1-3 調査開始

「――で、この付近に女が立っていたと」

「ああ、証言を重ねるとそうらしい。残留思念体RPM反応もその辺だった」

「……この辺、その辺。……随分と曖昧ですね」

 右も左もわからないまま半ば押し込められるようにして乗り込んだロゴ入り専用車で二時間程。片側三車線の内の二つがオレンジのコーンと黄色いテープでふさがれた事故現場。

「車と道路に被害は出たが、幸い大きな怪我をした人間もいない。事故にしろいたずらにしろ、報告書は早く提出してくれよ」

「我々の調査と報告は正確さ重んじます」

 到着するや否や地元警察と睨み合いを始めた古川サチコ捜査官の姿を横目に、本日出勤初日の新人が自分の背中と同じフォントで『NADDs』と書かれたバンの後部にジャンパーの上半身を突っ込んでいると。

「あー、あれはご機嫌斜めだね、サチコさん」

 などと大き目の独り言をつぶやいた制服姿の美人さんが、ドカッと車に寄り掛かってきた。

 ロゴ入りの紺色ジャンパーに、同じくロゴ入りの野球帽とポニーテール。オフィスで見かけた時はモデルみたいな服を着ていた彼女でも、現場ではこの制服を着る事がルールのようだ。

「ほら、あのおかっぱ眼鏡のちっこい人ね、古川さち子さん。ああやって眼鏡の横を触ってるのはイライラしてる証拠なの」

「……はあ、そうなんですね」

 やや強面な美女のが示した眼鏡の捜査官を振り返りながら、新人は両肩に釣りにでも使いそうな大きなボックスを掛けて立ち上がった。

「うん、そーなの。瀬戸君だっけ? キミも気を付けた方が良いよ。そうやってモタモタしてるとすぐ怒るから、サチコさん」

 帽子の下でニヤッと笑ういたずらっぽい瞳に、どうしたもんかと髪を掻いて。

「……ええと……瀬戸波瀬戸波です。瀬戸波、千春です」

「……あ、はい。知って、ます。車で、聞きました」

 わざとらしく暗い顔と低い声で帽子の頭を掻きながら言った彼女は、さすがに少しばかりムッとした千春の目を見つめながら。

「瀬戸波、千春、です。二十一歳……おにぎり、好き」

 などと、何が楽しいのか分からないけど妙に楽しげな物真似の続きを披露して。

「あはは! 今の似てね? 似てるっしょ? ねぇねえ、『……二十、一歳……です』って!」

 ちょっぴり性格がきつそうに見える顔を人懐っこい笑みで一杯にしてペシペシと腕を叩いてきたかと思ったら、次の瞬間にはくるりと探る様な瞳になって。

「ふふーん。で、二十一ってことは大学行ってないんだよね? で、卒業してすぐ養成所アカデミーに行ってたら十九か二十歳じゃん? 何してたの、一年?」

 黒のパンツスーツに包まれた足の長さを見せつける様に後部ハッチの枠に寄り掛かった彼女の問いかけに千春は思わず髪を掻こうとして、気づいて、やめて。

「……ええと……そもそも、高校に入ったのが、一年、遅くて――」

「? そうなの? あ、じゃあ引きこもりだ!」

 『じゃあ』から導き出された結論に困惑する青年に、マスカラばっちりの若い女は訳知り顔で笑いながら。

「はっはー! 良いって良いって、気にすんな! ちなみに私は宮下捜査官ね。ナッズが誇る天才美人捜査官・宮下エリー先輩ね。頼りにしていいわよ、新入り君」

「……よろしく、お願いします」

 得意気な顔でピースとウインクをくれた美女に、瀬戸波準捜査官がよろしく差し上げていると。

「何してるの宮下! さっさと検査して!!」

 交通整理の笛の音と車のエンジン音を吹き飛ばすような古川捜査官の呼び声に、エリーはふふんと笑いながら。

「ほ~ら、セッティーがもたもたしてるからぁ」

「……瀬戸波、です」

「はいはい、どーでもいいからダッシュダッシュ!」

 ドンッと背中を押される様にして、両肩一杯に荷物をぶら下げた千春は走り出した。


「――だがしかし! 宮下捜査官は見逃さなかったってわけ。何だと思う? 実はその倉庫には隠し部屋があったのよ! ふっふっふー。で、その扉をバーンってあけて、奴らの背中に――」

「み~や~し~た~」

 ビルの無い広い青空の下、幽霊女がいた辺りの道路にモップの様な機材を向けながらの『世界一美少女の事件簿』の中でついに犯罪グループの尻尾を掴んだ宮下エリーは、今まさに背後に迫っていた危機に背筋を凍らせた。

「……自慢話より、実際の捜査を見せるべきだと思いませんか?」

「えへへ、さすがサチコさん、一理あるぅ~。でもほら、現場検証って地味ですし。飽きちゃうじゃないですか~」

「成果が出れば飽きる事はありません」

 黒縁丸眼鏡をスチャリとやった小柄な先輩に睨まれると、エリーは分かりやすく下唇を突き出しながら。

「はぁーい。いちおーRPM反応を調べてみた所、反応が濃いのはここでした」

 持っててとばかりに千春に機材を押し付けた彼女は、白線のやや中央寄りに置いた『4』と書かれた黄色いボードの隣にしゃがみ込みながら。

「発動域は多分この半径七十センチ位の円で、そこから同心円状に反応が検出されました。警察によると、発生点ポイントは三十メートル以内には見つけられなかったそうです。新入り君、サチコさんに写真見せて」

「……これを、ですか?」

 先ほど自分が道路の上に置いてきた黄色い証拠ボードを次々と指差すエリーに促された千春は、胸にかけていたカメラと真面目な古川さんを恐る恐る見比べる。

「あーもう、いいから渡すの!」

 ぶんどられる形で古川捜査官の手に渡ったカメラには、エリーにいわれるがままに撮った特殊な薬品に反応して青白く光る円の姿や計測装置が示した数字やらの写真が収められている。

「で、この発動域っぽい中心の円からギリ検出できた一番外までの七個の円の全部で、それぞれ石とかゴミとかちゃーんと証拠品袋に入れときましたー、えらーい。ね、セッティー?」

「あ、はい! ここに……」

 彼女曰く『大事な物入れ』の中から証拠品を取出そうとした千春の首が、突然グイッと引っ張られて。

「……ちゃんと?」

 体格に見合わない腕力で眼鏡のレンズがぶつかる位に引き寄せられた千春は、苦笑いでサチコの手の中にあるカメラのモニタに目を移す。

「証拠と自撮りをかますのが、あなた達の『ちゃんと』で良いのですね?」

 ちょっと手を伸ばして斜め上から『黄色い5番』と映る野球帽の美女だとか、黄色の7番の隣で横向きにちょこんと座りつつ、両頬に手を当ててこっちを見ている美人捜査官だとか。

「それは……宮下さんが……撮れ、と」

「二人で作ったハートの中に『3番』がある写真も?」

「……すみません」

「えへへ。可愛いっしょ? 見て見て、最初の方には我らがセッティーの初現場記念も~」

「……申し訳ありませ……ぬっ……!?」

 謝罪の途中でぐいっと襟首をつかまれた千春は、小柄な上司の肩に顔面を引き寄せられる。そして。

「わかっているでしょう? あなたは宮下とは違うのよ」

 ぼそりと耳元でささやかれた声と鋼鉄の視線で浮足立っていた心をへし折られ、『……気を付けます』と返した初出勤の日。空は良く晴れていた。

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