第31話 刹那の見切り、各個撃破の電撃戦Ⅰ


 遂に本日より対抗戦開始。今日から三日間、各校一日一試合で総数にして六試合の総当たり戦を行う事となる。

 今朝になって初戦の組み合わせが発表され、第一試合は東専と天王寺。昼休憩を挟んで、第二試合は、西砲と白河となった。


 僕らは午後の試合までは時間がある為、第一試合を観戦する。これで、明日以降の試合に向けて何か有意義な情報が手に入るかもしれない。要は偵察だ。


 「全く、他の二人は来ないんですね」


 うさぎが呆れたように漏らす。僕らは主催者側が用意してくれた観戦席で、中継用のモニターを凝視していた。モニターには各生徒の様子がリアルタイムで中継されるらしい。


 「紫銅は知らないけど、飛鳥先輩はあっちで一人で観るってさ」


 「そうですか。まぁこちらとしても暮人と二人の方が落ち着きますし」


 相変わらずうさぎは閉鎖的だ。それが悪いとは言わないが、久々にそう感じた。最近は、アンノウンの皆には大分気を許してきたように思う、だが、飛鳥先輩はこの対抗戦中は同じチームとはいえ、別に仲間になった訳じゃない。結局のところ、うさぎは僕以外の選抜には気を許していないのだろう。

 それも仕方ないと言えば仕方ない。もはや僕らはそう簡単に人を信じる事は出来ない。染み付いた習慣がそうさせている。それは何もうさぎに限った話ではない。ただうさぎの場合は、それが特に露骨と言うだけだ。


 「そろそろ始まりますね」


 僕とうさぎは観戦席に横並びになり、今まさに始まろうとする試合の中継に意識を尖らせる。

 この試合の舞台は広大な山の中。木が生い茂った森の中で行う。自衛隊演習場の一部である為、何の心配も無く自由に魔砲を行使できる。とはいえ、念のため安全を考慮して魔砲の威力は下げているらしい。

 要するに、手の込んだサバイバルゲームみたいのものだ。負ける条件は、自分のチームの全滅。もしくはチーム全員の弾切れ。それと棄権の三つ。持ち弾も三発と言う事を踏まえれば、フィールド以外は選抜予選とする事は変わらない。

 試合開始のアナウンスと同時に、両チーム三人ずつの生徒が動き出した。実に静かな滑り出し。砲術士の戦いは魔砲なんてものを使いながらも、大抵の場合そう派手じゃない。徹底した隠密、索敵、そして奇襲。

この第一試合、東専と天王寺なんて言ってみれば初っ端から決勝カードだ。当然、誰を見ても無駄な動きが無い。これ以上なく堅実、慎重、基礎に忠実な正統派と言った感じだ。

 一応、選手は全員無線機を支給されていて、仲間とだけ通信ができる。


 「東専、動きます」


 うさぎが画面を見て呟く。最初に戦局を動かしたのは東専。一人の生徒が飛び上がり、浮遊、空中で完全に制止する。


 「と、飛んでる! あんな魔砲もあるのか」


 「暮人、どこ見てるんですか! そっちじゃありません。伊沢です」


 うさぎの言う方に目を向けると、一人の生徒が今まさに魔砲の引き金を引こうとしていた。


 「あれが、噂の天才か。それにしても何をしてるんだ?」


 伊沢(いざわ)翔威(しょうい)。飛鳥先輩の言っていた要注意人物だ。しかし、不自然なのは魔砲を構えた方向。まだ、接敵もしていないのに魔砲を空に向け引き金を絞っている。

 次の瞬間、銃声と共に銃弾が空に飛び立つ。弾丸は放物線を描いて、遥か彼方の木々の中に落ちていく。

 その直後だった。観戦席に居た僕らや大人たち、誰もが予想だにしないことが起こる。着弾した銃弾は爆発し、爆音と共に周囲に大規模な炎を撒き散らす。一瞬にして着弾地点を中心に大炎上が発生し、一帯を焼野原へと変貌させる。


 「はぁ?! 威力は落としてるんだろ?! あんなの下手した人が殺せるレベルじゃないか!」


 「あれでも、落としている……という事でしょうか」


 周囲に居る大人達や僕ら、同じく偵察に来ていた白河の人達を含めその場の全員が、その光景に目を疑う。

 次第にざわめき出す観戦席。当然だ。もし本当に、威力を落としていてもあの規模という事なら、明らかに規格外の威力。対戦車ライフルなんてもんじゃない。もはや戦車砲そのもの。いや、それ以上かもしれない。

 外野のざわつきなどは他所に、伊沢は二射目を構える。銃口はまたしても高射角、曲射撃ちだ。


 「まさか、弾着観測射撃か!」


 「なるほど。その様ですね」


 思わず声が出てしまった。弾着観測射撃。観測手が着弾地点を確認して、その着弾地点からどれだけズレているかで修正を行い、長距離射撃を行う方法。最初にチームの一人が上空に浮遊したのはその為か。おそらくあの空中の奴が、誤差修正を伊沢に通信しているのだろう。

 未だ天王寺、東専の双方の距離はかなりある。おそらく、天王寺側はこれ程離れていてはろくに攻撃も出来ないだろう。


 「射程(レンジ)を生かした戦い方ですね」


 うさぎはモニターを凝視したまま僕に言う。

 結局その試合は、終始防戦一方だった天王寺が負け、勝利を収めたのは東専となった。とはいえ、決して天王寺の動きが悪いわけではない。あんな攻撃、初見じゃどうしようもないだろう。単純に、他校に比べツイていなかったというしかない。

 伊沢の魔砲を見れたのは大きい収穫だが、逆に言えば観測手の奴と伊沢以外の魔砲は全く確認出来なかった。東専には不確定要素があと一人、天王寺に関しては全員の魔砲が不明と、得た情報としては少ない。


 「ともかく次は暮人達ですね」


 中継が終わると、僕の方に向きなおす。

 うさぎは補欠メンバーの為、試合に出るのは紫銅、飛鳥先輩に加えて僕の三人だ。想定外の力を見せつけられ、気圧され気味の僕の手をうさぎがぎゅっと握る。


 「頑張って下さい。信じています」


 そうだ。今から東専の事ばかり考えていても仕方ない。まずは初戦、対白河戦だ。

 初戦という事で、全く事前情報は無い。だが、飛鳥先輩によれば、最も注意すべきは留学生の女の子。ミシェル=クロニクルだ。敵の編成の中では唯一の女子生徒。もしも話通り相当強いのなら、こちらも相当の戦力を投下しなければならないかもしれない。西砲の最大戦力は選抜戦一位の紫銅。無いとは思うが、それでも及ばなければかなりきつい。

 とにかく僕は精一杯、僕の出来る事をするしかない。


 昼休みが明け、僕と飛鳥先輩、紫銅の三人は初期位置に着く。

 こんな森の中じゃ、観戦席と違い敵を見つけるのもそう楽じゃない。さっきの試合を見たところ、初期位置の間隔はそれなりにある。白河に東専のような戦い方が出来るかはわからないが、警戒するに越したことは無い。まずは、こっちの射程が届く距離まで詰めるのが最優先だ。

 試合開始と同時に走り出し、僕らは全員深い森の中に入っていく。


 「こちら一角。相手の魔砲も位置も不明。いつ接敵してもおかしくない。孤立しないように陣形を組んでいきましょう」


 僕は無線越しに二人に声を掛ける。が、しばらく待ってもなかなか返事が返ってこない。あれ、おかしいな。こんな早くやられたとは、とても考えられない。ましてや紫銅と飛鳥先輩だ。接敵してもそう簡単に負けるはずは無い。

 そう考えていると、僕の通信からしばらくして、無線機がジジジっと通信を掴む。


 「こりゃあ、切ってんなぁ紫銅の奴」


 声からして飛鳥先輩だという事はすぐに分かった。


 「切るって、まさか無線の電源を切ってるって事ですか?!」


 「そうなんだろ? ま、アイツらしいんじゃねぇか?」


 何を呑気なことを。このままじゃ不味い。相手に接敵したら、数的有利を取られるかもしれない。


 「くそっ、浮いた駒から取られます。飛鳥先輩! 紫銅を探して援護しに行きましょう」


 僕は走りながら、飛鳥先輩に再び提案の通信をする。紫銅が強いとはいえ相手も手練れ。一対一ならまだしも複数相手はきついはずだ。まずは同数対決に持ち込むこと。そうすれば、二人の強さならきっとチャンスが巡ってくるはずだ。


 「行きたいなら一人で行きなぁ。オイラも好きにやらせてもらうぜぇ」


 予想だにしない返信に僕は思わず足を止めた。


 「えっ?! ちょっと、飛鳥先輩?!」


 プツッと言う音が耳に届き、通信が返って来る気配は一向に無い。

 嘘だろ。チーム戦で通信も無し。独断専行の攻撃手(アサルト)が二人に、他の選手に比べ戦闘力の見込めない僕が一人。

 もうめっちゃくちゃだ。とにかくどちらかと合流すべきか。いや、敵を探すのも仲間を探すのもそう変わらない。こんな森の中じゃそう簡単には見つけられない。

 あぁもう、初っ端から先が思いやられる。こんなんで本当に他校の代表相手に勝てるのか。とはいえ、泣き言を言っていても仕方ない。足を動かしながら考えるしかない。

 僕は一人、森のさらに奥へとひたすらに走って行く。





 電源を切った無線機をポケットにしまう。


 「悪いなぁ、暮の氏」


 走る度に、バサバサとローブが音を立てる。

 そろそろ接敵する頃だろうか。もう試合開始からしばらく走ってきた。あっちも全速力でこっちに向かって来ていればぶつかる頃だ。


 視界の端にカサカサと微かに揺れた茂みを見つけ、オイラは足を止める。


 「隠れてないで出てきたらどうだぁ?」


 オイラの呼びかけに応じて、木陰から一人の男が姿を現す。


 「やっぱりバレちったかー、オレっち隠れるのとか苦手なんすよねー」


 一人か。まぁオイラにとっちゃ、相手が何人いようが関係ねぇ。それにしてもこいつの手に持った魔砲、明らかに形状が可笑しい。持ち手はともかく、銃身の形状が銃のそれじゃない。


 「チャラチャラした身なりしやがってよぉ。単独行動たぁ、随分と自信があるんだなぁ?」


 「お互い様じゃないっすかー」


 オイラは相棒に弾倉を食わせて臨戦態勢に入る。


 「良いぜぇ、かかって来なぁ。レートの違いを教えてやる」


 「そんじゃ、お言葉に甘えてっ!」


 敵はそう言うと、オイラの方に向かってくる。

 距離を詰めてくるという事は射撃技術に自信が無いのか。いやしかし、近距離型という可能性もある。まぁ近づいて来るならこっちの命中率も上がるだけだ。

 オイラは相棒で、薙ぎ払うように鉛球をぶちまける。相手は足を止めず走り続け、軽い身のこなしと遮蔽物の木を使い少しずつ距離を詰めてくる。


 「ほぉ? 言うだけの事はあるな」


 「っていうか、なんであんたは三発以上撃ってるのに弾切れになんないんすか! チートっすか!」


 敵は木陰に隠れながらひがみを言ってくる。


 「そんなのはなぁ、オイラが優秀だからに決まってんだろうがぁ!」


 敵の隠れている木に数百発の銃弾を叩き込み、ガリガリと削っていく。

 そして、不意に相棒が静かになった。


 「ちっ、弾切れか。次だ!」


 リロードするためにマガジンを抜き、新しいマガジンを取り出す。


 「隙ありっす!」


 気付けば、敵があっという間に距離を詰めオイラの目前に迫る。瞬間、敵の不自然な形の魔砲がバチバチと音を立てて発光し、敵はそれを振りかぶってオイラに突きつけようとした。

 咄嗟に軸足を引き、ギリギリのところで躱したオイラは、相棒を敵に向けたまま後ろに飛び、一定の距離を取る。


 「さっきのは……、テイザーガン。スタンガンか」


 「ただのスタンガンじゃねぇっすよ!」


 敵が魔砲をこちらに向けて引き金を引く。すると、銃口からワイヤーのような物を射出し、オイラはそれを最低限の動きで回避する。シュルシュルと伸びたワイヤーはオイラの背後の木に引っ付き、ピンっと張る。


 「まだ、終わりじゃないっすよ!」


 「……っ!」


 次の瞬間、再びバチバチと音を立て、敵の魔砲から伸びたワイヤーが通電する。ワイヤーが放電を始める前に気付いたオイラは、ワイヤーから少し距離を取る。


 「ちっ、あぶねぇじゃねぇか」


 「おー、初見で躱すなんてすごいっすね!」


 なるほど、そういう魔砲か。ワイヤーの射出と設置。それにスタンガン、ワイヤーが放電するほどの電圧を通電させる魔砲。


 「でも、ワイヤーを張ったら、その後はどうするんだぁ? 見たところ一本しか射出出来ないように見えるぜぇ?」


 「へっ、甘いっすね」


 その時、突然敵の魔砲から電動音が鳴り、ワイヤーを巻き取ってスルスルと銃身に回収していく。


 「モーターが入ってるんすよ」


 なるほどな。自前の電気でモーターを起動、一度張ったワイヤーも回収可能って訳か。おそらくだが、発砲制限の方はあのワイヤー射出の方だろう。なら、近距離でさえ戦わなければ普通の銃弾とそう変わらないはずだ。要は敵のワイヤーに捕まったらアウトってだけの話だ。


 「良いじゃねぇか。ならオイラも少しばかし本気を出すか」


 「一体何をするっていうんすか……」


 オイラは相棒の最後のパーツを開放する。普段はほとんど使わない補助装置(アタッチメント)。マガジンを取り出す時とは別の場所からソレを手に取り、ガシャンと相棒にはめる。これでオイラの相棒は完全態と化した。


 「木製の……ストック?」


 敵に向けて魔砲を構える。


 「さぁ、かかって来なぁ。一分でハチの巣にしてやる」

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