1-7

「快人坊ちゃま。手荒な真似をして、誠に申し訳御座いませんでした。改めてお詫び申し上げます。それから……茅野様には、坊ちゃまが崇人様に呼ばれたのだと伝えておきます」

 車に乗せられた直後、黒スーツの一人が僕に詫びた。ちなみに、僕は後部座席の真ん中に座らされ、その両端には僕を締め上げた二人が乗り、残りの一人が運転をしていた。

「……ありがとうございます」

 僕はそれだけ言う。彼らは父のボディーガードらしい。それからしばし無言。車が高速道路に入った時、僕はその三人に聞いた。

「会社まで、どの位掛かりますか?」

「二時間弱で着く予定です。何か不都合なことでも、御座いますか?」

「いえ……時間が聞きたかっただけです」

「そうでしたか。何か御座いましたら、何でも仰ってください」

 どこまでも事務的に黒スーツは言う。

「じゃあ、今から喫茶店に戻ってください」

「それはいけません。崇人様から言われておりますので」

 即答する。やはりダメか。それから会社に着くまで、ずっと沈黙をしていた。


「……で、快人。何をそんなに怒っているんだ?」

 社長室に入ってソファに腰を落ち着けるなりすぐに、父はにやにやとした嫌な笑いを浮かべて言った。

「わかって聞いてるんだろ?急にあんなふうに拉致されて、怒らない奴がいると思うか?」

「いや、いないな」

 即答する父。そして続ける。

「でも、知りたいだろう?善意会のことを」

 僕は頷いた。丁度さっきそんな話をしたばかりだ。

「だろう?」

 と父は満足そうに笑う。

「よし、善意会のことを話そう。もちろん、怪盗のこともな。

 善意会は、快人の産まれる前、二十年くらい前だな……その頃に私が立ち上げた会だ。年数的には若い会だが、全国に拠点がある。

 活動についてはこの前言った通りだ。

 だが、さらに補足すると……まず依頼者が、私たち善意会の元へ依頼する。まあ、依頼方法は色々あるが。私たちはその依頼者の相談を聞き、依頼者が取り戻したがっている美術品が本当に本人の所有していた物だったかを調べるんだ。本人の物じゃなければ、犯罪だからな。それが確認できたら、依頼料の交渉をする。タダだと逆に不信感を抱かれてしまうからな。そこまでばかげた金額を払ってもらうわけではない。学生が数か月稼いだくらいで充分だ。それから、会員が今の所有者の所へ行き、返して頂けないかと交渉する。交渉が成立すれば、それ相応の金と交換だ」

 僕はふと疑問を持ち、父に聞いた。

「それ相応の金と一緒にお礼の品を贈る……とか言っていたよな?」

「ああ。善意会の雇い画家である、ひいらぎ千景ちかげが一点物の絵を贈ってくれる」

「え!柊千景って、あの柊千景か?」

 僕は驚いて、席を立つ。柊千景とは、現在二十一歳の有名青年画家だ。大学に通いながらも、既にプロとして数多くの作品を制作していて、数々の著名人にもかなりの評価を貰っている。得意は水彩画で、透明感のある作画が主なスタイルだ。

「もちろん、『あの』柊千景だ。そのうち会わせてやろう」

 父は笑って言う。

「それで、もし交渉が上手くいかなかったなら……」

「怪盗の出番、お前の仕事だ」

 にやりと父は笑った。

「僕の……」

「そう。依頼品を盗み出し、依頼者の元へ届けるんだ。後は善意会でなんとかする。

 これが善意会の活動だ。でだ、怪盗についても話そう」

 父が足を組みなおし、話し始めた。

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