第40話 世界を敵にまわしても……、学園包囲網突破戦Ⅰ


 対抗戦も終わり、休みが明けた今日からはまた通常通りの登校日。実際はそんなに間隔が空いたわけでもないが、なんだか凄く久しぶりな気がする。

 普段通り教室の前に着き扉を開く。すると次の瞬間だった。教室の中に入ろうとした途端クラスメイト達が一気に押し寄せてくる。多くのクラスメイト達が同時に話しかけてくるため、何を言っているかよくわからない。

 言葉の端々を拾い上げると、どうやら話題は対抗戦についての事らしい。試合の様子は予選の時と変わらず各学校中に中継されていたらしく校内全域がその話題で賑わっていた。


 やっと落ち着くことが出来たのは、午前中の授業を全て消化し終えた昼休みの事。うさぎは「話しかけるな」というオーラを過剰な程発していた為か、僕はいっそう取り囲まれる羽目になった。もうヘトヘトだ。これなら対抗戦の方が楽だったかもしれない。

 僕らはこれまで通り耕平を交えて四人、ラウンジで昼食を取っていた。


 「お疲れ様、暮人」


 「コウヘイ……それはどれについて言ってるんだ?」


 「あはは、諸々かな」


 耕平は冗談交じりに弄って来る。まったく、他人事だと思ってこいつは。しかし、耕平や靜華も合わせて、四人で一緒にご飯を食べるのも久しく感じる。


 「僕らが居ない間、何か変った事あったか?」


 「特には無いかな」


 「ホント、つまんないくらいなんもないよー」


 「相変わらずバカですね。何もない方が良いに決まってるじゃないですか」


 やっといつも通りの日々が戻ってきた感じがする。うさぎも元気になったみたいだし、ひとまずは安心と言ったところだ。

 うさぎと言えば、対抗戦で一勝を納めた僕らだったが、その報酬として進呈されたのは各選手に百単位。勿論予定通り、無事に僕とうさぎの二人分の報酬をうさぎが取得し、一気にうさぎは二百単位を手に入れた。

 今は十一月。コツコツとやってきた成果もあり、これでアンノウンメンバーはうさぎが二四六単位、静華が約九十単位、そして僕と耕平が七十そこそこと言った様子で、ギリギリではあるものの進級までには間に合いそうだ。

 

 「それにしても、やっぱり結構注目されてるよね。暮人と倉島さん」


 いつも通りラウンジに来たは良いが、ここでも教室と変わらず人の視線が集まって来る。耕平たちもそれに感心している様子だが、僕としてはあまり目立つのは気持ちよくない。


 「そういえば、あたし達のクラスにさー。朝からずーっと一角くんの事睨んでる男子居たよねー」


 「えっ、全然気づかなかった」


 「マジー? すんごい睨んでたよー? 妬みだったりしてー?」


 静華はそういって僕を茶化そうとするが、僕は本当に気付いて居なかった。一体何を思って僕を睨んでいたのかは知らないが、なんだか迷惑な話だ。僕が何をしたって言うんだ。

 とはいえ今の僕は、魔砲の能力が完全に露呈している為、あちこちに喧嘩を売るのも好ましくは無い。これからの戦いはじっくりと計画を練って、敵の情報も入念に集める。その上で可能な限り密かに着実に、単位を集めていきたい。

 現状、僕らは良くも悪くも目立ちすぎて居る。しばらくは派手な動きはしないのが得策だろう。


 「ま、それは良いとして。一角くんさ、朝からずっと携帯ばっかり見てるよねー?」


 「ん? あー、対抗戦の時にさ、ちょっと趣味が合う人と知り合って連絡取り合ってるだけだよ」


 「ふーん。そうなんだぁ?」


 靜華はニヤニヤしながら僕の方を見つめてくる。一体何だというのだろう。確かに言われてみれば、最近は携帯の充電の減りが早いかもしれないけど、もしかして無意識のうちにそんなに携帯ばかり見て居たのだろうか。

 対抗戦以来、僕は連絡先を交換した山吹姉妹の妹の方、菫さんと連絡を取り合っている。と言っても、せいぜいネット上でチャットしたり、ボードゲームをしたりするくらいのものだ。


 「どんな事話すのー?」


 「別にどうってことも無いけど、まぁいつもは二人でチェスを指したり……かな?」


 この手のゲームは、実力が拮抗していないとお互いが楽しむというのは中々に難しい。その点、彼女とは毎度いい勝負になって非常に楽しい。だから僕としては、とても良い知り合いが出来たと思って居る。


 「暮人……その、いつも……とは、どのくらいの頻度を示しているのですか?」


 僕の隣でじっと話を聞いて居たうさぎが、突然僕と静華の会話に入って来る。


 「えっ? んー、今のところは対抗戦が終わってから毎晩かな?」


 「ままままま毎晩?! ちょ、ちょっとその……、それはやり過ぎなのでは?!」


 「そうかな? じゃあこれからは少し控えめにするよ」 

 

 「そうですっ! 控えましょう。そうしましょう!」


 やけにうさぎがグイグイと詰め寄って来る。もしかして僕が睡眠不足にならないか心配してくれているのだろうか。どちらにせよ相手にも都合はあるだろうし、そこはうさぎの言う通りなのかもしれない。 

 なんやかんやと談笑しつつ昼食を終え、僕らアンノウンは教室に戻る。

 

 「んー?」 

 

 不意に静華が不可思議そうに声を漏らす。

 教室に戻る途中だった。仁王立ちで僕らの進路を塞ぎ、腕を組んで待ち構えていた男子生徒が一人。すると、突然その生徒が僕の方に話しかけてくる。


 「君、一角暮人くんだよね?」


 知らない顔だ。僕が覚えて居ないだけで何処かであった、という訳でも無いだろう。僕の名前を知って居るのは対抗戦の所為だろうが、僕なんかに何の用だろう。

 

 「初めまして、自分は二年の八柳(やなぎ)信彦(のぶひこ)と申します」


 やっぱり聞き覚えの無い名前だ。おまけに二年生の知り合いなど僕には居ない。


 「それで、その八柳先輩が何の用ですか?」


 「単刀直入に聞くけど、皇さんを倒したのって君だよね?」


 あまりにも唐突な質問に、少しだけ動揺する表情が出てしまった。そもそも皇先輩を僕らが倒したことは、僕らと飛鳥先輩以外には誰も知らない事実のはずだ。

 実際、急な補欠変更と皇先輩が姿を消した事で、先輩の退学がすぐに勘付かれる事は分かっていた。しかし対抗戦の予選期間中なら、魔砲が割れているどの選手にも、等しく襲撃される可能性はあった。

 つまるところ、僕らがやらなくても同じことになっていた可能性も十分にある。加えて相手はあの元ランキング一位の皇刻成。寄りにもよって一年生主軸の僕らがあの皇先輩を撃ち倒したと疑われる要素はそう多くないはずだった。


 「どうしてそう思うんですか?」


 何か僕らを疑う根拠でもあるのか。それとも単に、補欠枠がうさぎだった事からそう推測をしたのか。どちらにせよ、敵の意図が読めるまでは余計な事は言わない方が良い。


 「いやぁ、そうなのかなーっと思ってね。実は自分も指揮官(コマンダー)でね。こう見えても学内ランクで言えば十六位なんだ。本当は自分が皇さんを倒したかったんだけどねー」


 「それは、残念でしたね」


 第十六位の指揮官(コマンダー)。皇先輩の仇討ち、というと少し違うが、要は標的を横取りされた腹癒せって事なのか。


 「とぼけるならそれでもいいんだけどね、一角くん。さてここからが本題だ。自分達、シグナルは君たちに対して宣戦布告させてもらうよ」


 八柳先輩がそう言うと、彼の背後からさらに一人の男子生徒が現れる。


 「あれー? 同じクラスの神無月(かんなづき)じゃん。なるほどねー」


 「暮人を睨みつけて居た、と言うのはそういう事ですか」


 うさぎと静華が男子生徒に反応して口を開く。確かに、僕やうさぎと同じクラスの奴だ。改めて面と向かって立つと、凄い形相で睨みつけてきている。

 逆にここまで敵意をむき出しにされると、いっそこっちも割り切れる。シグナル、とはチーム名の事かな。ならばメンバーは二人なのか。それともこの場に居ないだけで他にもメンバーが居るのか。


 「今日の放課後、君たちを一人残らず殲滅する。この戦いをもって、自分が最も優れた指揮官(コマンダー)だという事を証明して見せよう」


 「いやいや、僕なんか倒したって、そんな大層な称号はもらえませんよ?」


 「そんな事は無いさ。皇先輩を倒した君を倒せば、自分が学園最強の指揮官(コマンダー)になったも同然」


 「だから、知りませんって」


 どうやら、また面倒な事になった。学園内最強の指揮官とは、随分と高く見られてしまったものだ。確かに皇先輩を倒したのは僕らだが、あの皇先輩と言えど四対一なら負けても何ら可笑しく無いのではないだろうか。

 実際僕はそんな大層なもんじゃないが、言っても聞きそうにないし、もはやこれは仕方ない。


 「……この犯罪者が、首を洗って待って置け」


 突然、終始僕を睨みつけていた神無月が口を開く。

 そしてその言葉に、先ほどまでとは違い僕は見事に平常心を崩された。こんなにも早く、恐れていたことが起こるなんて……。


 「一角暮人、お前のような人間に魔砲を握る資格は無い!」


 「お前まさか……」


 勿論、リスクがある事は分かっていた。こうなる可能性が十分にある事も、頭の中では理解していたつもりだった。でも……。


 「不殺の呪砲使い、パララマリス。知らないとは言わせんぞ! お前の妹なんだってな。

何千人もの砲術士を殺してきたようなS級テロリストだ。お前みたいなやつが、どの面下げて西砲(ここ)に来やがった!」


 神無月の怒鳴り声が僕の体を硬直させる。彼の言葉を聞いて、うさぎや耕平、そして靜華は驚いたような表情をして僕の方に視線を向けてくる。

 そう、僕はずっと皆を騙していた。ずっと秘密にしてきたことだ。僕の妹は呪砲使い、多くの砲術士を殺し、数えきれないほどの人を殺してきたS級テロリストだ。彼女の前に砲術士が手も足も出ずただ虐殺される様子から、付いた識別コードは痺れる程の悪意。パララマリスだ。


 「俺の親は砲術士だった……」


 敵意をむき出しの神無月は、僕が放心状態なのもお構いなしに話を続ける。


 「あんな呪砲使いが居なければ! 俺の両親は死ななかったのに!」


 「ちょ、ちょっとまってよ。暮人がやった訳じゃないんだよ?! 暮人は悪くないじゃないか!」


 耕平が神無月を止めようとするが、そう簡単には収まらない。当然だ。呪砲の被害者はこの世界に数えきれない程いる。勿論、この西砲学園にもだ。むしろ魔砲学校の生徒には、神無月のように呪砲によって親を失った奴も居る。砲術士の家系は代々そうであることが多いからだ。


 「関係無いとでもいうのか? ふざけるな! こんな奴、砲術士になる価値も無ければ、目指す資格すらない! 俺が西砲(ここ)からお前を叩き出してやる」


 かくいう、僕も親は砲術士だった。でもあの日以来、それは呪縛でしかなくなった。妹が、夕佳(ゆうか)が呪砲使いに堕ちた日から……。

 

 「それでも僕は……、砲術士になる。……まだ、やり残したことがあるんだ」


 僕はまっすぐに神無月の眼を見つめ返して言葉を投げつける。彼の眼には純粋な怒りが、ただ、敵を恨む思念だけが宿っていた。

 悪いのは僕だ、わかっている。妹の罪も、妹をそんな風にしてしまったのも全部僕が悪いんだ。でも、だからこそ僕はやり直さないといけない事がある。


 「なにを……、何を言っているんだお前はぁ!!」


 神無月が怒りに身を任せ、腰のホルスターから魔砲を引き抜く。するとそれに反応して、うさぎと耕平、静華もすかさず魔砲を構える。


 「これ以上は、許しませんよ」


 「ボクの仲間は撃たせない!」


 「放課後まで待てないならー、今からでもやる? ま、あたしはそれでもいいけどねー」


 僕以外の三人に銃口を向けられても全く怯まない神無月は、依然僕に銃口を向け続ける。そして、最初に動いたのはあっちの方だった。


 「失敬。ここはお互いに獲物を抑えましょう。ほら、神無月くんも」


 「……ちっ、放課後、覚えておけよ。一角暮人」

 

 八柳先輩は神無月に魔砲を納めさせると、「では」と一言だけの残して去って行った。敵が消えた廊下を進み、僕らは再び教室戻る。


 「あ、あの……、皆」


 でも、教室に着く前に一言、一言だけでも謝らないと。これまで黙っていた事、騙していた事。僕が多くの砲術士にとって仇も同然だという事を隠し通してきたんだ。信じてくれた仲間たちすらも騙していたんだ。


 「僕は……」


 「暮人」


 僕が言葉を発しようとしたその時、うさぎが僕の言葉を遮る。


 「暮人は暮人です。気に病むことなんて何もありません」


 「そうだよ! 暮人が責任を感じることは無いって!」


 「まぁーどうしても居た堪れないっていうならー、神無月なんかじゃなくてさ、あたしが撃ってあげるよー」


 「「そんな事させません」」


 「あははー、冗談だってー」


 冗談交じりに僕に魔砲を向ける靜華。彼女の冗談のおかげで、重かった雰囲気が一気に軽くなる。


 「みんな……」


 「一角くん、気にする事ないよー。だってアイツら、明日にはもうこの学園に居ないんだもん。そのためにも、しっかり頼むよ司令官殿っ」


 やっぱり彼女は僕らのムードメーカーだ。

 そうだ。みんなの言う通り僕は僕だ。他の誰でもない。だからこそ、目的の為に僕はこんなところで負けるわけにはいかない。 

 手段は択ばない、たとえ他人の恨みを買ってでも、僕は目的を達成する。


 そして、昼休み終了のチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。


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