セブンワンダー 2

あらゆらい

序章 帰ってきた日常で

第1話 夏休みの終わり

 夏が終わる。


 様々な情景から、人間はそれを感じ取ることができる。


 例えば、日が落ちる時間が早くなったり、セミの代わりにヒグラシが鳴くようになったり。


 しかし、まだ若い学生達はそんなことに目を向けてはいない。

 彼らにとって夏休みが終わることと夏が終わることは同義であり、例えその気温が四〇度を超えたとしても彼らの中で夏は終わっているのである。


 そして、夏休みの宿題というものは秋になる上で避けて通れない風物詩の一つである。


「まぁ、たしかに海に行かない高校生はいるかもしれないけど、夏休みの宿題と無縁の高校生はいないよな」


 藤吉泰生ふじよしたいせいのそんな持論に対して、友人の御堂順平みどうじゅんぺいは、そんな感想を口にする。


 本日は九月一日。


 つまり、楽しかった夏休みが終わり、二学期が始まる最初の日である。


(まぁ、でも僕の場合はちょっと違ったような気もするな)

 この夏休みの間は泰生は魔法使いと出会い、七大神秘セブンワンダーとやらと出遭い、それが解決すれば魔法の修行と銘打ってワリとハードな夏休みを過ごしていた。


 昇降口でばたりと出会い、教室にに向かう途中でするには些かかが重い話題ではあったが、互いの関心ごとの一つではある。

 そして、夏休みの話題ともなれば、やはり約一ヶ月間出会わなかった間の話題になる。


「で、ジュンペイはやっぱり勉強漬けだったのか?」

「まあな。でも、そればっかじゃないさ。多少の潤いもあったしね。

 で、タイセイはどうなんだ? 家の片付けに追われるかも、とか言ってたけど本当にそうだった訳じゃないだろうな」


 そんな話を振られて、少々言葉に詰まる。

 そんな様子を見て、呆れたように「オイオイ。もっと若者らしいことしろよな」と肩をバンバンと強く叩く。


 叩かれた勢いで、ムセこんでしまい呼吸を整える。


 違う。

 はっきりと言えば泰生は別に家事や修行ばかりであったわけではない。


 まだ知らぬ人との出会いもあった。

 美少女との語らいもあった

 そこそこ充実もしていた。


 しかし、その詳細を語るのを憚かるほどにはぶっ飛んだ夏休みだったことには間違いない。


「ま、まぁ僕よりもミズチが気になるよね。アイツ、自転車で旅するとか言ってたけど、本当にやったのかな」

「ん? ああ、確かにな」

 意外にも急な話題転換にも不審がることなく乗ってくる。

 口元に手を当て、「お前とは別の意味で心配だ」と口にした。

 泰生からすれば不本意だが、たしかに不安はあった。


 ミズチこと倉澤瑞池くらさわみずちは彼らの友人の一人である。

 夏休み前に自転車旅を計画して実行に移したアグレッシブな男である。

 しかし、その計画、行き当たりばったりすぎて、危険な匂いがしたのは忘れられない。


「途中で連絡とか来なかった?」

 そんな泰生の言葉に、順平は「いいや」とゆっくりと首を横に振る。

「そう言えば、今朝はまだ来てないな……」


 ふと教室に掛けられたアナログ時計に目をやれば時間は八時四〇分になろうとしていた。


 予鈴まであと五分。

 まさか、とも思える考えが頭をよぎる。


「なぁ、今頃遭難しているとかないよな……」

「え……」

 とある可能性に思い至る。


「………………」

「………………」


 そんなバカな、とは口にできない。

 他の人間ならあり得ないかもしれないが、ミズチに限ってはあり得ないとまでは言えない。


「ところで、タイセイ」

「何、ジュンペイ?」

 神妙な面持ちでボソリと呟いた順平に、同じく神妙な面持ちで泰生は答える。


「こんなときって、香典っていくら払えばいいんだ?」

「さぁ?」


「って、コラ! 勝手なこと言うんじゃないよ!」


 不謹慎な発言が耳に届いたのか、流石に咎めるような声が割って入る。


「おいおい。ちょっとした冗談だろ」

「冗談にしてはブラックじゃないか⁉︎」

 正直に言うと、泰生は(おそらく順平もであるが)半分本気で口にしていた訳だが、二人ともそれを口にしない。


髪を短く切った彼の名前は倉澤瑞池くらさわみずち。泰生もキッチリ制服を着ているわけではないが、彼ほどだらしなくもない。

決して悪い人間ではないが、色々とルーズな面が多い。

それが悪いところでも良いところでもある、とは順平の言い分だ。


「そもそも、俺が出したメッセージに反応しなかったお前にも問題はあるだろう」

「グッーー」

 順平がそういうと、流石に図星をつかれたように黙る。

「で、結局行ったのか? 自転車旅とやらは」

「ん……、まぁね」

 どこからしくない歯切れの悪い返事に首を傾げている二人。

「なんだよ。結局行かなかったの?」

「いやいや、行っていたよ。まぁ、タイセイ達が言ったみたいにそこまで遠くには行けなかったけど」

「へぇ、結局いつ帰ってきたの?」

「昨日だぜ」

 さらりと言い放った。

「「き、昨日って……」」

 高校二年の夏休みともなれば、勉学的にも青春的にも重要な時期になる。

((そんな時期に何してんだよコイツ‼︎))

 ある意味羨ましく思う二人だった。


「しかし、それだけ使ってそれほど遠くに行かなかったってことはないんじゃないか?」

「ま、まぁ、色々あったからな」

 そんな反応に二人はあまり関心を示さず、「ふーん」と言うだけである。それよりも気になったことがあった。


「ところで、夏休みの宿題はどうした?」

「え?」

 数秒後なんのことを言っているのか分かったのか「あ!」と声を上げる。

「いや、だからーー」

「えー? 何? 聞こえなーい」

 耳を塞ぐ瑞池を見て、流石に驚かなかった。


「お前……やっぱり……」

「ーーところで、お二人さん」

 二人の返事を待つことはない。

「これから、きっと死ぬと思うんだけどさ。香典はそれぞれ五万くらい納めてくれないかな」

 二人は左右の肩に「ポン」と片手ずつを乗せる。

「安心しろ骨だけは拾ってやる」

「以下同文」

 友情とは、時に無情である。


 ※


 数時間後……。


 こっぴどく叱られた瑞池はやっと職員室から解放された。


「全くなんて奴らだい」

 叱られたことに対して、ブツクサと文句を垂れている。

 いや、そもそも宿題を一ページもせずに完全にぶっちぎったわけだから、ひどく叱られることは当たり前なのだが、どうもこの少年にはその辺りの意識が低いようであった。


「お、ミズチ。説教は終わったのか?」

 まるで瑞池を待っていたようなタイミングで彼は二人が話しかけてくる。


「いや、もう地獄だったって」

「そもそもなんで宿題を全部やってこないなんて無茶したのさ」

「さっきも言ったろ。家に着いたのが夏休みの最終日だったんたよ」

「……おばさん達怒らなかったのか?」

「めっちゃ叱られた」

 しかし、この男にあまり反省は見られない。

 思っても、しばらく小遣い無しくらいは覚悟しておくべきだろうと思う程度である。

 基本的に叱られても学習できないのがこの男である。


 そんな反応にいい加減慣れてきている泰生と順平は「そうか」と呆れている。

「それより、駅前のファミレスで今後のエネルギーを充電するとしようぜ」

 怒られた直後と思えない瑞池の提案に呆れながらも「オッケー」と賛同した順平は泰生をみた。

「タイセイも今日くらいは付き合えよ」

 普段は泰生はあまり参加しない。

 一人暮らしである泰生は家事をこなしていることは瑞池も順平も知っているので、普段はあまり声をかけないが、こう言った節目の時は声をかける。

 もちろん、泰生もそれは分かっているので声をかけていたときは、よほどのことがない限りは、参加するようにしている。

「ま、そうだね。今日は特に用事もないし……」

 そんな時に、何か勇ましくも不吉な音楽が辺りに流れる。

 それは世界的に有名な、宇宙を舞台にしたSF映画で用いられるものだ。

 ついでに言うとボスキャラの登場シーンに多用される曲である。


 ん? なんでそんなことが分かるのかだと?


 当然である。

 何故ならーー、

「ん? おい、それってミズチのじゃないか?」


 そんな訳ないーー、と言えればどれだけ楽か。

 しかし、職員室の前で携帯電話を鳴らすなどやめて欲しい泰生と順平の視線は「はよとれや」とばかりにジッとみている。

 観念したように通話に出ると、凛とした少女の声が聞こえてくる。


『今どこ?』


 声の主を即座に割り出した瑞池が流れるように通話を切るとポケットに入れる。

「いやー。大した用じゃないみたいだしーー」

 即座に同じ着信音が鳴る。

 しかし、今度はメールなのか、すぐに音は鳴り止んだ。


 正直、気は進まなかった。

 しかし、電話を切った直後に気づかなかったと言っても信じてはもらえないだろう。


 意を決して恐る恐るメールを開くと……、


『一〇分以内に返事がないとコロスぞ☆』


「すまん。緊急事態みたいだ」

 叱られても反省はしない瑞池だが、命が関われば無視できないのもまた彼らしい。


 ※


「なぁ。アイツ変じゃなかったか?」

 慌てて姿を見送った泰生と順平はヒソヒソと話し始めた。

「え? ミズチが?」

 ピンと来ない様子の泰生に対して、順平は「そうだ」と強く断言する。

「だっていつもあんな呼び出しがかかるなんてなかったろ」


 確かに今まで彼を遊んでいてそんなことは一度もない。

 しかし、今までに無かったからと言って、今後もないとも言えないことでもないような気もする。

「それに、メールを見たミズチは、なんか凄く慌ててただろ」

「それは確かに……」

 バイトでも始めたのか、かとも思ったが昨日まで旅をしていた彼がバイトを始めているとは思えない。


 ゴクリ、唾を呑んでコッソリと耳打ちする。

「女……じゃねぇか?」

「お、女⁉︎」

 そんなバカな、とは思ったが、皆すでに高校二年ともなれば、浮いた話の一つや二つあったからと言ってさほど驚くことでもない。

 旅をしていれば出会いがあっても不思議でもないし、恋人が夢中になっている間に帰るのを忘れていた、と言っても瑞池なら考えられる。

 少なくとも彼が夏に行きあった不思議まほうよりもよっぽど自然である。


 しかし、振り返ると不審なこともあった。

「いや、でもそれにしては、なんかあまり楽しみでもなさそうだったけど……」

「それは俺らに気を遣ってんじゃないか? それとも恥ずかしいとか」

「どっちもなさそうだけどなぁ」

 少なくとも瑞池はそんなタイプの人間ではない。


「いや、アイツにも人並みに羞恥心とやらがあるはずだ。

 ひょっとしたら、一線を超えてしまったのかも……」

「え? え! エェ!!」

 暴走する妄想は徐々にブレーキを失い、坂を下る雪だるまのようにそれは膨らんでいく。


 さて、思春期男子のも妄想を刺激するこの事態。

 真相はいかに?

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