第15話 日常編 倉島うさぎの冷戦Ⅱ


 「ねぇねぇ、みんなはさー」


 僕らアンノウンは、いつも決まってラウンジで昼食を取る。これは、そんなとある日の昼休みのひと時。

今日も変わらず、仲間で昼食を囲んでいると、東雲さんが唐突に口を開く。


 「もしも、無人島に何か一つ持っていけるとしたらー、何を持っていく?」


 「急になんですか」


 いきなりの東雲さんの問いに対して、うさぎが反応する。


 「よくそういう質問あるでしょー? みんなは何を持っていくのかなーって。ねぇ、一角くんだったら?」


 急に僕に会話が振られてくる。確かにこの手の質問はよく聞くが、それ故にいつ誰に聞いても返って来る答えは何パターンかに固まってしまっているような気がする。

 かくいう僕も、あちこちで言うような模範解答しか思いつかないし、何よりその回答に納得してしまっている。


 「僕はそうだな、ナイフとか?」


 自分で言って置いて、我ながらつまらない模範解答だと思う。仮に、実際にそんな状況でナイフがたった一本手元にあったところで、僕にはそれを生かして、あれこれ出来るサバイバルスキルは無い。ただ、よく聞く回答を自分の意見のように発信しただけだ。


 「コウヘイはどう思う?」


 「ボ、ボク? ボクなら……、水のろ過装置とか植物図鑑とかかな? 飲み水や食料の確保が大切だろうからね。もしボク以外にも誰かが島に居たら、分け合えるし、食料不足で争いが起こるのも防げるしね」


 「なるほどなぁ」


 耕平の意見はもっともだ。飲み水や食料の確保は、サバイバルの中で最優先事項だ。この問いにはそもそも、どれだけの期間滞在するかが決まっていない以上、消耗品よりも長く使えるものが良いというのも頷ける。


 「ボクの答えなんかよりも、言い出しっぺの東雲さんは?」


 「あたしー?」


 耕平が東雲さんに話を振り、最初にこの話題を始めた東雲さんの元に戻って来る。


 「そんなの決まってるよ。水上バイクでしょ! それがダメなら救命胴衣でも着て泳いで脱出するよー」


 「いやいや、それは難しいんじゃないかな?」


 「えー、ていうかそもそも加賀見くんは、そんな時まで他人の事考えてるなんてバカなのー? まずは自分がその島から脱出するのが最優先でしょー?」


 東雲さんと耕平の意見が割れる。僕としてはどちらの言い分もわからなくもない。東雲さんの言う救命胴衣なら空気が入っている訳でもないし、欠損しなければずっと浮いて居られる。しかし、泳いで島から脱出というのはいささか楽観的ではある。

 とはいえ、この問いは周囲の状況や滞在期間の仮定もないから、食料確保にせよ脱出手段にせよ間違いではない。

 というかそれ以前に、この問いは明確な答えなんてない。大体、何か一つ物を持ち込んだくらいで、無人島生活が出来るなんて考えている人間がどれだけいるのだろうか。つまるところこの問いは正解を出す為の質問ではなく、その人の価値感を図る為の問いに過ぎない。

 そういった面から言えば、僕のようにどこかで聞いたそれっぽい答えを返すのはとてもつまらない人間だとも言える。


 「本当にあなたたちは……」


 言い争う耕平と東雲さんを見て、うさぎが呆れたように呟く。

 こうも意見が割れると、少しうさぎの答えも気になってきた。うさぎは現実的な思考をするタイプだろうから、やはり耕平と似た様な物が答えになるのかもしれねい。


 「じゃあ、うさぎちゃんは?」


 「そんなの決まってます」


 東雲さんから会話を振られたうさぎは、自信ありげに返す。

 あの顔は相当自信があるようだ。一体うさぎの答えはなんだ。三人がしばし息をのみ、うさぎの言葉を待つ。


 「魔砲です。他に何があるんですか。魔砲があったら狩りも出来ますし、何より自決が出来ます」


 「じ、自決?! そ、それはともかく弾はー? 狩りなんて言ったって弾が無いじゃん!」


 「再装填(リロード)しますよ? 私の場合、学園外なら魔力が尽きない限り何度でも装填できますから」


 うさぎは自慢げに言い放つ。対して僕ら三人は予想外の答えにあっけにとられる。

 確かに、うさぎなら再装填(リロード)がある以上弾丸の心配は無い。いや、しかし、そうじゃない。そう、これは、そういう事じゃない。これはあまりにも、その、ずるい。そう思わずにはいられない。何故ならそれは、うさぎにしか当てはまらない話で、誰も彼もに言える答えじゃない。


 「ずるい! そんなのずるだよー! 能力禁止―!」


 「えーっと、ボクもそれはちょっと無しだと思うなぁ」


 東雲さんと耕平がうさぎの答えを却下する。するとうさぎは「仕方ないですね」と言葉を漏らし、違う答えを考える。ほんの少し考えた末、うさぎは口を開いた。


 「そうですね。ではライターという事で」


 「お! 意外にも随分ありきたりな答えが出てきたな。僕もそれなら良いと思うな」


 「はい。やはり私や暮人の言った、ライターやナイフは良く言われますが、それだけいろんな用途があって便利ですからね」


 僕は内心、少しだけうさぎの答えを聞いて安心していた。僕だけが捻りの無い答えで、周りがそれぞれ自分らしい個性的な回答をするからだ。しかし、ライターはナイフの次に良く聞く答えだ。火種が無いと困ることは数えきれないほど多い。勿論、ライターなどが無くても火を起こすことは出来るが、素人が何の練習も無くそんなに簡単に火を起こせるはずも無い。


 「えー、ライター? つまんないなー。どうせ、たき火が出来るからとか、取った魚を焼けるからとかそんなのでしょー?」


 東雲さんの言うとおり、ライターがこの手の問いで多いのには、暖をとれたり獲物を焼くことが出来るといった事や、海水を蒸留させて飲み水を作れるなどが良く言われる。

 僕から見れば、さっきの魔砲よりも、ライターの方が現実的でよほどうさぎらしい回答な気がする。


 「もちろん、それもありますが……」


 うさぎは東雲さんの不満を受けて、さらに続けようとする。

他にも何か理由があるのだろうか。何処かで聞いたことのある答えや理由しか思いつかない僕には、これ以上の理由は見当もつかない。


 「狼煙を焚いて救助を待ちます」


 「えー。甘いなーうさぎちゃん。砂浜に草木で文字を作って狼煙を焚いたくらいじゃそうそう発見なんてしてもらえないよ!」


 「あなたこそ何を言っているんですか」


 うさぎは鼻で笑いながら煽って来る東雲さんに対し、真顔のままに言い返す。


 「砂浜に草木をかき集めたくらいで救助隊に気付いてもらえる筈ないじゃないですか。私なら山火事を起こして島中の植物を全部燃やしますけど」


 「…………」


 思わず言葉を失う東雲さん。そのあまりにも予想外の答えには、僕と耕平も流石に唖然として開いた口が塞がらない。

 一瞬は、うさぎも僕と一緒で平凡な答えだと感じていたが、その使用用途は僕の想像の遥か上を行っている。

 これ以上なく救助隊に見つかりやすくなる為、考え方によっては生存率はそれなりに高く、もしかすると現実的かでうさぎらしい答えかもしれない。が、手段の選ばなさが尋常じゃない。いや、本来その状況に陥った想定なら手段を選んでいる場合ではないのだが、その徹底ぶりはもはや清々しい。


 「みなさん、どうしたんですか?」


 「そ、そんな事したって結局は他人頼みじゃん! 見つけてもらえないかもしれないし! 死んじゃうかもしれない状況で他人頼みなんてバカのする事だよー!」


 「馬鹿? 泳いで帰ろうとする人に言われたくないですね。大体、私の案で助からないならあなたの方でも助からないと思います」


 「他人頼みより自分で行動すべきでしょー」


 うさぎと東雲さんの意見が衝突する。四人も居るにも関わらず、意外にも誰一人被らず個性的な回答が集まってしまった。とはいえ、僕は別にどれが正しいとか、どれが間違っているとかそんな事はどうでも良いと思っている。

 耕平も見ている限り、基本的に他の人の意見を否定するような感じでもない。

 しかし、問題は残りの二人だ。この二人はいつも熱くなると止まらなくなる。白黒はっきりさせないと気が済まないのか、何か意見が割れるといつも言い合っている気がする。仲が悪い、というのとは少し違うだろうが、根本的に価値観がずれているのだろう。


 「もう! うさぎちゃんには何を言ってもわからないみたいだね」


 「それはこっちのセリフです。全く……、暮人はどっちが正しいと思いますか? もちろん私ですよね?」


 思わぬ火の粉が飛び掛かって来る。


 「一角くん!」


 「暮人!」


 二人の視線が僕に集まる。僕は目線を逸らし、耕平に助けを求めるようにアイコンタクトを送るが、耕平もまた申し訳なさそうに僕から目を逸らす。

 一体どうすれば良い、どう答えれば。もはやこの問いには正解なんてない。それどころかこれはライターか救命胴衣、受動的か能動的かなどの問いじゃない。要約するにこの水掛け論、どちらの側に着くかという問いでしかなく、うさぎか東雲さんの二択でしかない。

 結論から言えばどちらを答えても選ばれなかった側からの猛抗議は必至。退路の無い地雷原だ。それでも何も答えを出さない事が唯一の不正解である事は間違いない。


 「え、えーっと、僕はコウヘイの意見に一票って事で……」


 明らかに茶を濁した形になってしまった。


 「はぁ、そうですか、仕方ないですね。しかしやはり、あなたとは合わないみたいです」


 「ふんっ! こっちのセリフだよ。うさぎちゃんてば無駄に頑固なんだから」


 「頑固なのはあなたの方です」


 「ま、まぁまぁ二人ともその辺に……」


 耕平が仲裁に入るが、時既に遅し。


 「「加賀見くん(さん)は黙ってて(下さい)」」


 ヒートアップしきった二人に一蹴される耕平。僕と耕平は思わず顔を見合わせて苦笑いする他ない。別にこういった事は僕らアンノウンの中では珍しい事じゃない。大抵の場合、明日にもなれば二人ともすっかり元通りになっている。要するに日常茶飯事ってこと。

 そう、つまるところ、倉島うさぎの冷戦は未だ終わらない。

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