戦力差四十倍の防衛戦

第7話 そのときモモンガは悩んでいた

 毒沼と危険なモンスターの群生地の狭間。


 朽ちた都市を思わせる場所がある。


 場所が場所なだけに何らかの目的でもなければ、こんな場所に来るプレイヤーなどいない。そう言い切れるほど僻地で危険な場所にそれは存在していた。


--ナザリック地下大墳墓


 ユグドラシルではトップクラスに知名度の高いギルド、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地である。


 曰く、最強最低のDQNギルド


 曰く、悪を自称する厨二病PKギルド


 曰く、希少な鉱石を産出する鉱山を専有し、流通問題を起こしたギルド


 曰く、ゲーム内最強プレイヤーの所属するギルド


 どちらかと言えば悪名。というよりも、悪名しかないようなギルドである。なにより、そのイメージを後押しするのが、トップギルドに珍しい異形種のみで構成されたギルドであることだろう。


 人間種と異形種の抗争がゲームデザインの根底に組み込まれているDMMORPGユグドラシルにおいて、モンスターのイメージが強い異形種の印象は、どちらかといえば悪である。そして相対でみれば劣勢である。しかし現実ではできないからゲームの中でぐらいはめを外そうという嗜好や、古今東西の娯楽に描かれる魅力的な悪役の模倣など、悪役プレイは一定の需要があった。


 そしてアインズ・ウール・ゴウンは、悪役系ギルドのイメージ通りの存在といえばわかりやすいだろう。


 そんなギルドの拠点、ナザリック地下大墳墓の第九層ロイヤルスイートにある円卓。ここはギルドメンバーのログイン地点兼ホームポイントである円卓の部屋で、ギルドマスターであるモモンガは、かれこれ小一時間、なにか考え、思い出したようにメモを書いては、また考えるといった行動をくりかえしていた。もっともその姿は、骸骨顔に巨大な宝珠を組み込んだ豪奢な漆黒のローブ。見るからに魔王の様相であり、その考える姿は、悪巧みするワンシーンにしか見えないものであった。


 もちろん円卓の部屋は、ナザリックにおいて最も出入りが激しい場所である。


 ログインしてきたギルメンも声を掛けるが、モモンガの反応が薄かった。そんな空気を読み適当に集まったメンバーで狩りにいったり、ギルド内のNPCプログラムやデザインをいじりにいったりなど、あえて放置するように行動をしていた。


 そんな風に時が過ぎ、ふとモモンガの指が止まる。


「やっぱり何かイベントとかしないといけないかな~」

「そんなこと考えてたんですか? モモンガさん」


 モモンガの独り言に、たまたまログインしたばかりのギルメン、バードマンの姿をしたペロロンチーノが答えた。


「あっ。ペロロンさん。こんばんわ」

「こんばんわモモンガさん。で、なに考えてたんですか?」


 そういうとペロロンチーノはバードマンの象徴ともいえる翼を器用にたたみ、円卓の自分の席につく。


「最近、ギルドメンバーのイン率が落ちてるんですよね。年度末でリアルはどこも忙しい時期ですからしょうがありませんが」

「あ~そうだね」


 モモンガの悩みは、ギルドメンバーのイン率の低下であった。もちろんゲームは、イン率が総てではない。しかし、ギルドマスターのモモンガとしてはやはり重要なポイントと感じていた。


 しかし自分も言っている通り、リアルはちょうど年度末。社会人は総じて忙しい時期。社会人のみが所属するアインズ・ウール・ゴウンにおいて、無関係とは言い難い時期なのだ。


「まあ、この時期が過ぎればみんな戻ってくるとは思うけどね」


 ペロロンチーノは楽観的なコメントをする。たしかに、リアルが忙しいのだからイン率は減る。しかし、落ち着けばまた戻ってくる。いままでもそうであったのだからだ。


 しかし、モモンガは楽観的に考えることができなかった。


「このナザリック地下大墳墓を手に入れてから、なんやかんやと準備やイベントが立て続けで、暇な時が無かったんですよね。でもこの二ヶ月、公式の大規模アップデートもありませんし」

「あ~たしかに」


 ペロロンチーノは、モモンガが言わんとすることをなんとなくだが理解することができた。


 たしかにナザリックを拠点としてからここ数年は、拠点開発やギルド武器開発にはじまり、ワールドアイテム争奪戦、鉱山占領作戦など、いろいろあった。そして運営側のバージョンアップなども重なり、それこそ暇と感じる日はほとんどなかったのだ。


 言い方を変えれば暇と思うことさえない楽しい日々が続いたのだ。


 しかし、今では拠点開発も一段落し、運営側のバージョンアップもしばらく無い。もちろん新人プレイヤーはこのタイミングでレベルアップし、中堅以上はいままでチャレンジできなかったことに取り掛かる時期だが、トップギルドであるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーにとっては、比較的暇な時期になってしまったのだ。


「まあ、データクリスタルとかレアアイテム、ギルドの維持費用のために狩りは必須だけど、それだけだと飽きもくるからな~」

「仕事が忙しさを理由にインできないことはわかるんですが、いざ仕事が終わった時に戻ってきたくなるような魅力というか……ねえ」

「だね~」

「で、なんかイベントでもやれないかな? っておもったんですよ」


 ペロロンチーノは腕を組み、モモンガの方に顔を向ける。


「来月の狩猟祭は?」

「あれは、上位入賞のレアアイテムがあるからほしい人は勝手に走るので」

「じゃあ、どっかのワールドアイテムかレイドボスでも狙ってみる?」

「それも悪くないですが、目新しさを感じないんですよね」

「だよな~」


 モモンガの言葉にペロロンチーノも頭を掻きながら首を捻ってしまう。自分で案を上げておきながら、ある程度の人間は参加するだろうけど、どれも新鮮味がないのだ。そのためイベントという感じではなく、なんとなく行ける人に声をかけて、週末に実行する普段の狩りの延長にしか思えなかった。


「一般的にユーザーギルドのイベントだと……、バザーとか?」

「第四商会とか、職人連合が企画してる定期バザーとか有名ですよね」

「でも、うちがやると」

「絶対、ぶち壊しにくる勢力があらわれますよね」


 定期バザーとは、ユーザーギルドが中立都市で生産キャラ作成の高レベルアイテムや、レアドロップアイテムなど持ち寄って行われるバザーである。特に盛況なのは第四商会が主催する夏冬二回行われるバザーで、そのメインイベントともいえるオークションは、そこでしか出てこないもの、その時期に需要の高いものが出品される。なにより一度だけとはいえ、目玉としてワールドアイテムが出たのだから主催側の本気度が知れる。


 もちろん、そんな美味しそうなアイテムが集まる場所だから、襲撃して漁夫の利を得ようとするならず者もいるにはいるが、すくなくとも成功はしていない。


 なぜなら第四商会など大手商業系および生産系ギルドは、表では一般プレイヤーに各種生産アイテムを売買するが、裏の顧客としてPKギルドや戦争系ギルドが名を連ねていることが多々ある。


 加えてオークションの出物の半分以上は、PKギルドや戦争系ギルドの戦利品など表に出せないような品である。結果、PKもその日ばかりは普通にバザーの参加者として参加し、ルール違反をするものにはルール無用の制裁が加えられるという流れになったのだった。


 裏は真っ黒とはいえ、一般人にとっては非常に安全で、普段では手に入らないものが手にはいるイベントとして立場を確立しているのだから因果なものである。

 

 もちろんアインズ・ウール・ゴウンもオークションで荒稼ぎをした受益者の立場だ。うってかわって悪名高いアインズ・ウール・ゴウン自身が主催すれば、イベント会場を利用した市街戦へと発展することは予想に難しくない。

 

 モモンガとペロロンチーノがそんなことを話していると、一人、二人と狩りから帰ってきたメンバーが話に加わる。


「新しい拠点や未踏ダンジョンの攻略とか」 

「そうそう候補なんてみつからないでしょ。なによりココ以上の条件って世界に何個のこってそうです?」


 サービス開始から結構な時間が経過しているが、いまだに未踏ダンジョンの情報が定期的にあがってくる。ユグドラシルはまだ全MAPが明らかになっていないことが原因だが、だからといって簡単に見つかるみつかるものでもない。加えてナザリック以上の条件というのはほぼ無いと言い切ってしまえるほど、ナザリックのポテンシャルは破格なのだ。


 そんな風に案がでるも、決定打に欠けるものばかり。


 なかなか良い意見がでないで行き詰まっている時、やけにボロボロな姿でるし★ふぁーが拠点に帰ってきた。


「いや~。セラフの連中ガチすぎるだろ」

「るし★ふぁーさん。おか~です。なんかボロボロですけど何かあったんですか?」

「乙。モモンガさん。いや~意気投合した野良パーティーでセラフ共の拠点に襲撃してきました。一層は突破したんだけどね~、二層で死にそうになって逃げてきましたよ」

「えっ」


 るし★ふぁーは、いたずらっ子が舌をだしているような感情アイコンを出しながら、さらっとトンデモナイことを言い放つ。構成メンバーが天使系種族で固められた人間種系でもほぼ最上位ギルドの拠点に攻め込んだと口にしたのだ。


 さすがに周りのギルメンたちもまさかと思いながら、るし★ふぁーの顔を見る。


「あ~。るし★ふぁーさん。セラフの拠点ってあそこ?」

「そそ、天空城のあそこ」

「なんでまた」

「あそこの中心でバ○スって言いたくなって、野良パーティー募って逝ってきた。いや~~一層はさっくり入れたけど、二層はトラップ多すぎ。それに……」


 るし★ふぁーはこれ幸いと、武勇伝を軽い口調で語っているが、聞いているギルメンは総じて「そうじゃない。なぜ攻め込んだ」という思いで統一されていた。


 だが、そんな中、アインズ・ウール・ゴウンの軍師ともいえるぷにっと萌えが、気が付いたとばかりに声をあげる。


「それ。有りじゃないかな」

「それとは?」

「ナザリック襲撃イベントですよ。私達にとっては防衛イベントですが、真の意味で難攻不落、最高最強のダンジョンであると証明してみたくはありませんか?」


 ぷにっと萌えの一言で、場が一瞬固まる。



******


ーー難攻不落最強のダンジョン


 ダンジョン系拠点を持つものなら、一度は考える評価。


 もちろん、ギルド拠点を危険に晒すことに違いはなく、反対意見も出た。


 だが、思った以上に賛成するものが多かった。モモンガにとって予想外だったのは、生産系プレイヤーの多くが賛成に回ったことである。


「俺の考えたフロアを突破できるものならしてみろ」


 このフロアという単語がNPCであったり罠であったりリドルであったり、いろいろではあるが思い入れが強いのだろう。


 とはいえ、戦えば修繕費や稼働した罠の維持費など、少なくない負担が発生する。現状、ほぼ知られていないという理由もありモモンガとしてはロマンの一言で賛成することができなかった。


 しかし、そんな考えを読み取ったのだろうか、ウルベルトが手をあげて意見を言う。


「俺は賛成だ。どうせこのままコソコソしてても何時かはこの拠点もバレる。バレれれば定期的な襲撃が来ることぐらい自明だろう。なら最初に全力で叩きのめして、あそこに攻め込むのは割に合わないと思わせればいい。どうだろうか」

「ならいっそ、襲撃側は自分たちが調査の上で掴んだ情報とおもわせて、襲撃時期なんかも調整すれば?」

「襲撃シーン全部録画して外部の動画サイトに流してやろうぜ」

「それじゃ罠の詳細がバレちまうだろう」

「どうせ襲撃されればある程度バレるんだ。いっそそれを見たから引っかかるミスリードの罠を作ればいいし、知られたからとは言え回避できない運用をすればどうだ?」

「その辺は、俺たちの腕の見せ所だろ」

 

 ウルベルトの意見に、多くの賛同があつまる。その勢いを見てモモンガは決心する。この勢いこそ、今の閉塞感を打破できる一途の光に思えたからだ。


「まだ準備期間や方法など検討すべきところは多いと思います。もちろんこの場に居ない人たちにも、メールで連絡しちゃんと場を持ちますが、ナザリック防衛イベントを開催する方向で話を進めようと思います。反対意見のある方いますか?」


 モモンガは、みんなに声を掛けるも反対意見はあがってこなかった。


 皆がうなずき、肯定する。


「では、ナザリック防衛イベントやってみましょうか」

「よっしゃ」

「ちょっと七層のトラップ見直すか」

「撮影考えると、見栄えのするアングルも考えなとな」

「グロの意味でのR18を実現してみせる」

「エロにはしるなよ。巻き添えBANなんぞされたくないからな」


 皆が口々にいろんな案を述べながら、楽しそうに動き出す。


 そんな姿をモモンガは眺めていると、ペロロンチーノが近くに寄り声をかけてきた。


「モモンガさん。ナザリックを不変の伝説にしてやりましょう」

「ええ」


 そういうと二人ががっちりと握手をかわすのだった。

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