19年が過ぎていた。

まゆちゃんは結婚しているかもしれないし、もしかしたらケンちゃんだって・・・

 そんなことを思い耽っていたら搭乗手続きがはじまった。

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