第17話 素肌検査

 連れていかれた湯殿には、十数名にのぼる女達がひしめいていた。院主が中に入った途端、一斉に彼女を睨む。湯の世話をする係とも考えられるが、それにしてはあまりにも多い人数である。

 

「な、何ですか。この方々は……」

 

 震えながら問う院主に、女中はにこやかに応えた。


「ご心配なさいますな。院主様のご入浴の手伝いをする者達でございます」


 女中がそう言うなり、入浴係達が院主に群がり寄った。女達は一斉に彼女の着物に手をかける。


「や、やめてくださいぇ!」


 院主の悲鳴と抵抗も虚しく、彼女の着物は力任せに引き剥がされてしまった。一糸纏わぬ姿になった院主は、入浴係数人に押さえつけられ、恥部を隠すことも許されないまま立ち尽くす。


 指示を出した女中は、その一部始終を、顔色一つ変えず見つめていた。


「何てことをなさるんどすか! これが江戸のやり方どすか?」

「人聞きの悪いことを。貴女がお暴れになるからでしょう」


 女中はまるで他人事のように、院主の訴えを冷たく突き放す。


「こんなことして、六条小路家が許すとお思いですかぇ!?」

「ただ我々は、院主様がお着物を脱ぐお手伝いをしただけでございます」


「……これも春日殿の指示どすか」

「まさか。この松風まつかぜの一存でございます」


「貴女の?」

「はい。これから院主様のお身体を調べさせていただきます」


 女中、もとい松風はそう言いながら、押さえつけられた院主の肌にべったりと触れた。ねっとりと身体を撫でられて、院主は思わず顔を身体を縮める。


「私の身体を、調べるとおっしゃるのか!?」

「大奥では当たり前のことでございます、ご存知ないのですか?」


「そんな……聞いたことあらしまへん!」

「将軍様に侍る女子おなごの肌に、傷があっては大変なことでございますから」


 松風は真面目な顔で、露わになった院主の白く透き通る肌の隅々まで舐めるように調べた。だが松風はそれだけでは飽き足らず、彼女の伸びかけの黒髪まで掻き分け始める。


「おぐしが伸びられましたね。結髪が出来るまでもう少しというところでしょうか」

「もう……止めてくだされ。髪を触られるのは嫌いどす……」


「なりません。大奥に上がる女が、万が一にでも身体に物騒なモノを仕込んでいないとも限りません」

「物騒なモノ?」


「刀、針、毒……、将軍様を傷つける可能性があるものは全て排除します」

「そんな阿呆な。私は尼でしたのぇ、そんな恥知らずなことはしません!」


「ふふふ。私どもが探しているのが、それだけとお思いですか」

「他にも、私をお疑いに?」

「大奥の情報を、外に漏らす可能性がないか調べます。貴女が京の密偵である可能性もありますから。密書などもってのほか」


 松風がそう口にした時、院主の目が脱がされた着物に一瞬泳いだのを松風は見逃さなかった。松風の指示で瞬く間に着物や足袋、下着にいたるまで、院主が身につけていた衣類は全て縫い目が残らないほど引き裂かれ、何人もの女達によって隅々まで調べられた。


 跡形もなく破られる衣装を青ざめながら見つめる院主の顔色を、松風は勝ち誇った顔で見下ろした。なぜなら松風には確信があったからだ。


 やはり、この尼は何かを隠している。きっと大奥なかに関する情報を、外に漏らす書状か何かを作っていたに違いない。恐らく追い出された侍女に関することを訴えたモノでも、実家の六条小路家宛てに書いていたのだろう。しかし、それは大奥では御法度だ。それを見つけることが出来れば、最初からこのお姫様の弱みを握ることが出来る。


 そう考えながら、松風は冷たく院主に問いかけた。


「何を動揺しておられるのですか。まさか本当に、密書でも持っておいでなので?」

「……」


 院主は答えない。松風の得意は既に絶頂に達していた。


 やはり京の女は、詰めが甘い。ここで徹底的に叩いておけば、早々に関東われわれの操り人形に出来る。大奥に入ってから自分の家柄を鼻にかけ、我がもの顔でもされてはたまらない。


 松風は俯く院主の顎をクイッと上げ、嘲るように囁いた。


「これでもし妙なものが出てくれば、貴女を大奥に入れることは出来ない。貴女は江戸にも、勿論京にも居場所が無くなるでしょう。それでも貴女が生き延びたいと言うならば、私の言うことを聞いていただきますよ?」


 松風の予想では、誇りを傷つけられた院主はここで涙の一筋でも流す……はずだった。しかしどうしたことだろう。


 院主は泣くどころか、仏のような美しい笑みを浮かべていた。


「ほほ、おほほほ」


 余裕で笑い声を漏らす院主に、松風はうろたえた。


「な、何がおかしいのですか?」

「江戸の御方は疑い深くて困りますなぁ。おお、怖い怖い。それで松風はん、私の着物から何か出てきましたかぇ?」


 松風はハッとして手下の女どもを見やった。着物の縫い目まで調べていた女達は、誰も彼もがオロオロと困惑した表情で茫然としている。無残にも引き裂かれた衣装からは、書状どころか紙片すら出てきていない。


 「そんな馬鹿な!」


 松風は大慌てで自ら院主の着物を調べた。だが、怪しげなものはどこを探しても出てこない。勿論、院主の身体からも不審なものは一切出てこなかった。


 それどころか、院主の身体は完璧そのものだった。傷も一つもなく、肌荒れさえしていない彼女の身体は隅々までが玉をのべたような美しさで、文句のつけようが全くない。


「そんな、そんなはずはない……」

  

 目を見開き唖然とする松風を前に、院主は優雅に立ち上がる。

 そして、憐れみを込めて松風に囁いた。


「この屈辱、忘れませんぇ」


 成す術もなく棒立ちになる女どもを後目に、院主は美しい身体を誇るようにただ一人、朦々と湯気が立ち込める浴室の中に堂々と入っていった。



 

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