† 〜約束〜


 パンを食べ終えると、ザギは本当に二人を引き連れて別の場所へと移動した。秘密の隠れ家には、本当に昼食の為だけに行った様なものでシンとサラは不満が残っていた。


「あった。ここだ、ここ」


 ザギは居住区から少し離れた裏手の林の中で足を止めた。

 ここの木々たちも痩せ細ってはいるが、まだ完全に枯れたわけではない。仰ぐと、大きな葉を実らせている木々がいくつかあり、日陰を作ってくれている。だが、やはり朽ちた木々の方が多いかもしれない。


 ザギは細く今にも枯れてしまいそうな木の前でしゃがみ、木の根に被せてある人の頭ほどある葉を腰に抱えて、後ろに下がった。


「わぁ!」


「これ、何?」


 手を合わせて感嘆を漏らすサラと呆れ顔で指を指すシンに、ザギは笑みを浮かべたまま、反対の手でそれの頂点を数回叩き、目を伏せる。


「『死んだ者は海に消え、風と共に島に舞い戻る』」


 撫でるように手を滑らせ宙を過ぎると、ザギは組んだ両腕を後頭部に付け、別の木に寄りかかり、葉で見え隠れする空を仰いだ。


「『像は死者への道標となり、再びこの地に魂が戻る為の大切な依り代になるであろう』」


 ザギの焦点は空を彷徨い、口元に笑みを浮かべたまま止まっている。ここではないどこか、遠い世界に想いを馳せているようだ。


「この言葉を聞いた時、俺、思ったんだよ。絶対にこの三人の像を造ってやるってな」


 ザギはいつもの勝気な笑みを向け、軽く反動を付けて寄りかかっていた木から身体を離し像の前に片膝を付いた。


「いつか俺達が死んだとしても、また三人で笑ってここで逢えるように道標の像を造っておきたいと思ったんだ」


「ザギ……」


「なーんて、かっこいい事、言ってるけどさ。実際は全然、駄目なんだよなぁ。大人になって仕事をしてたら、この像を造ってる暇がほとんどねぇんだわ」


 ザギは項垂れ手首を振るう。

 ザギが体験している事が、シンには手にとるように解かる。子供の時の手伝いに比べて、働く時間や精密な作業、そして目上の人への態度も仕事面では評価されるようになった。


 特に“リディアの戦士”であるシンは目上の人への配慮を、職人となったザギは精密な作業を、農民は働く時間が重視されている。


 シンはあまり他の“戦士”たちから、よく思われていない節がある為、使いっ走りのような事をさせられているが文句は言えない。

 戦いは他の“リディアの戦士”と同類に見られるのに、そういった面だけ下っ端扱いはどうも腑に落ちないところがあるが、それもサラを養う為だと思えば溜飲を飲み込める。


ザギの方でも似たような事があるのだろう。シンとは違った形で子供の頃と大人になった時の違いを味わっているのだ。


 シンはもう一度、ザギの横に立つ像を見下ろした。石塊ごと人の形に削られ、“リディアの戦士”の正装着まで着せられている。ただ、顔の部分や頭部の部分はまだ削られていない為、丸いパンのような形だ。


「これって、もしかしてお兄ちゃん?」


「え!?」


 膝に肘を付けて頬杖を付くサラに、振り返りシンは目を丸くさせた。


「そう! まだ、クウトの正装姿は見た事ねえけど、前に他の“リディアの戦士”の正装姿をちょこっとだけ見た事があったから、それを真似したんだぜ!」


「あれって、覗き見じゃなかったっけ?」


 好奇心の押さえ切れない冒険好きの子供なら、誰もが一度はやったことのある“リディアの戦士”たちの訓練の覗き見だ。


 村の英雄となる彼らは、一体どんな服装で戦うのだろうか。また、どんな戦い方をするのか、シンはザギや他の子供たちと一緒に覗き見に行ったことが一度だけあった。


 その時、運悪く組合をしていた“リディアの戦士”の一人が弾いた短槍が、子供たちの隠れている茂みに放たれてしまったことがある。

 悲鳴を上げる子供たちに、“リディアの戦士”たちは一斉に走り出してくれたが間に合わない。


 シンは咄嗟に茂みから身を乗りだし、友人たちを守るように両手を広げてに立ち向かい、気が付けば“リディアの戦士”やザギや友人たちに介抱されていた。

 怪我は無かったものの、どうして無事だったのかは分からず、最後は全員が日が暮れるまでこっ酷く叱られたのをよく覚えている。


苦い思い出だ。


 眉を顰めるシンとは裏腹に、ザギは「あははははは」と空笑いを飛ばして誤魔化した。


「まあ兎にも角にも、そんな訳で衣装の部分は、記憶が曖昧にならない内に造っちまおうと思って、先に彫っといたんだ」


 ザギが像の頬だと思わせる部分に手を添え、反対の手で自分の顎を摘まみ眉間に皺を寄せる。


「一番重要なのは、顔なんだけど、どうもインスピレーションが浮かばなくてさ。シン、どんな顔がいい?」


 本人に聞くか!


「私は、お兄ちゃんの笑顔が好きだから笑顔がいいなぁ」


「え?」


「いいなぁ、笑顔なら簡単だし。……いっその事、全員、笑顔にしちまうか!」


 ザギの創作意欲に火がついた。今にも像の顔を彫らんとばかりに腕を捲る真似をしたが、シンは顔を上げて空を見遣る。


「残念だけど、それは明日になりそうだよ」


「ええ~~」


「何でだよ、シン」


 膨れっ面でクウトを見上げる二人に、シンは拳に親指を立てて空を示した。二人は分かったように立ち上がる。否、ザギの方は飛び上がったと表現した方が正しい。


「一番、星が見えたら帰らなくちゃ、ね?」


 島の掟では、日が落ちるまでは外にいてもいい事になっているが、実際は暗い森の中や村の中を歩くのは危険なので一番星が見えた頃、帰路に付くようにしている。


政や村伝統の行事ではない限り、松明を使うのはご法度だ。大切な資源を無駄に扱ってはいけない。


「じゃ、じゃあまたな、シン。今度は像が完成したら会おうぜ!」


 次の休みまでには完成させるつもりらしい。


「分かった。楽しみにしている」


 ザギは一目散に駆け出し、薄暗い森の中へと姿を消した。まるでウサギのような身のこなしだ。


「僕らも帰ろう?」


 サラに手を差し出した。


「うん!」


 サラは笑顔を浮かべながらシンの手を取った。小さい癖に手の平は肉刺が潰れていて少し硬い。切り傷も多いが、それでも農作を本業としている人に比べれば小さな傷だ。


 シンは握った手を、離さないように硬くだが、壊さないように優しく握り直した。


 




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