第36話 vs東専、煙と炎の砲撃戦Ⅳ


 「往生際が悪すぎる!」


 白燐弾が生み出した純白の煙の中から飛び出してきた西砲の空砲使い。両手には一丁ずつの魔砲を持ち、一気に突進してくる。

 魔砲を二丁持って居るのは、おそらく新手の敵の仕業だろう。煙の中で何があったかは知らないが、もう一人潜んでいるのは分かっている。

 

 「大丈夫、コケ脅しだ。アイツの魔砲は弾切れのはず」


 敵の持った二丁の内、片方が新たな敵の魔砲と仮定するならば弾が一発以上は入っているだろう。だが、ぼくは先刻三発の発砲を見た。あれは間違いなく空砲使いの放った悪足掻きのはず。ならば一方の魔砲には弾が入っていない。

 一見、魔砲が二つあっても、実際に脅威になり得るのは一つだけだ。


 「今度こそ、確実に!」


 距離を詰めて来る空砲使いを照準器越しに凝視する。しかし、走っている敵には中々狙いが定まらない。敵も当然、射線を気にしながらまっすぐには走って来ない。

 こっちもついさっき、発砲を釣り出されて残りは一発。絶対に外すことは出来ない。竜胆家の後継ぎともあろう者が、こんなどこぞの無名な奴に負けるわけにはいかないんだ。

 ぼくは銃口で敵を追いながら、引き金に指を掛ける。すると、敵の空砲使いもそれを察してか、走ったまま右手に持った魔砲を向けてくる。


 「片方だけ……、なら、そっちが実弾か?」


 いや、まだ決めつけるのは早い。コイツは紛いなりにも選抜選手。あんなどうしようもない魔砲でも、ここまで騙し騙し小賢しい小細工で生き残ってきた奴だ。

 思考を巡らせろ。左右の二丁の魔砲、包帯で覆った左手、構えている右手の魔砲、そして未だ姿を見せない新手の敵。目に見える情報や、既に自分が知っている事を総動員して、ぼくは空砲使いの思考を読む。敵の隠し持った、一発の銃弾の在り処を。


 まずは左手だ。見たところあの包帯はブラフじゃない。多分本当に怪我をしているんだろう。だとすれば、本当にあの左手で引き金を引けるのか。単純に考えるならば、右の魔砲に入っている可能性が高い。これまでの戦闘でコイツが魔砲を握って居たのも右。さらに現状から見ても、右の魔砲しか構えて居ない。

 ぼくの加速する思考は、敵が接近してくる僅かな時間にあらゆる可能性を虱潰しに考慮していく。


 右手で打って来るのが自然。ちゃんと敵を見ている奴なら、少し考えれば誰でもそう結論を出す。

 しかし、だからこそ左が異様に怪しく見える。右で来ると推測されやすい事を、敵自身が考慮していない。いや、流石にそんな事は無いだろう。敵はゴミみたいな魔砲の小細工だけで此処まで来た奴だ。もしもそんな馬鹿にあの魔砲を握らせたら、目も当てられない程瞬殺だろう。ぼくの目の前のコイツは、少なくともバカじゃない。

 ならばやはり右と思わせて左、怪我をして使えないように見せて、本当は引き金を引けるのかもしれない。


 いや違う。問題はそこじゃない。当面の問題は今現在、敵が構えた右の魔砲。もしもあれが推測通り実弾が入って居ない方だったとして、奴は何をしようとしているんだ。答えは言うまでもない。昨日今日の試合で何度も見た、あの空砲で敵の発砲を誘発する。それが敵の狙いだ。


 「読み切ったっ!」


 敵の構えた右の銃、狙いは空砲。なら、これはおそらくただの牽制に過ぎない。その証拠に、何故もう一人の新手は未だ姿を見せない。きっとこの瞬間も様子を見ているんだ。

 あの空砲は実弾を持って居る、という認識の下で初めて牽制力を発揮する。逆に言えば、弾が無いのバレてしまえば、あの空砲は名実ともに無価値となるんだ。

 空砲を生かすには、実弾を温存しなければならない。もっと言うならば、実弾を勿体ぶるほどに敵の焦りを誘い、敵に与える心理的圧迫感や牽制力は増していく。実弾を尽きるという事は奴にとって、空砲すらも手放すことに他ならない。

 二つ目の魔砲に何発の銃弾が入っているのか、どんな能力なのかが分からない以上、残りが一発と決めつけることは出来ない。しかし、この戦闘の中で、アイツが空砲を最大限生かしきるには実弾を好機まで温存し、読み合いに持ち込むしかない。


 結論。本命は左手、包帯で偽装はしていても引き金を引けない程じゃない。今構えてい居る右の魔砲は、お得意の小細工の為に構えた空砲の魔砲だ。そもそもアイツが牽制力を生かすには、そう簡単に実弾は撃てない。

 敵のもう一人が姿を見せず隠れているのは、まだもう一つの魔砲に何かが秘められているからだろうか。

とにかく、焦ることは無い。今最も警戒するのは、奴の大好きな読み合いに翻弄されて、最後の実弾を無駄撃ちさせられることだ。


 「ははっ……、低能がいくら頭を使ったって、才能の差は覆らないんだよ」


 そう、これは仕方のない事だ。この空砲使いは何も悪くない。悪いのは才能の差だ。白燐弾が空砲に負ける、なんてことが起こりうるだろうか。答えは否。どんなに工夫しても、どんなに努力しても、生まれ持ったモノの差は消えない。凡人にとってのゴールが、彼ら天才から見ればスタートラインでしかないんだ。


 ぼくは迫って来る空砲使いをじっと目で追い、照準器越しに視線を送る。


 「君は何も悪くない。ただ、才能に恵まれなかった、だからぼくには勝てない。ぼくも才能に恵まれなかった、だからショウには勝てない。仕方の無い事だ。ぼくらは何も悪くない」


 空砲使いの足が止まる。

 既にお互い射程内、敵の発砲を待ってお互いが引き金に指を掛ける。空砲使いも照準器越しにこちらを睨みつける。

 そして一瞬の見切りの後、空砲使いは引き金を引く。空砲が来るとわかっていてもつい引き金を引きそうになる反射を抑え、ぼくは指に待ったをかけた。


 瞬間、肩に衝撃と痛みを感じ、ぼくは上体がぐらっと後ろに仰け反って肩から地面に崩れ落ちる。


 「なん……で……」


 地面に叩きつけられてから、ぼくは状況を確認する。この対抗戦の弾は、模擬戦用に威力を調整されているため、衝撃はあるものの着弾しても意識までは刈り取らない。

 ひんやりと冷たい地表に背中を着けて、ゆっくりと思考を巡らせ何が起こったのかを把握しようとする。


 「実弾を……食らったのか?」


 何度考えても同じ答えしか出てこない。この状況、この痛みが物語るのは疑いようも無い自分の敗北。

 初弾から一発勝負の実弾。何の読み合いも、何の小細工も無く、ただまっすぐに放った一発の魔砲。結局、最後はあの空砲も役には立たないと、そう考えて実弾を撃ったって事なのか。


 「ショウ以外に負けちゃった……。もう、ぼくも終わりだな」


 地面に仰向けになり、無様に敗北したぼくに空砲使いが歩み寄って来る。


 「おい、自称(じしょう)劣等(インフェリオリティー)。まだ終わってなんかいない。あんたがスタート切るのは、これからだ」


 一言、偉そうに空砲使いは言うだけ言って去って行く。自称劣等、彼から見ればぼくはさぞかし出来が良いのだろう。それでも、伊沢翔威ほどじゃない。

 でも、ぼくはアイツに負けた。ぼくはショウに勝てないのに、アイツはぼくに勝った。竜胆浩次はそれほどまでに低能だったとでも言うのか。あの空砲使いの才能にすら届かなかったと。

 違う、断じて違う。ぼくだって紛いなりにも天才のはずだ。なら、ぼくとアイツの何が違う、何がある。もしかしてそれが、竜胆浩次と伊沢翔威の差なのか。ぼくがこれまで嘆いて来た、諦めてきた実力差に、生まれ持った才能の差以上の何かがそこにあるのか。


 もしそれがあれば、ぼくもショウに追いつけるのかな。


 「ショウ……、君はやっぱり、凄い人だ」


 白と黒の煙が空に舞い散る頃、試合終了のアナウンスが会場に響き渡った。







 「どう? お姉ちゃん、意外と面白い試合だったでしょ?」


 「そうか? 結局、何の番狂わせも無く東専の勝ちやん」


 東専と西砲の試合がちょうど終結した頃、観戦室のモニターをじっと見つめる双子の姉妹。退屈そうに眺める赤毛の姉に、真剣に観戦する水色の髪をした妹一人。


 「いまのを見た感じ、西砲は銃剣使いのワンマンチームやな」


 「そう?」


 「うちらに勝った伊沢のナパーム弾。あれを三発も受けて、炎も含めことごとくを切り裂いたあの銃剣と素のタフさ。最終的に爆炎の中からの射撃で伊沢を打ち取った執念。ま、結局観測手を倒す前に力尽きてしもたけど」


 姉は画面越しに紫銅を指差して言う。


 「この試合、東専が勝ったのはエースの差やな」


 「でもお姉ちゃん? 伊沢さんを撃ったのはあの紫銅さんだよ?」


 「アホか菫! これが戦場やったら……、伊沢の勝ちや」


 姉が伊沢と紫銅にばかり目を向ける中、妹である山吹菫は違う方向を向いていた。


 「私としては、一角さんが気になるかな?」


 「あー、あのちっこいのと冴えないのの二人組か。全然活躍していたようには見えんかったけどな」


 「でも、竜胆さん倒したよ?」


 「あんなん竜胆が気ぃ抜いてただけやろ」


 「んーん、違うよお姉ちゃん」


 楽観的に片付けようとする姉、山吹楓に対し妹は真剣な顔つきで言葉を返す。


 「あれは完全に乗せられていたね」


 「あの空砲使いがなんかしたって言うんか?」


 「正確にはずっとしていたのかな。あの空砲、本来ネタが割れれば無意味なあの魔砲。最後の読み合いの時、竜胆さんはいろんな事を考えたと思う。包帯を巻いた片手、二丁の魔砲、利き腕、発砲を誘う空砲。あらゆる手で敵を出し抜いて競ってきた一角さんの戦い方もね。だからこそ、最後の一発だけは読めなかった」


 「ただの手詰まりで打っただけやろ。それか竜胆が油断してたとか?」


 「あの人が何も仕掛けて来ない方が不自然だよ。もうあれは、じゃんけん参加した時点で竜胆さんの負けだった」


 妹の見解に、「ふーん」と声を漏らしながらも飲み込む姉、山吹楓。彼女は他でも無い、妹の意見にだけは耳を貸す。常に自分を是とする彼女も妹にだけは絶対的な信頼を置いていた。


 「ま、菫がそう言うんなら、きっとそうなんやろな。んで、その芸人さんには勝てるんか? 菫の相手(マーク)やろ?」


 「一角さんや竜胆さんも随分と頭がキレるみたいだった。でも、私だってそう言うのが得意なのはお姉ちゃんも知ってるよね?」


 自信ありげに言う妹を見て、姉は少しドヤ顔混じりに口角を上げて不敵に笑う。


 「それでも、竜胆は負けたで?」


 「読みの精度は多分互角くらい、なら最後の決め手は……」


 「決め手は?」


 妹は姉の方に向き返り、まっすぐに見つめ合う。


 「最後の決め手は、女の勘……かな?」




対抗戦二日目、暫定試合結果。


東洋魔砲専門学校 二勝零敗

西新宿魔砲学園 一勝一敗

天王寺魔砲学園 一勝一敗

白河魔砲学院 零勝二敗


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