第19話 再び都へ

 都へは空を飛んで移動しています。

麻子は知らなかったのですが、マクスも空を飛べるのだそうです。


けれどマクスはまだ身体が本調子ではないため、時々、水辺に降りて休憩をしなければなりませんでした。

高い山から流れてきている豊かな水脈が、麻子たちの喉をうるおしてくれました。


「この水は美味しいですね! なんだか疲れがすぐにとれる気がします」


水を飲んだ後で顔を輝かせてそんなことを言う麻子の頬をマクスは武骨な手で優しく撫でました。


「水滴がついてるぞ。『ビューレの水は癒しのもと』という昔からの言い伝えがあってな、この辺りでは病気になる者も少ないんだ」

「へ、へぇ~、そんな言い伝えがあるんですね」


怖い顔をしているマクスに似合わないこんな優しさが、さっきから麻子をドギマギさせています。

なんかマクスさんじゃないみたい……顔もニヤけてるし。

さっきも……うっ、ゴホンゴホン。こんな時に考えることじゃないよね。


すぐに違う方向に行ってしまう想像を、麻子は何とか立て直しました。

今は都での神事、敵であるウランジュール、そして大切なパルマおばさんたちのことを考えなければなりません。

マクスとのこれからの生活のことなんかは、今回のごたごたが片付いてからのことです。


「よし、力が戻ってきた。もうひとっ飛びするぞ!」


マクスの声に、麻子は頷きました。



◇◇◇



 麻子がソルマンの勤め先であるガラナ商会のことを話すと、その店がどこにあるのかマクスにはすぐにわかったようです。

ガラナ商会は都でも有名な老舗で、手堅い商売をしている店なんだそうです。


麻子が魔導車の話をすると「あの古だぬきが、よくそんな最新式の馬車を買ったもんだ」と言って、マクスは驚いていました。

そこの会長であるラクーンさんはとても古くさい考え方をする人で、まだどんなものともわからないような最新式の馬車などに大金をはたくのは、考えられないことなんだそうです。


ラクーンさんがそんな考えの人だったため、ガラナは長年に渡り、都で一番大きな店だったにかかわらず、今では革新的な商品を扱うニュウル商会に差をつけられてしまい、最近は後塵こうじんはいしているそうです。


都の建物が見えてくると、マクスは飛ぶ高度を上げて人の目につかないようにしていました。

麻子は上空の冷たい風の中で大きな声を出し、マクスに透明になることを提案しました。


「本当にそんなことができるのか?!」

「だから、マクスさんを助けるためにに屋敷に忍び込んだ時もそうしたって言ったじゃないですか!」


どうもマクスは救出劇のことを麻子が大げさに言っていると思っていたようです。


法螺話ほらばなしじゃなかったんだな。それなら俺にもその魔法をかけてくれ」


麻子は自分とマクスを透明にしましたが、この時一つ気づいたことがありました。

自分だけで魔法を使っている時は楽しいだけだったのですが、マクスに魔法をかけると彼の中から反発するような力を感じて、かけ終わった後にごっそりと魔法量を消費してしまった感じがしたのです。

マクスが弱っていなかったら、彼に魔法をかけることはできなかったかもしれません。



透明になったマクスは麻子のことも見えなくなったようなので、麻子が手を繋いで飛んで行くことになりました。

「その角を右だ」

マクスが示してくれる方向に進むと、何日か前、都に出て来た時に見た立派な店構えのガラナ商会が見えてきました。


「よし、陰になったところに降りて、元に戻ろう。麻子、大丈夫か? 他人に魔法をかけるのは辛いだろう」

「ええ、予想よりも魔法量が必要なんですね」

「必要って……そのくらいですむとは、君の魔法量は半端ないな」


呆れ声を出したマクスでしたが、近くに人の気配がしたので、すぐに口を閉じました。



「それじゃあ、明日の神事の準備物を急に頼まれたっていうことか。用意できるのか、アラン?」

「うちの威信にかけても、用意しなきゃならないだろう。旦那様はニュウル商会の嫌がらせだと仰ってるが、私はナサイア一族の内情がゴタゴタしてるんじゃないかと思うんだ」

「ふ~ん、なんでそう思うのさ?」

「今年の神事の準備をニュウル商会に頼んだのはウランジュール家のご当主様だ。でも、さっきお使いに来られたのはそこの傍系になるシガル様の家の人だったんだよ。シガル様がずっと長老をなさっているとはいえ、今までにないことだろ?」

「うん、確かに変だな。」

「とにかく明日、神事が行われる場所まであの魔導車で荷物を運んでもらうことになるから、今日はどこにも行かないでくれよ」

「ああ、わかったよ」


麻子は一人の声に聞き覚えがあったので、物陰からそっと覗いてみたらソルマンでした。

ソルマンを探そうと思っていたので助かりましたい。これでイレーネたちにすぐ会えそうです。

マクスは二人の話を聞いて何か考え込んでいるようでしたが、アランと呼ばれていた人が忙し気な足取りで去って行ったので、麻子はマクスの手を引いてソルマンの前に出ていきました。


「ソルマン! 良かった」

「うわっ!!」


麻子が影から急に現れたので、ソルマンは腰を抜かすほど驚いたようです。ただ横に立っているマクスを見て、納得したような顔になりました。


「やれやれ、これでやっとイレーネが安心するよ。この人があの毛糸の帽子の持ち主なんだろう?」

「ええ。皆に心配かけてごめんなさい。私も急に遠くへ飛ばされたもんだから、連絡が取れなかったの」


ソルマンは鷹揚おうように頷いて、麻子たちを店の裏手に誘導しながらマクスに話しかけました。


「あなたはナサイア一族の方ではないかとパルマおばさんが言っていましたが、そうなんですか?」


マクスは咄嗟にどう答えるべきか考えて、麻子の方を伺いましたが、麻子がソルマンの人柄を保証するかのように頷いたので安心したのでしょう、すぐにそれを認めました。


「そうだ。バンダル家の家長をしているマクシミリアンという。この度はアサコが世話になったそうで、すまないな」

「いえ、私も幼なじみと話し合うきっかけになりました。アサコさんには、感謝してます」


あら、何か進展があったのかしら? イレーネたちはソルマンの家に泊っているんだろうから、二人で誤解を解いて、上手くいっているといいな。


「あれ? そういえば白竜のエスタルは一緒じゃなかったのか?」

「エスタルさんは私がマクスさんと共にあろうと考えていたことが気に入らなかったみたい。わけがわからないことを言って飛んで行ってしまったのよ」

「ふーん、現れるのもいなくなるのも突然だな。さすが伝説の竜というかなんというか……」


ソルマンも竜の気まぐれに呆れていました。


この後、麻子たちはエスタルに会うことになるのですが、そこには思ってもみなかった人が待っていたのです。

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