戸松秋茄子

1

 田舎の実家に帰ってきてから一週間ほど経ったある日のことだった。


 わたしは近所を散歩していた。午後三時。太陽はまだ高く、わたしは蝉時雨のシャワーを浴びながら、特に行くあてもなくゆっくりと歩いていた。どこまでも続くような一本道。左右には見渡すかぎりに畑や田んぼが広がっている。民家はまばらで、ちょっと「お隣さん」を訪ねるにしても五〇メートルは歩かないといけない。


 道はどこまでも同じ景色を繰り返しているようだった。都会で知り合った妻をはじめて実家に呼んだときのことを思い出す。都会育ちの妻は道の見分けがつかず、里芋とじゃがいも畑の区別がつかず、道に迷ってしまった。家に「近所の老夫婦にお宅のお嫁さんが迷い込んでますよ」という電話があり、わたしはあわてて迎えに行ったものだ。迷子となった妻当人はのんきなもので老夫婦と打ち解けお茶の相手をしていたのだが。


 その民家も、さして変わったところがあったわけではない。増改築を繰り返した形跡がある二階建ての一軒屋。スレート葺きの屋根。ガレージがあり、庭に面して里芋畑が広がっている。


 なんてことのない、田舎の一軒屋。もしも、あのとき、その男の子を見かけなければわたしは気にも留めずそのまま通り過ぎて行ったに違いない。


 男の子は畑のあたりにしゃがみこんでいた。家の手伝いで芋を掘り返しているのかもしれない。一心に地面にスコップをつき立て、土を掘り返している。


「こんにちは」


 わたしは道から声をかけた。


 男の子は返事もせず、そのまま地面を掘り続けている。遠足で使うような少し大きめのリュックを背負っている。何が入っているのかパンパンに膨れ上がっている。わたしは男の子がリュックの重量に引っ張られて後ろにひっくり返らないかとはらはらした。


「芋を掘り出してるのかな」


 男の子は首を振った。うつむきがちで、野球帽を目深にかぶっているため表情は伺えなかった。


「骨を探してるんだ」


 泡のような声だった。言葉の意味を理解した瞬間にはもう記憶から消え失せているようなそんな声。


「骨だって?」


「そう、骨。集めてるんだ」


 なるほど。子供というのはときに変わったものを収集するものだ。珍しい形の石だとか、鳥の羽だとか。


「それで、骨は見つかったかい」


「うん」男の子は言った。「おじさんもおいでよ。僕の骨、見せてあげる」


 わたしは誘われるまま、慎重に畑の中に足を踏み入れた。間近で見ると、男の子の顔にはどこか見覚えがあるような気がした。


「これ」


 男の子は無表情に言い、自分の足元に散らばった骨を指差した。おそらくは肋骨だろう。少し湾曲した骨が何本か並べてある。


「けっこう大きいんだね」


 誰かが死んだ犬でも埋めたのだろうか。


「暑くないかい? 熱中症には気をつけないとね。わかる? 熱中症って」


「平気だよ。帽子があるから」


「喉は渇いてない?」


「水筒も持ってきてる」


「なるほど。大きなリュックだもんね」


「そう、何でも入ってる」


 男の子がスコップを休ませる気配はない。ざく、ざくという音が間断なく続いていた。


「おじさん、骨、いる?」


「くれるのかい?」


「似たような骨ばかり集めてもつまらないから」


 そう言って、男の子は何の動物のものとも知れない肋骨を一本差し出す。


「ありがとう。大事にするよ」

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