† 〜悪魔の囁き2〜


 地獄の特訓が終わった夕方、シンは村長の家へと向かった。


 ブロックとの訓練は口は荒いが手は出さない分、普段よりも多少、余力が残っている。

 しかし他の“リディアの戦士”たちの話しからすると、クルドはシンに甘い特訓をさせているらしいが、シンからしてみれば、失敗するごとに棒を振るうクルドの方が数倍も厳しく感じられた。


「手伝いって、やっぱり明後日の戦いの事なのかなぁ」


 シンは村長の家の前にたどり着くと、扉に手を伸ばし、触れる直前で止めた。


「…………でしょう」


 話し声が外まで漏れている。シンは咄嗟に扉から離れて、壁沿いを左に移動し、貝殻を繋げただけの簾が下げられている窓の下に身を潜めた。


 中に入れる雰囲気ではないので、引き返す方が正しい判断だと分かりつつも、中の会話が気になり、シンは目を閉じて、耳を澄ました。


「やはり、駄目じゃったか」


 村長が落胆の声を上げ、クルドはそれに同調する。


「明後日までにどうこうできる問題ではありません」


「あの子には、期待していたんじゃがなぁ……」


「それは、……私も同じです」


 誰の話しだ。心臓が早鐘を打っているみたいに身体に脈立ち、答えを求めている。聞かなくても分かる。だが、確信が欲しい。シンはゆっくりと目を開けて細め、次の言葉を待った。


「しかし」


喉元で鳴る音を身体の中で聞いき、クルドの断定的な物言いが、落雷の如くシンを貫いた。


「弱き者には価値はありません。シンは、“リディアの戦士”としては戦えませんよ」


 全身を流れている血が凍結してしまったように冷たくなり、耐え切れず膝を付いた。


 自分のできる事をしろと、クルドは言った。


 昨日のあの言葉は嘘だったのだろうか。耳鳴りが酷く、手を地面に付けて胸を押さえる。呼吸が上手くできず、息が口と喉元の間を行き来して終わる。視界は正常に映されているのに、脳には達さず、その場にある物でしか認識されない。


 認められたと思っていた。自分の力でやれるだけの事をやってみせれば、戦場でも足手まといにはならないと思っていた。


 だが、それは単なるシンの欺瞞だ。実際のシンの実力はブロックの言っていた通り、使い物にならない。


シンの中で言葉が繰り返される。




――このままじゃダメだ




――このままじゃダメだ




――サラはいなくなる




――ザギは死ぬ




――二人を救う方法は




――シンが属する“リディアの戦士”たちが勝利する方法は




――絶対に勝利する方法は………




 悪魔の囁きがシンの心を惑わし、耳を貸してしまった。


 虚ろの瞳に宿る紫紺の炎が、シンの身体を乗っ取り、走らせる。


息切れはしない。疲れも感じない。最初から、そう動くものだと、身体が知っているから……。



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