7月2日は燃えている

「俺の親、公務員なんすよ」

「へえー。そうなんだ。どういう場所で働いてんの?」

「いわゆる官僚ってやつなんすけど…。おかげで俺も別に、生活に困ったみたいなことはないんすけど、すっげえ心配性っていうか、何でもちゃんとしろって感じでウルセェ親なんすよ」

「じゃあ、アキラがこんなに勇敢にリスクを取ってるって知ったら、ひっくり返るんじゃないかな。飛んでくるかな?」

「そうっすねえ。でも俺、嫌なんすよ。もう一人暮らししてんのに、金は出すからちゃんとしろってすっげぇ言ってきて」

「ああ…。わかるよ。金は出すからっていう親、いるよなあ……」

 野原はしみじみとそう言いながら、嬉しそうに薄っすらと笑って続けた。

「でもアキラ、アキラには親とは違って、リスクを味方につける才能と勇気があるよな。今回のレポート見て、俺も実はちょっとびっくりしたんだよ。アキラが今まで頑張って投資してきた成果がすごく出て来てるよな。アキラは損が続いた時も、絶対負けなかったもんな。アキラには稼ぐ人のオーラがある。若い頃の俺と一緒だと思う」

「ははは」ARは笑った。「全部野原さんのおかげっすよ! それに稼いでるって言ってもまだ…。あ、もちろん正直めちゃくちゃ嬉しいですけど、でもこんなもんで終わりにしたくないんで。俺は絶対、野原さんみたいに六本木に住んで、ボルボもベンツも買って、正月は海外で過ごすようになるんで! それまで絶対、この投資やめるつもり無いんで!」

「そうだよ、アキラ。ずっと言ってるけどさ、投資はずっと続けていかなきゃ意味がないんだ。勝った負けたで止めちゃだめなんだ。もうアキラにはわかってると思うけど……。勝ったと思って金を引き出すと、手数料がかかる仕組みになってるし、引き出した後もっと殖えるかもしれない。機会損失だよ。金はずっと投資に回し続けて、やし続けて育てていくもんだからさ。アキラは絶対、俺になるまで、止めちゃだめだからな」

「はい! すっげえわかってきてます!」

 ARはその日も追加の1万円を出し、よくわからない赤ワインを高級だと言われて飲まされた。機嫌良く飲んだところで野原の「昔貧乏で悔しい思いをした話」をまことしやかに聞かされて…。いや、そこは真実八割なんだろう。すげえ尊敬してるっすを連発してから、「後輩が興味あるって言ってるんですけど」を何度か小さく繰り出した。

 野原は慎重だった。

「そう? でもアキラにも話したとおり、これだけ安い手数料で運用してるっていうのは特別枠だからさ。多分大丈夫だと思うけど、良くしてくれてる香港の銀行の頭取に説明しとかなきゃな。その友達って、ひとり?」

 ARは言いにくそうに、一度黙ってみせた。

「あ、そうっすよね。何か、すんません。俺ちょっと調子乗ってたかも。野原さんも忙しいと思うんで、無理なら断ってもらっていいんすけど、こないだの飲み会でもう今6人くらい来たいって言ってるやつらがいる感じです。でもやっぱ無理っすかね。本気で集めたら20人くらいいっちゃうんで」

「20人?」野原は大袈裟に驚いた。「さすがに20人もやったことないからな…。頭取が何ていうかな。特別な手数料率だからさ…」

「ですよね。いや、すんません、最近ちゃんとえてきてるし、俺が調子に乗ってました」

「いや、いや、いいよ、いいよ。アキラは本当に稼ぎ始めてるし、才能あると思うしさ。友達も最初は損するかもしれないけどさ、アキラの頑張ってきた成功体験とかアドバイスとかで、だんだん儲かっていくかもしれないし……。そうだな、俺ははアキラみたいに全員のことチェックできないかもしれないけど、みんなでアキラと一緒に投資するって形なら、アキラがレポートチェックしてあげればいいと思うし、うん、出来るかもな」

「いけますか? 俺、ちゃんと最初から儲かることはないって、すっげえ言っときますから、その辺は大丈夫っす。俺の友達なんで、俺がちゃんと言っとくんで!」

「うーん。そうだな、アキラの頼みだし、頭取に相談しとくよ。どうなるかわかったら連絡するからさ」


「勿体ぶった頭取出て来たな」ARは右耳に入れたワイヤレスイヤホンの向こうで聞こえる、カタカタというキーボードの音を聞きながら、くっくっと小さく笑った。「集めるのは10月10日。野原はチキンハートだからほんの数日後には行くと思う」

「じゃ、やりますか」

 ARは頷いた。

「債権回収だ」

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