第11話 私の罪


「みーこちゃん、いつヘビにタマゴをあげる?」

学校からの帰り、校門を出て周りに人がいなくなってから、きぃちゃんは、もう待ちきれないといった様子でそう言ってきた。

 それはきぃちゃんがおじちゃんと石投げをしているのを見てから数日後のことだった。

私は河原のきぃちゃんに向かってタマゴを投げつけた翌日と、そのまた次の日に、一つずつタマゴを机の中に隠した。

机の中には、所狭しと5つのタマゴが並んでいる。

「タマゴが5つになったから、もういつでもいいよ。でも今日だといきなりすぎるから、じゃあ、明日とかにする?」

「そうだね、じゃあ明日ね。ぜったいだよ」

 私はあの穴のことをきぃちゃんに教えたことを後悔しはじめていた。

母に「絶対に誰にも言ってはダメ」と言われたのに、きぃちゃんの気を引くために、私はきぃちゃんに話してしまった。

そしてきぃちゃんは、それを見ることをこんなに楽しみにしている。

 私をのけ者にしてまゆちゃんと遊んでいたきぃちゃん。

私の知らないところで、ケンちゃんの手伝いをいっぱいやって、おじちゃんにお菓子をもらってたきぃちゃん。

私に内緒でおじちゃんに石投げを教わってたきぃちゃん。

 私のきぃちゃんへの執着心は、不思議なくらい急速に冷めていっていた。

どんなに仲良くしてたって、きぃちゃんは私と同ようには思っていないのかもしれない。

一度ヘビにタマゴをあげたら、それでもう穴をのぞくのは止めよう。

きぃちゃんとも、そう約束しないといけないし、そしてあの穴のことはきぃちゃんに絶対に内緒にしてもらわなければいけない。

 帰り道、きぃちゃんが本がどうとか、大蛇がどうとか言っていたけれど、それらは私の耳を素通りしていた。


 そして次の日、よく遊んでいる新田の田んぼできぃちゃんと待ち合わせをした。

私はどうやったらタマゴを割れずに持って行けるのか考えていた。

やっぱりタマゴ同士が当たらないようにするのが一番かと思い、タマゴをハンカチに1個ずつ包んで、いつも学校に持って行く、コップとナプキンを入れる給食袋をランドセルから外し、コップとナプキンを台所に持って行くと、その給食袋だけを部屋に持ち込んで、そこに、ハンカチに包んだタマゴを、一つずつそ~っと入れた。

「これでよし」上手く入れられて、思わず独り言を言ってしまったことに自分でも驚いていた。

なぜなら、それは自分で言うのも変だけれど、ワクワクするような顔と嬉しそうな声だった。

「みーこ、おでかけ?宿題やったの?」

玄関で靴を履いて外に出たところで、庭で洗濯物を取り入れている母に声をかけられた。

 家の玄関の前は車が2~3台なら置けるくらい広く、右側には庭が広がって、その隅に洗濯干し場があった。

そこに母がいるかもしれないことは、ちょっと考えれば気付いたはずだったのに、そんなことに思い至らないほど、私の心はタマゴとヘビときぃちゃんに向いていたのだった。

「きぃちゃんとあそぶやくそくをしたの。はやくしないときぃちゃんまってるし」

「しょうがないわね、あとでちゃんと宿題やりなさいね」

「はーい」

駆け出しそうになって、思わず急ブレーキを自分でかけた。

危ない危ない、走ったりしたらタマゴが割れちゃう。

左手に持っていた給食袋に母が気づかなくて、私はホッとしていた。

 通りに出て、両手で給食袋の口をタマゴが動かないようにギリギリのところを持ち、速足で行きそうになるのをぐっとこらえて、ゆっくりゆっくりと私は歩いた。

新田の田んぼへの曲がり道にきたところで、私は道路を渡り、しばらく行くと、田んぼで待っているきぃちゃんに気付いた。

きぃちゃんも、私の姿を見つけたようで、手を振っている。

けれど私は、タマゴが割れないようゆっくりとした歩きで、タマゴの入った給食袋をきぃちゃんにわかるよう上にあげて見せた。

それに気づいたようで、きぃちゃんも足元に置いていた手提げ袋を片手で持ち上げて、もう一方の手で、「ここに入ってるよ」とでも言うようにその袋を指さした。

 私はというと、昨日の冷めた感情はどこへやらで、いよいよヘビにタマゴをあげられる、この前、母に見せてもらったときにはゃんと見えなかったヘビたちを目にできると思うと、胸がドキドキし始めていることに気付いた。

「タマゴもってきたよ」私が言うと、

「私ももってきた。お兄ちゃんに見つかりそうになったけど、だいじょうぶだった」

「えっ、見つかりそうになったの?あぶなかったね~どうする?今から三角の畑にいく?」

 周りを見渡して、田んぼや畑に人がいるかどうか確認してみると、時々通りに車が走る以外、今のところ人の姿は・・・・・いた。

かなり離れた畑に誰かいる。

「あのくらいとおければだいじょうぶかな・・・」

私がそう言うと、

「みーこちゃん、さきにきのうはなした本を見よう。おろちが出てくるやつ」

「おろち?」

おろちって、なんだっけ?

「ほら、きのうかえりにはなした「こわいおはなし」に書いてあるやつ」

ああ、昨日の帰りに話してたのはそのことだったんだ・・・

「うん、そうだね、さきに本を見せて」

「お母さんがつくったドーナツがあるからいっしょにたべよう」

そう言って、きぃちゃんが手提げから一つずつ袋に入れてあるドーナツを出して一つくれた。

それを受け取って、雨の日以外は敷きっぱなしの田んぼのゴザに腰を下ろして、もう袋を開けて頬張り始めたきぃちゃんを見て、私も開けて食べ始めた。

ひと口かじると、甘いドーナツの匂いと、まぶしてあるお砂糖の甘さとで、「お~いしいね」と、思わず口から出た。

 片手でドーナツを持ち、きぃちゃんの「こわいおはなし」の本のしおりが挟んであるページををもう片方の手で広げてみた。

「うわ~っ、すごい大きなヘビ・・・」

そこには、いつも目にするマムシや青大将とは次元の違うような、ものすごく太くて長いヘビが写っていた。

 その大きさは、ヘビの後ろに写る木の大きさからも想像できるほど大きなものだった。

「すごいよね。こんな大きなヘビ、あの穴にいるのかな?」

きぃちゃんが目を輝かしてそんなこと言っている。

「こんな大きなヘビ、いるかな?こんなに大きいのがいたら、タマゴ10こじゃたりないかも・・・あ、このヘビはアマゾンにいるって!!」

「そうだけど、もしかしたらいるかもしれないじゃん?」

「でも、こんな大きいのがいたらこわいね」

「ねえ、みーこちゃん」

そう言いながら、きぃちゃんがさっき畑に人がいたほうを指さした。

 畑から出てきたお祖母ちゃんが、あぜ道を歩いていくところが見えた。

あれは・・・ともちゃんちのお祖母ちゃんだ・・・

顔がこっちを向いたところでそれに気づいた。

ともちゃんのお祖母ちゃんは、私たちがきた道とは違う道を、通りに向かって歩いて行った。

その通りに出る手前に、ともちゃんの家はある。

 近所に住むともちゃんは、私たちより1つ年上で、幼稚園の頃にはよく遊んだけれど、小学生になってからはともちゃんは同級生と遊んでばかりで、私たちと遊ばなくなった。

「ともちゃんちおばあちゃんが見えなくなったら、いこうよ」

きぃちゃんが手提げに本をしまいながらそう言った。

「うん、いこう。あんまりおそいと、人がくるしね」

 広い通りは通勤通学に使う人もいる。そうなる前に、三角の畑に行かないと。

三角の畑は通りから見たら低い位置にあるので、気にしてみない限り、私たちみたいな子供は見えないかもしれないけれど、秘密にしなければいけない場所が誰かに見られたらいけないと私は思った。

 私たちは周りに人がいないのを確かめ、あぜ道を通りに向かって歩き出し、その通りに出る手前で、三角の畑に下りる階段を下りて行った。

その階段は、私の家の裏から堤防に出る階段と同じで、斜めになっている部分を段々に掘って、木を置いただけの手作りのものだった。

 階段を下り、溝に沿ってまっすぐ進むと、それはあった。

「きぃちゃん、ここだよ」

三角の畑の角にちょうど収まるようにある蓋を私は指さした。

「これがヘビの穴かぁ~」

「このふた、2人でもち上げられるかな?」

「やってみようよ」

私たちはそれぞれ持っていた袋を脇にそっと置き、2つある持ち手のところを、それぞれ持って、「せ~の」と持ち上げてずらした。

それは2人なら思っていたよりもずっと簡単に動かすことができた。

 きぃちゃんがしゃがんだまま穴の淵に手を置いて、恐々と自分の頭を穴のほうへを差し出して、下を覗いた。

「なんか、水があるみたいだね。ヘビは見えないよ」

角度を変えるように頭を揺らしながら穴を覗いていたきぃちゃんが、「そうだ」と言って、手提げからタマゴを一つ取り出した。

 きぃちゃんは、穴の淵に膝をつき屈んで、穴を覗くようにしてそのタマゴを穴の中にそっと落とした。

「ぽちゃん」

遠く微かにそんな音がしたと思ったら、

「おちちゃった。ヘビ、見えないな~タマゴたべたかわかんないよ」

きぃちゃん、ちゃんと見てなかったんじゃない?そう思って、

「私にもやらせて」

そう言って、既に給食袋から出してハンカチから出したタマゴを持つ私が、穴の淵にしゃがんでいるきぃちゃんと交代して、同じ姿勢でそっとタマゴを落とした。

「ぽちゃん」

一瞬、タマゴが浮かんだように見えたが、沈んでいった。

「おちちゃった」

しばらく見ていたが、水はずぐに動きと止めてしまい、揺れが止まった水面には、ヘビが動いている様子など全く感じなかった。

「ヘビ、いるのかなぁ?お母さんもじいちゃんも、うじゃうじゃいるっていってたのに・・・」

「もう一回やってみよう」

きぃちゃんは両手にタマゴを持ち、一つを穴の淵において、一つを投げ落とし、もう一つも落とした。

「ほんとうにヘビがいるの?ぜんぜん見えないよ。私のタマゴのこりの2こ、とって」

私はきぃちゃんの手提げから残り2個タマゴを取り出して渡し、自分のタマゴも給食袋から4つ出して、全部ハンカチを外して、きぃちゃんが取りやすいように、穴の淵に4つ並べて置いた。

 一つ落とし、二つ落とし、三つ、四つ・・・落としても落としても、穴の中になんの変化もないことが、きぃちゃんが覆っている穴の隙間から私にも見えた。

最後のタマゴを落とすと、

「ヘビなんかいないじゃん。うそつき!!」

ぞわり

きぃちゃんが怒ってる。滅多に怒ることなんかないきぃちゃんが・・・

「うそじゃないもん。お母さんもじいちゃんも、うじゃうじゃいるって・・・」

「おばさんもおじいちゃんもうそつきじゃん。みんなうそつきじゃん!」

ぞわり

「ちがう!うそつきじゃないもん。私もお母さんも、じいちゃんだってうそつきじゃないもん」

「だってヘビいないじゃん。おろちだっていないじゃん」

「おろちがいるなんていってない。きぃちゃんがいったじゃん」

「うそつき!みーこちゃんのうそつき!ぜんぶみんなにいってやる!」

ぞわり

「うそじゃない!!ヒミツだもん。ないしょのやくそくした!」

「ぽちゃん」

何か音がしたような気がした。

きぃちゃんは、穴を覗いた、穴の中に顔を入れるようにして、覗いた。

「やっぱいないじゃん!!うそつき!」

穴に顔を突っ込んでいるきぃちゃんの声は、なんだか遠くから大きく響いてきた。

ぞわり

「うそつきじゃないもん・・・」

ぞわり

「うそじゃない!!・・・」

ヒミツなのに、誰にも言ったらいけないって、お母さんに言われてたのに教えてあげたのに、みんなにバラされる・・・

ぞわり

内緒の約束・・・お母さんに怒られる・・・

ぞわり

じいちゃんにも・・・

内緒のヘビの穴・・・お薬屋さんに売るのに・・・

ピンクに剥がされるヘビなのに・・・ぞわり・・・ぞわり・・・

私の頭の中がぐるんぐるんして、目の前がぐるんぐるんして・・・

ぞわり・・・ぞわり・・・・・ぞわり・・・

きぃちゃんが、顔を入れて穴を覗きこんでいる。

ぞわり

「やめて・・・・・」

ぞわり・・・ぞわり・・・・・ぞわり・・・

ぞわりが止まらないまま、私の意識は遠のいていった。



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