第20話 靜と動のせめぎ合い、銃声飛び交う大乱戦


 今日は遂に選抜選手予選当日。僕ら参加生徒は校舎の外、グラウンドのさらに向こう側にある、屋内演習場に集められていた。

 集まった生徒は全部で総勢十六人。それ以外の他の生徒たちは、校舎内の至る所にあるモニターに中継される予選の様子を観戦しているだろう。

 僕があたりを見渡すと、演習場に居る全員に緊張感が張り詰めているのが鮮明に感じ取れる。かくいう僕も緊張でかなりアガっている。だが、そんな中にも、周囲に比べて緊張をあまり表に出さない生徒が数人。よほど自分の力に自信があるのか、もしくは集中力が高まっているのか。その数人の中には飛鳥先輩の姿もあった。そして、もう一人見覚えのある人影。大きめのコートを羽織り、手をすっぽりと袖に隠している男子生徒。前に西門で遭遇した奴だ。

 今になって思えば、あのコート、飛鳥先輩のローブと同じで自分の魔砲を相手に見られない為の物だとわかる。あの時、アイツは東雲さんの無音射撃に反応したうえ、自分に向けて放たれた銃弾を弾いた。もしもあの時アイツの弾が残っていたら、間違いなく僕はやられていただろう。どんな魔砲を使ってくるのかはわからないが、アイツも要注意だ。

 僕がじっと見ていると、あちらがこちらの視線に気づいたのか鋭い眼光を返してくる。逆に僕はそれに気おされるように、すぐに視線を逸らす。


 「おいおいなんだぁ? 暮の氏、アイツと顔見知りなのかぁ?」


 それを見ていた飛鳥先輩が不意に話しかけてくる。


 「いや、顔見知りってほどでは。先輩は彼の事知ってるんですか?」


 「ああ、アイツは紫銅閃(しどうひかる)。今一年生の中では一番やばそうな男だなぁ。まぁ暮の氏、お前よりも何千倍も強いだろうが同じ一年だ。せいぜいお前も頑張るんだなぁ」


 「あ、あはは。何とか頑張りますよ」


 飛鳥先輩は一言二言交わすと、すぐに去って行く。おかげで僕も少しくらいは緊張が解けた。とはいえ、紫銅閃。飛鳥先輩の眼から見てもやはり僕より強いのか。わかってはいても、他人に言われるとやはり凹む。僕単体では全校生徒の中でも最弱クラスだろう。でもわかっている。そんな事は承知の上で此処に来たんだ。改めて自分の心に喝を入れる。

 しばらくすると、審査役の男性教員が演習場に現れ、全員の視線が一挙に集まった。


 「えー今日は皆さん選抜選手の選考に参加という事でよろしいですね。本日は十六人居るという事で、これから行う予選で半数の八人まで削ります。その後、トーナメント方式によって選抜選手三名、補欠選手一名を決めるという流れになります」


 審査役の教員が選考の流れを淡々と説明する。集まった生徒たちは静かに話を聞く。また、その様子をモニター越しに見る全校生徒達にも緊張感が走る頃だろう。


 「では、本日の選考の内容を説明いたします。これから皆さんには、この演習場の中でバトルロワイヤルをおこなっていただきます。制限時間は三十分。時間が来る前に生存者が八人以下になった場合その時点で終了とします。また、生存者全員の残弾が尽きた場合も終了となります」


 先生の説明を受け、僕らは全員振り分けられた初期位置に着く。演習場内には様々な区画があり、遮蔽物が多い区画や逆にほとんど遮蔽物の無いまっさらな区画もある。

 僕は運の良い事にコンテナの立ち並ぶ、遮蔽物の多い区画に配置された。正面戦闘での自身が無い僕にとって、この初期位置は幸運という他無い。

 間もなくして、全ての生徒が初期位置に配置された事を場内アナウンスによって知らされる。参加者はお互いの初期位置を知らない為、どこに敵が潜んでいるかはわからない。

 一発の発砲制限がありながら最後の八人に残る為には、保身の為にギリギリまで弾を温存する必要がある。が、それはおそらくほとんど全ての生徒が考える事だろう。つまり、誰もが弾を温存する事で、膠着状態になり長期戦になる可能性が予想される。

 生き残ることが最優先の今回の戦いでは、終盤の発砲後においても弾切れを悟られない立ち回りを要求されるだろう。


 「では、これより選抜選手決定予選」


 不意の場内アナウンスに体がピクリと反応する。


 「3……2……1……、開始―!!」


 場内アナウンスにてスリーカウントの後、試合開始の号令が全区画の全参加生徒に届く。スタートの合図と同時に、演習場の各地でバンバンと発砲音が鳴り響く。といったようにはやはりいかない。むしろ、開始の合図が鳴った後も、さっきまでと何ら変わらず足音も、呼吸の音すら聞こえない程の静寂。

 僕はコンテナの陰に身を隠し、じーっと様子をうかがう。あわよくば、このまま隠れているだけで半数が脱落してくれれば、僕としてはそれ以上に理想的な事は無い。

 しかし、僕と同じような事を考えている生徒が他にどれだけ居るだろうか。答えは決まっている。単純に考えればほとんどの参加者がそう考えているだろう。自分の魔砲を晒さずに次の選考に残れるなら、それに越したことは無いからだ。

 開始早々こんな膠着状態の戦闘を、モニター越しに見ている生徒たちは今頃ブーイングでもしているのだろうか。いや、知ったことか。そんなもの勝手にさせておけばいい。観衆を楽しませるために僕は此処に居るわけじゃない。勝ち残るんだ。うさぎの為じゃない、他でもない僕自身の為に。


 試合開始から状況が変わらぬまま、どれだけの時間が経過しただろうか。辺りには時間を示すものが何も無い。故に、僕らには現在の正確な時間を知る術がない。

 完璧な膠着状態。自分の鼓動が聞こえる程の静寂は、時間の流れを停滞させる。果てしなく永遠にも感じる体感時間は、僕らの平常心を揺さぶり焦りを煽る。自らの呼吸だけが、着々と刻まれていく時を証明していた。

 僕の知るところに限れば完全な膠着状況に思えるが、実際のところは確実にそうとは言い切れない。演習場内の他の区画、他の部屋では僕の知らないところで今この瞬間も戦闘が行われている可能性もある。しかし、それは少し希望的観測が過ぎるか。

 試合の残り時間と残りの生存者数。どちらも不明なこの状況が参加者に与えるのは、強烈な精神への負荷。こればかりは傍から見ているだけの奴らには伝わらない。

 そんな時、それは唐突に起きた。


 「えー現在、試合の残り時間が五分を切りました。試合時間が終了した時点で、生存者数が八人以上いる場合、撃破数順に勝ち抜きとした上で残り枠を教師陣の審査によって決定します。審査は試合の映像を元に行うため、学年や単位数などの要素は審査項目とは全く関係ありません。残り時間は少ないですが、皆さん最後まで最善を尽くして頑張って下さい」


 何の前触れも無く、突然場内全域に響いたアナウンスが終わると、辺りには再び静寂が立ち込める。

 しかし、このアナウンスが僕らに与える精神への影響は中々に大きい。まずは試合の残り時間が思いのほか少ないという事が確認できた。現在の生存者数はアナウンスからでは判断できなかったが、八人以上の生徒が残った際の事を考えると、僕らはこのタイミングで遂に判断を迫られる。

 これから僕らが取れる選択しは大きく二つ。一つは、積極的に敵を撃破しに行く方法。これは単純に人数を減らす事につながる為、試合時間が尽きる前に勝負が終わる事も想定できる。また、もしも試合終了後に多くの生徒が残っていたとしても、敵を撃破していれば勝ち残れる為、どちらに転んでも利点が多い。しかし、それに伴うリスクもデカい。この状況、誰もが敵の撃破を狙っている状況において、静まり返った場内での発砲音は致命的すぎる。弾切れになった参加者に、他の生徒が飛びつくのは想像に難くないからだ。

 そしてもう一つの選択肢。それは停滞。これは前者とは違い発砲音のリスクは無い。ただし、試合が終わった時点で人数がオーバーしていた場合、ただ身を潜めて生き残っただけの生徒が審査で勝ち残るのは難しいだろう。

 どちらも一長一短。僕にとって少しでも可能性が高いのはどっちだ。考え込むこと数十秒、僕はあれこれ可能性を考慮した上で、考え抜いた一つの答えを出す。


 僕の選んだ答えは……「停滞」。


 僕は自ら敵を打ち取りにはいかない。発砲音のリスクもあるが、一番大きい理由としては魔砲を隠し通す為だ。僕がここで魔砲を晒せば、この後の選考で勝ち残る可能性も捨ててしまいかねない。選抜枠を狙っている腕に自信ありの生徒達相手では、僕の魔砲の能力も、射撃の技術も、どちらをとっても脆弱すぎる。

 僕が他の参加者達と渡り合うために必要なモノ、それは策とハッタリだ。決して強くない僕は、弱みを見せてはならない。弱いからこそ僕は、強気で居なければならない。そうでなければ、敵の引き金が軽くなってしまう。

 試合終了まで隠れ通す事を決めた僕の耳に、不意に一つの足音が飛び込んでくる。トンットンッと一歩ずつこちらに迫って来る足音に意識を集中しながら、僕は腰に付けた魔砲を引き抜いてそっと握り込む。


 八十メートル、七十五メートル、七十メートル。


 刻一刻と縮まっていく敵との距離に、僕の鼓動がどんどん早くなる。結局、運の悪い事に停滞を選んだ僕も、戦闘を余儀なくされてしまいそうだ。こちらの存在がバレていない今なら、奇襲で主導権を握れるかもしれない。しかし、やはり敵の魔砲が不明なまま戦うのは気が進まない。

 勝てる保証もないのに挑むくらいならば、このまま身を潜めて敵が去って行くのを待つという選択肢も無くは無い。むしろそれが一番僕らしいのでは無いだろうか。

 

 その後、しばらく様子を見るも敵が中々にこの区画を離れない。前回のアナウンスからそろそろ三分が経つ頃だろうか。まだ試合終了のアナウンスが流れないところを見るに、人数を絞り切れていないという事か。

 こちらの居場所については、まだ敵に気付かれていないだろう。だがこのまま試合が終わってしまうと残り枠が審査によって決まってしまう。

 ならば、結局のところこうなってしまうのか。僕は魔砲を握り込んだまま静かに深呼吸をする。一撃で仕留めなければ、今度はこちらが狩られる。

 数回の深呼吸の後、息を止めてバッとコンテナの陰から姿を現し、敵に向かって魔砲を構える。敵がこちらの存在に気付いた瞬間。


パァン!!


 僕が発した大きな発砲音が張り詰めた静寂をぶち破る。おそらく他の区画、近くに居た他の参加者達にも居場所が割れたのは間違いない。しかし、問題はそこではなかった。


 我ながら信じがたい事に、弾丸は不覚にも敵に命中しなかった。


 虚空を打ち抜いた銃弾が、そのまままっすぐに壁面に当たる。直後、頭が真っ白になった僕に、敵の銃口が向けられた。

 これは不味い。僕は咄嗟に身の危険を感じ取り、再び遮蔽物に身を隠しながら後退する。一体どうすればいい。あと何十秒で試合は終わる。危機的状況でいろんな事が頭をめぐる。

 そもそも、この場面で魔砲を外すなんて……。自分の未熟さが憎くて仕方ない。無力さが歯がゆい。

 敵の足音が距離を詰めてきて、どんどんと区画の隅に追いやられてしまう。万事休す、いよいよもって成す術が無いかもしれない。時間切れを祈るも、無慈悲にもその瞬間は訪れない。

 早く、まだか、まだなのか。今か今かと試合終了のアナウンスを待つ僕の頭に、一瞬何故かうさぎの顔が思い浮かんだ。

 

 僕は一体何を……、そうだ。これじゃいけない。これじゃあダメなんだ!


 何を弱気になっているんだ僕は。時間切れになっても勝ち残れる可能性は限りなく低い。ならば、勝つしかないんだ。どんなに絶望的な状況でも、残りがたった数秒でも、ギリギリまで足掻いてやる。

 気持ちが前向きになったせいだろうか。僕の頭に一つの案が降って来た。それが上手くいくかなんて吟味している時間は無い。もう選択肢なんて無いんだ。魔砲を握り込む手に力がこもるのが自分でも分かる。僕は魔砲を晒すのが怖いのか。だからとて、温存するのと使えないのとでは全く違う。

 自分の全力を使っても勝てないという事が、手の内を残して負ける事よりもかっこ悪い事なのか。そんなに見栄えが重要か。敗北を悪とするなら、敗北をしない方法は勝負をしない事。勝利を正とするならば、勝利する唯一の方法は敗北を恐れない事だ。負けない事と勝つことは同義じゃない。今、僕は勝つために戦うんだ。


 パァン、パァン、パァン………


 天井に銃口を向け、何発も、何発も、何発も繰り返し祈るように引き金を引く。弾の出ない魔砲が、繰り返し空砲を打ち鳴らす。どんなに見苦しくても、どんなに滑稽でももう構わない。チンケなプライドは今は必要ない。

 

 そして、繰り返し続けた悪足掻きが、奇跡的に実を結ぶ。


 何度も繰り返し鳴り響いた発砲音が、周囲の生徒たちを一斉に引き寄せて大乱戦を引き起こす。

それからは驚く事に、ほんの数秒だった。無数の銃声と金属音、被弾した生徒が倒れ伏す音が、さっきまでの静寂を嘘のように塗りつぶす。

 さらに、勝負は意外な形で決着を着ける。


 「はい、それまで! 予選バトルロワイヤル終了!!」


 教員のアナウンスが場内に行き届く。その瞬間、最後まで立ち続けていた者たちの勝ち抜きが決定した。そして、その中には僕も含まれていた。僕は奇跡的に生き残る事に成功したのだ。

 だが、むしろそれ以上に予想外だったのは、生き残った面々。いや、正確にはその人数だった。


 「ただいまの予選の結果。撃破数一位、紫銅閃(しどうひかる)。撃破数二位、飛鳥虎太郎(あすかこたろう)。撃破数三位、皇刻成(すめらぎときなり)。そして撃破数四位、一角暮人。以上の四人を予選通過とします」


 アナウンスが撃破数順に勝ち抜いた生徒の名前を読み上げる。が、読み上げられた生徒は全部で四人。

 そう、この選抜予選。最後のその瞬間まで立っていたのは、僕を含めてたった四人だけ。本来であれば八人残る筈のところ、その半数の四人しか通貨出来て居ない。誰がこんな結果を予想しただろう。


 「続いて、残り予選通過枠が四つ空いています。ですが試合終了直前、飛鳥虎太郎、紫銅閃の二名によって、ほぼ同時に十人の生徒が戦闘不能になった為、特例として既に挙げた上位四名を仮選抜選手とします」


 淡々と結果を発表するアナウンスは、さらに続ける。


 「ですがまだ確定ではありません、通過者の中に、撃破数ゼロでありながら通過している生徒も残っています。したがって、次のトーナメントでは四人中一人の補欠選手を決めると共に、教師陣の審査によって通過者皆さんの代表選手としての適性を図らせていただきます、適正なしと判断された選手は選抜枠から外れ、後日再び空いた枠を埋める予選を行います。審査ではトーナメントの勝敗は重視しませんので、勿論現状の四人がそのまま全員選抜選手となる事もあります」


 アナウンスが一通り説明を終えると。長時間にも感じた予選が遂に幕を閉じた。

僕は、ふっと息を吐いたつもりが、全身から力が抜けて床に倒れ込む。然程動いては居ないが、この予選、思って居た以上に疲労した。

 とはいえ、まだ予選を通過しただけ。問題は次だ。アナウンスを聞くに、撃破数ゼロのまま通過した僕を、次の選考でふるいに掛ける様だ。おそらく、今回の結果も踏まえ飛鳥先輩、それにあのコートの男、紫銅閃が適正無しと審査されることは無いだろう。つまりこのルール、明らかに四人の中で僕を審査するための特例ルール。

 学園の名を背負う選抜選手を決めるのに、撃破数ゼロのうえ隠れていただけの生徒が運良く残ってしまったのだ。こうなっても仕方ないと自分でも分かっている。次の選考では勝敗よりも、僕が選抜選手足りえると教師陣に判断されるかどうか、それだけが問題だ。

 正直僕は補欠かどうかには拘っていない。残りの三人が既に、ほぼ選抜選手確定となっているならば、最後の一枠に滑り込めるかは僕自身との闘いだ。


 「これでやっとスタートライン、本番はこっからか」


 思わず独り言が出てしまう。ともかく今は、予選の通過を素直に喜ぶとしよう。僕は中継にバレないよう、密かに小さくガッツポーズをした。

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