身内

 マカは足音高く、とあるビルの廊下を歩いていた。

 オフィス事務所に入ると、スーツ姿の社員達がマカを見て、笑顔で頭を下げる。

「あら、お嬢様」

「マカさん、お久し振りです」

「社長なら私室の方で休憩中ですよ」

「すまんな。ちょっと借りるぞ」

 奥の社長室をノックも無しに明けて、そしてそのまた奥の扉も開け放つ。

「マサキっ!」

 文字通り怒鳴り込むと、中にいた中年の男性が眼を丸くした。

「マカ…。会社に怒鳴り込んでくるとはどうしたんだい? お小遣いが欲しくなった?」

 部屋の中心のベッドに寝転び、テレビを見ていたマサキはあくまでも笑顔。

 だがマカは殺気立っている。

 どかどか中に進み、首を掴んだ。

「言えっ! どこのバカ女に言われて、あんなモノを作らせた?」

「バカ女? モノって何?」

 きょとんとしているマサキの首を、力の限り握り締めた。

「あはは、苦しいよマカ。激しい親子愛だね」

「黙れっ! お前と血のつながりがあると思うだけで身の毛がよだつわっ!」

「まあまあ。それよりちゃんと話してみてよ。全然分からないんだから」

 ぴたっとマカの動きが止まった。

 二人の面影は良く似ていた。

 それもそのはず、マカとマサキは実の父と娘。

 そして店主はマサキの兄の長男になる。

「…死者をよみがえらせる人形を作らせただろ? 誰に言われてそんなモノを作らせた?」

 マカは低い声で、短く問い掛けた。

 マサキはしばし「う~ん…」と唸りながら考え、「ああ」と思い出した。

「例の人形か…」

 口の中で呟き、ふと真剣な表情になる。

「やっぱり貴様が元凶か」

「マカ、将来私立探偵にでもなったら? 向いていると思うよ」

「嫌味な進言だな。私の将来はすでに決まっている」

 苦笑し、マサキはマカの腕を軽く叩いた。

「言い訳、聞いてくれると嬉しいな」

「このふざけた状況を打破するヒントをくれるのならな」

 渋い顔で言いつつ、マカはベッドからおりた。

「打破、ねぇ…」

 マサキは首を撫でながらベッドをおりる。そしてソファとテーブルのセットの所へ移動した。

「何か飲むかい?」

「オレンジティーとケーキ。イチゴとレアチーズ」

「はいはい」

 室内の電話を使い、マサキは言われた通りのものとコーヒーを注文した。

 数分後、秘書の一人が注文のものを持ってきた。

「お待たせしました、お嬢様。イチゴのショートケーキとブルーベリーのレアチーズケーキでよろしかったでしょうか?」

「ああ、すまんな」

 落ち着いたカンジの女性秘書はにっこり微笑み、テーブルに注文の品を置き、静かに出て行った。

 するとマカの眼が鋭く光り、低く呟いた。

「…読心能力か」

「うん、彼女の能力には随分助けられているよ」

 2人は特にタイミングを合わせたワケでもないのに、お茶をはじめた。

 そしてマカが半分ほどショートケーキを食べたところで、言葉を発した。

「…それで、誰なんだ? 依頼者は」

「うん…。そうだねぇ」

 言い辛そうに、マサキは苦笑した。

「そしてその目的も、だ。何の為に普通の人間に悪影響を及ぼすモノを作らせた?」

マカの心底暗い声に、マサキは苦笑を深くした。

「作らせた人は………キミの母親だよ」

「なっ…!」

マカの顔色が一気に白くなった。

「何っ…バカなことをっ…! そもそもっ、母様はあの部屋から出られないんじゃないのかっ!」

テーブルを叩いて立ち上がったマカは、まだ信じられないと言った顔をしている。

「確かにカノンはあの部屋からは出られない。だから僕が頼んだんだよ」

「っ! ふざけるなっ! 私は一族の次期当主の身なんだぞっ! その地位を捨てさせるつもりかっ!」

「そんなつもりはないよ。現に父…いや、当主には許しを貰っている」

「何を考えているんだ! あのクソジジイっ!」

「まあ…カノンのあの状況を知っているからだろうけど…」

「ああなったのは他でもない。ジジイのせいだろ。生まれたばかりの私を、母から無理やり引き離し、当主の英才教育を受けさせたんだからな」

「うん…。それにマノンのこともあるから」

 ぽつりと呟いたマサキの言葉に、マカの体が強張った。

 カノンとはマカの実母。

 そしてマノンとは―マカの双子の弟だった。

 だったという過去系を使うのには理由がある。

 すでにこの世にはいないからだ。

 マカと共に母の胎内から生まれ出たマノンの体はすでに、冷たくなっていた。

 なのに現当主こと、マカの祖父は次期当主の教育の為と言い、カノンの手からマカを取り上げたのだ。

 そのせいでカノンは精神に異常をきたし、おかしくなってしまった。

 彼女は今、一族の本家の奥深くに閉じ込められている。

 閉じ込められていると言っても、普通の生活を送っているだけだ。

 ただ、外の世界には一切関わっていないが。

 マカは年に数回しか実母に合っていない。

 元より一族の教育係りに育てられていたせいで、両親とも遠縁になってしまっていた。

 それに…カノンは会いに行くと、まるでそこにマノンがいるように会話をしてくる。

 マカのことは分かっている。

 けれどマノンがまるで生きてそこにいるように話をするのだ。

 なのでマカは実母を苦手としていた。

 マサキとは月に何度か会うか、カノンとは年々減っていた。

 そのカノンがマサキに頼んで、あの人形を作らせた。

 ならばその最終目的は―。

「…まさか、マノンを生き返らせるつもりか?」

「ご名答」

 マサキはあっさりと認めた。

 だがマカの表情は複雑に歪んだままだった。

「…それを当主が本当に認めたのか?」

「『出来るなら』、良いってさ」

 マサキは深く息を吐いた。

「『出来るなら』って…もう出来ないだろう? この件には私が絡んでしまった」

 そう言ってふと気付いた。

 店主はきっと、このことを知っていたに違いない。

 けれどあえて言わなかったのは、きっとマカを思ってのことだろう。


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