第5話 憧れの金髪よさらば

「……確かに、その女はマヘリア・ダンスタンド・キリオネーレだな」


 炭鉱詰め所の外に連れ出された私は、武装した騎士団の前に立たされていた。

 騎士団は驚く事に二十名、武装もそれなりのものがあり、ピカピカに磨かれていた。それぞれの盾や鎧には猟犬の紋章が刻まれている。

 それを見て、私の中のマヘリアの記憶が囁く。彼らは正真正銘、王国の騎士団であり、周辺の治安維持を担当する衛兵としても名高い部隊だと。


「どうやら、我らの班がアタリを引いたようだな。おい、連れていくぞ」

「ハァーッ!」


 騎士長と思われる口ひげの騎士が顎で私をしゃくるようにして指し示すと、部下の騎士たちがざっざっと私に寄ってくる。

 問答無用ってわけね。


「無礼な、触れないで!」


 騎士の一人が無造作に私の腕を掴もうとした時、私は自分でもびっくりするぐらいにカッとなって、その騎士の手を払った。


「貴様……!」

「うっ!」


 手を払われた騎士は、その一瞬、拳を振り上げた。

 嘘でしょと思ったけど、こうも簡単に手をあげるなんて!

 私は身を縮めたのだが、拳が飛んでくる事はなかった。


「よせよ、女、しかも子供だぜ?」


 アベルの声だった。

 恐るおそる、目を開けると、騎士の振り上げた拳をアベルが軽々と受け止めていたのだ。


「栄光の王国騎士様は女子供を平気で殴っても許されるってわけじゃないだろ? 治安維持を担うとすればあんたらのボスはゲヒルトだ。卑怯を嫌うと言われる騎士団長様の顔に泥を塗るかい?」


 アベルの言葉には明らかな挑発があった。

 騎士団長とやらの名前は、聞いたこともないが、騎士の顔色が変わったところを見ると、アベルの言葉は出まかせではないようだ。


「アベル……」

「貴様、騎士に向かって!」


 挑発に乗った騎士は自由な左腕で剣を抜こうとする。


「旦那ぁ!」


 それを見て、炭鉱夫たちが声を荒げ始める。


「おいおい、剣を抜いたら、戦争になるだろ」


 だがアベルは冷静に対処した。一瞬で騎士の左腕を叩く。

 騎士はそのまま剣を落としてうずくまったのだった。

 対応して騎士たちもざわつき始めた。

 一触即発の空気が流れる。


「よせ」


 それを、騎士長がひどく面倒くさそうに制止する。

 ガチャガチャとわざとらしく盾で鎧を叩きながら、騎士長は馬を進ませて、私たちの間近にまでやってくる。


「レディ、わがままを申さないでもらいたい。我々も仕事なのだ。それに、下賤な炭鉱夫の巣穴に女がいては、わかるであろう?」

「彼らは紳士的よ。少なくとも、今のあなたたちより。それに仕事? 貴族の身分を剥奪された小娘を追いかける楽しいお仕事があるのですか?」


 意外と、自分も騎士たちの対応にイラっとしていたのかもしれない。

 思わず口に出した言葉は自分でも驚くほどに嫌味ったらしかった。


「その通りだ。愉快な仕事だよ。たった一晩で婚約を解消されたご令嬢、しかも家が不正まみれ。国家反逆罪で即刻処刑といきたいところだが、王子の命令とあらば致し方ないさ」

「王子……ガーフィールド王子?」


 はて、奇妙ね。

 私が覚えている限り、ガーフィールド王子がマヘリアを捜索するなんて話はなかったはずだけど。というか登場人物の中でマヘリアを気にしてたのはグレースだけのはず。

 と言っても二章しかやってないから知らない。実はその後のストーリーでマヘリアを助けるとかそういう展開でもあったのかしら。

 いや、でもおかしいわね。マヘリアは破滅したと明確に描写されたはず。変態な貴族に売り飛ばされて、その後の末路は想像したくないけど。


「国外追放をしておいて、わざわざ探すだなんて……お許しになるのかしら?」

「それは知らん。だが、友人の娘を助けたいと物好きな男がお前を引き取ると名乗りだした。王子がそれを認め、晴れて我々に捜索命令が出されたというわけだ」

「友人?」


 マヘリアとしての記憶を探る。父親の友人と言っても、数が多すぎる。

 しかもこの記憶が確かなら、あの父親に明確に友人と呼べるような連中がいたかどうか。みんな金だけの付き合いだったようだし。


「ドウレブ・フォン・ブランフルークという男さ」


 それを言う騎士長の顔はどことなくニタニタとしていた。

 同時に、私はその男に聞き覚えがあった。

 記憶が正しければ間違いない。このドウレブという男こそ、マヘリアが売り渡された変態貴族の名前だ。

 友人だったのね……。


「引き取って、私はどうなるというの?」

「それは我らの関与するところではない」


 ニタニタ顔は崩れない。

 この男、どうなるかわかったうえで言ってるわね。


「そう……お断りよ」


 私は言い放った。

 騎士長はわずかに右の眉毛を吊り上げる。

 もしも、これが私ではなく、マヘリアそのものであったなら、彼女は恐らく騎士たちの言う通りに動いていたかもしれない。彼女は世間知らずのお嬢様だ。まさかその父の友人が変態だとは思わないだろうし、全てを失い、心細く、不安に押しつぶされそうになった状況では藁にもすがりたい気分だろう。

 だけど、あいにくと私は、三十路だった。うまい話しに、はいそうですかと首を縦には簡単には振らない。

 ついでに運よくドウレブがどういう男かも知っている。


「不透明すぎる。理由がわからない。今の私はホームレスも同然、価値なんて女というだけしかない。いえそれ以上に国家反逆罪を受けた家の娘。道楽でも引き取る必要性もない」


 とにかく、私は拒否だ。

 ゲームの知識がなくとも、こんな胡散臭い話、乗れたものじゃない。

 私はそこまでお嬢様頭じゃないわ。


「そのような自由がレディにあると思うのかね。不正の大臣の娘が」


 その時の騎士長は明らかな侮蔑の声で言い放ってきた。


「だが、レディはまだ若い。若い女を欲しがる男は多いだろうさ」


 騎士長はまだ侮蔑の視線を私に向けてる。

 うぅむ。マヘリアの事とはいえ、その視線を向けられるのは気に入らないわね。


「とにかくだ。我々も命令を受けた身だ。連れ戻さねばならない。大人しく、ついてこい」


 騎士長の命令を受けて他の騎士たちが再び私を捕まえようと前に出る。


「お断りだと言ったでしょう!」


 その前に、私は落ちている剣を拾った。それはアベルが叩き落としたものだ。

 かなり重たい。本物の剣なんて持ったことがないけど、こんなものよく振り回せるわね!


「おい、お前」


 ざわついたのは炭鉱夫側だった。

 意味不明な行動をとる私に驚いたことだろう。


「やめておきたまえ、レディ。子供が振るえるものではない」


 逆に、小娘が弱弱しい腰で剣をひろっても騎士たちは恐れなかった。

 小馬鹿にした視線を向けてくるだけ。

 でも、私は何も騎士たちとやり合おうってわけじゃない。


「私は、戻らないわよ。戻ってたまるものですか」


 そういいながら、私は剣で自らの金髪を力ずくで切り裂いた。あまり切れ味がよくないせいか、ぶちぶちと引き抜かれるような感覚もあったけど、気にしない。


「むっ、う?」


 その行為にさすがの騎士長も目を丸くしていた。

 私は剣を捨てると、切り取った金髪をかざす。


「マヘリアという女は崖から落ちて、獣に食われて死んでいた! 遺体は見るも無残ゆえに、尊厳の為、髪の毛だけを切りとって持ち帰った。それならば、言い訳もつくでしょう!」


 同時に私は身に着けていた宝石類も剥ぎ取り、騎士たちに投げつける。


「あんたたちの女にでも渡すがいいわ! とにかく、私は戻らない。帰らない。私は国に追放された女。戻ったところで破滅の未来。昨日のあの時点で貴族の少女は死んだのよ!」


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