第3話 生き残りを賭けた売り込み
「はぅ!」
目が覚めた瞬間、私は全身の筋肉痛に苛まれた。
とにかく、体が痛い、重い、ダルイ。
「あ、え……ここは?」
ざっと辺りを見渡す。
そこは少々薄汚れた小屋の中のようだった。狭くもないが、広くもない、空き部屋と言ったところか。そんな部屋の真ん中に藁が敷かれて、私には薄い毛布がかぶさっていた。
「確か、男の人たちに見つかってから……気を失って?」
部屋には小さいながらも窓がある。ついたてっていうのかしら、棒を支えにして板を固定して開け閉めするタイプの窓。
そこからは太陽の光が差し込んでいた。どうやら朝らしい。
鳥のさえずり……は聞こえないけど、山を削る荒々しい音が響いていた。
それを聞きながら私は昨晩のことを思い出していた。
「へ、変なことは……!」
私はとっさに自分の体を確認するように見てみるけど、変わった様子はなかった。無駄に豪華なドレスと宝石の数々はそのままで寝かされていたようだ。
「意外と紳士的?」
とにかく私の無事は確認できた。
それが分かると、とたんに警戒心が薄れていく。何より全身に漂う疲労が冗談ではなくキツイ。無意識にも体はだらだらとしてしまう。
その瞬間、私はマへリアではなく、いすずの姿勢でいたのだった。
「おぅ、起きたか?」
「うわっひゃあ!」
気が抜けていた矢先に、突然の来客。
私は思わず飛び跳ねるような勢いだった。
だって、あんまりにも疲れてたせいか、大股開きでだらーんとしていたのだ。
さすがに中身が三十とはいえ、これはちょっと恥ずかしい。
「げ、元気だな」
やってきたのは、あのリーダー格の人だ。
顔も服も煤で汚れていて、お世辞にも身なりが良いとは言えないけど、立ち振る舞いには粗暴さは感じられない。
彼はいきなり奇声を上げた私をおっかなびっくりという感じで見つめていた。
「あ、いや、これは、その……えぇと」
言い訳しようとも、なんといっていいのやら。
しどろもどろとはまさにこのことだ。
というか、相手は年下なのに、私は何を焦ってるのやら。
「ふん、まぁいい。そんだけの元気があるならな……俺はアベルだ」
突然、彼はそう名乗った。
「え?」
アベル。少なくとも『ラピラピ』では記憶にない名前だ。攻略対象のキャラじゃないは確かだと思う。一応、攻略可能キャラはチュートリアルで全員揃うし。
もしかしたら私がプレイしてない章のキャラ?
「俺の名前だ。お互い、名前も知らないんじゃ会話ができないだろ」
それもそうか。
「あ、これはご丁寧に」
私は日本人らしく(まぁ、もう日本人じゃないけど)姿勢を正し、ぺこりとお辞儀。
「えと、私はマへ……じゃなかった。えぇと、その……いすず、です」
一瞬、マヘリアを名乗っていいものなのかどうか悩んだ私はとっさに本当の名を口にした。
公爵家マヘリアお嬢様の知名度がどれほどのものなのかは知らないが、何となくその名を名乗るのはまずいと思ったのだ。
なので、私はとっさにいすずと名乗ったのだ。
「いすず……なんだか珍しい名前だな。ふむ……どこから来たのかはあえて聞かん。何か事情があるのだろうからな。飯は食わせてやる。だが、食ったらすぐに山を下りて、帰るんだな。ここは、女子供がいていい場所じゃねぇからな」
「あの、ここって、鉱山……ですよね? 石炭を採掘してる」
「ほぉ、何を採ってるかわかるのか。女子にしちゃ珍しいな。だったらわかるだろ。なおさらここはお前のような奴がいていい場所じゃねぇよ。最下層の墓場、吹き溜まり、落伍者が行き着く最後の居場所、そうここは鉱山だ。ガキでも女がいたら、何されるかわかるだろ?」
それを言うアベルはどこかわざとらしく、いじわるな笑みを浮かべて私に迫るように顔を近づけてきた。
それが冗談であることは何となく伝わるのだけど、男の人の顔がにゅっと近寄ってくるのは結構抵抗あるので、私は思わず苦笑いを浮かべながら後ずさる。
「は、はは。最下層の墓場って……」
それはちょっと言いすぎ、と思ったけど、あながち間違いでもないかもしれない。
まず、この世界というかゲームは剣と魔法が背景にあるけど、その大本の世界観は中世ヨーロッパだ。それはいいのだけど、実は中世ヨーロッパにおいて石炭はそこまでメジャーな燃料資源ではなかった。
色々と理由はあるのだけど、まず第一に、中世ヨーロッパの主な燃料資源は木炭。つまりは森林資材だ。一時期は山を丸禿にする勢いで伐採するせいで、禁止令も出たとか。
とにかく、ヨーロッパ諸国で石炭が普及するのは中世ではない。近世と分類される時代の到来を待たなければいけなかった。
一応、中世であっても石炭は利用していたらしいのだけど、本格的に、家庭での燃料として利用するようになるのは森林資材が枯渇し始め、新たな燃料素材を求めるエネルギー革命を待たないといけなかった。
それが大体十六から十八世紀頃の話だ。
そもそもこの世界が現実のそれと同じかどうかはわからないのだけど。
「とにかく、飯は出す。食ったら麓までは送ってやる。あとのことは……」
「あの!」
私は話が淡々と進んでいくのを遮りながら、立ち上がり、じっとアベルを見据える。
「あん?」
「私を、ここで雇ってください! 私、魔法とか、使えますから!」
「……はぁ?」
何を言ってるんだこいつ。
聞かなくてもアベルがそういう顔をしているのは伝わる。私も自分でも何言ってんだと思っているけど、ここを離れたら私、もうどこに行けばいいのかわかんないし。
勢いで魔法が使えるなんて言っちゃったけど、大丈夫だろうか。私にはマヘリアの記憶があって、彼女は一応魔法が扱えるし、元がエリートだからその腕前も申し分ない、はず。
何より、今は生き残ることを最優先にしなきゃいけない。
自分を売り込むしかないのだ。
「バカも休み休み言え。女子供がどうこうできる場所じゃねぇんだぞ、ここ。それに魔法ってお前なぁ」
「本当です! その、詳しい事情は言えませんが、私、魔法が使えます。怪我とか、治せます! 体力だってあります! お願いします、もう他にどこにいけばいのかわからないんです、だからここで雇ってください!」
もう土下座する勢いで私は頭を下げた。ここまで必死なのは受験勉強の時以来だろうか。
とにかく、この世界じゃ私は家もない、立場もない。そんな私が生きていくにはこうしてどこかで住み込んで働くしかないんだ。
でも、娼館は絶対に嫌だ。
「んなら、教会に行けよ。あそこなら拾ってくれるだろうが」
「……無理」
それは正論だ。多分、教会なら身寄りがないものが逃げ込むには最適だろう。
だけど、私の中のマヘリアの知識がそれは不可能だと叫ぶ。
当然、アベルは疑いの目を強める。
「教会には、いけない。行ったら……私、今度こそ終わりなの」
「お前、何やらかしたんだよ」
「わ、私じゃないわ。私の……両親?」
なんとなくだが、マヘリアの両親を自分の親とは思えない。
まぁ私、マヘリアじゃないし。この体はマヘリアであって……ややこしいからこれ以上は考えないでおこう。
とにかく、マヘリアの両親がやらかしたせいで、マヘリアも国家追放処分を受けているのだから、教会に逃げてもその後の保証はできない。
「よくわからんが……言いたい事は大体わかった。ここに来る連中の大半はおてんとうさまの下は歩けない連中だ。お前も、そこに仲間入りしたってわけだ」
「そ、そんなところです!」
だったら、ちょっとでも知識のある鉱石に囲まれていた方が絶対にましだ。
鉱山労働者の境遇は知らないでもないけど、どっちにしろ体を使うならこっちの方がまし。
それに、もしこの世界がファンタジーであっても、中世を元にした時代背景なら……。
「でも、それだけじゃないわ! 私なら、石炭で今より稼げる方法を知っている! 知識があるの!」
この言葉は、半ば賭けに近かった。
でも、これこそが私を最大限にアピールできる、唯一の知識なのだと確信していた。
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