第49話 きっと

「とんでもなく速かった。攻撃も、ブレがなかったし」

「自分では、鈍っていると思ってたのだけど……」

 窓から見える風景を見ながら、先頭を歩く二人の会話をぼんやり聞きながら、僕は通路を落ち込み進む。

 煉瓦の壁、二人、窓、鼠色の床。視線は何処にも定まらず、気持ちは下降し続ける。

 それと連動するように、通路が不安定になってきた。繋がり始めたか。

(敗北……敗北……僕は、強くなってる筈だよな……)

 それは、間違いなく。ならば、敗北の痛みを力に変えれば良いのだが。

しかし、こう何度も負けていると、自信を保つのが難しくなる。

(スカイ・フィールド前に、これは……)

 最悪の結果に、なってしまったかもしれない。心は揺らぎ、体が重い気がする。

「埃っぽいな。この通路」

「あんまり、利用されないから。戦士団も、半ば放置気味なのよ。たまに、気が利く人が掃除してくれるんだけど」

「そうなのか。……この落書きとか、結構上手いな。なんかの動物か?」

「あ、ああ。そ、それは昔からある落書きで……無駄な熱意を感じるとかで、保存されてるのよ…………余計なことを」

 だが、落ち込んではいられない。なんにしても、スカイ・フィールドはすぐ近くまで迫っているのだ。


「……そうだっ!気合い入れねぇとっ!」


 僕は両拳を握り締め、心を奮い立たせる。

踏ん張らないとっ!今まで積み重ねてきたものが、あるんだからよっ!!

「どうしたよ。ロイン」

「どうしたの?ロイン君」

 二人が僕の声に反応し、同時に振り向いた。ちょっと心配そうな表情だ。

 僕は憂鬱な気持ちを抑え込み、はっきりと告げた。


「なんでもねぇよ。行こうぜ、更なる高みへ」


 扉を開き、少し先の風景を瞳に招く。

「あれが、スカイ・フィールド」

 広がる平野。

 見える巨大な赤い建物、丸い外観。

「傍に、もう一つあるな。あっちが、駐屯所か」

「そう。戦士団のね」

 頂に登る為の、過酷な階段。生半可な覚悟で挑めば、足は砕かれ、心は折れ、二度と踏むことすら出来なくなるだろう。

「ようやくって、感じだなっ」

「……緊張してくる。さすがに」

 僕達は建物の前まで歩き、その威容に思わず立ち止まる。

「でかい……これは、侵入できそうにないな」

「ジン太君、侵入するつもりなの?駄目よ、説教よ」

「いいや。そういう場合も、あるのかなって思って。邪魔が入ったりとかさ」

「安心して。【練兵長】が、守ってくれるもの」

 正面には、鋼鉄の分厚そうな扉。大砲を何発ぶち込んでも、ビクともしないだろうそれは、僕に威圧感を与えてくれる。

「あれは……」 

左右を見ると、建物の近くに、四角の大きく黒い物体が置かれている。

「合図だったな」

 となると、死角にもう二つあるか。

 今は、重要じゃないが。

「それじゃ、ささっと中に――」


「これはこれは、珍しい。お客さんとは……。ホホ」


 どこか親しげな、しかし、完全に気を許してはならないような、そんな声が入ってきたのは、背後から。

「……練兵長、びっくりさせないで。思わず、突いてしまうところだったわ」

「ホホ、ナイスジョークだ。リンダ。……ジョーク、だよね?」

 振り返った先にいたのは、少し錆びた風の鎧を着た、細目の男。背は、僕より少し上くらい。

 この金髪が、この場所を司る練兵長か。

「?本気よ」

「マジ顔止めて。その武器しまって。しまって。突かれたら、シャレにならないよ。本当、キミって時々怖いよ!」

 抜かれたレイピアを恐怖の眼で見ながら、練兵長はじりじりと後ずさりする。先生は「大袈裟な」と言いながら、武器を仕舞った。

 ……共感しちゃうぜ。

「むう……傷つく」

 嫌な記憶を抉られたような苦い顔で、リンダ先生はため息を一つ。

「それは悪いね。中で、茶でも飲むか?」

 そう言って、彼は指を鳴らした。

 ごごごと音を立て、巨大な扉が内側に開いていく。

「今日の用件は、違うのよ。分かるでしょう。一応、話は聞いている筈だけど」

「あー、二人の若者を鍛えたいんだったか。つまり、キミ達二人が挑戦者なわけ。……なかなか、勇気あるね」

 僕とジン太を、交互に見る練兵長。楽しそうだ、この男。

「……ホホ。無茶、蛮勇、挫折、大いに結構。キミ達の努力の結果、楽しみにしてるよ。……それじゃ、練兵場に入って入って、どうぞ」

 手振りで、先に進むよう促す。

言われなくても、そのつもりだ。早く、向かわなくては。

「練兵長、許可証は」

「おれが受け取ろう。警備兵二人は、暇過ぎてどっか行ってしまったからな」

「なんですって!?怠慢な!後で、注意しないと!」

「ホホホ、仕方ないな。ここに来る奴なんて少ないし、良からぬことを考える輩が来たとしても、おれがいる」

「そうかもしれないけど、来るのは分かっていたでしょう」

 不満を感じる先生の声を背中で受けながら、僕は練兵場の中へと足を進める。


「――ようやく、スタートラインだな」

 

 建物内部は、とても広々としていた。

「スカイフィールドに、到着っと」

 灰色の壁に、落ち着かないほど高い天井。

 部屋の中央には、外のと同じ、台のような物が設置されている。

 右の壁際には、いくつものテーブルと椅子。テーブルの上に白いカップが一つ、ポツンと置いてある。

「おれが飲んでた紅茶さー。すっかり、冷めてしまったな」

 いつの間にか追いついた練兵長が、惜しむような声で言う。

「あそこの休憩スペースで、リンダとイチャイチャしながら、ゆったり待ってるからさ。安心して挫折してきな」

「バカなこと、言わないの」

「いてっ」

 先生のチョップを頭部に受け、よろめく体。

「……残念だがよ。アンタが先生といちゃいちゃ出来る時間なんて、そんなにないぜ。速攻で強くなって、帰還するからな!」

「ホホホ、大した威勢だ。……過ぎるがな」

 なにを馬鹿な。という目で見られる。

 僕もそう思う。そんな簡単に、行きやしないだろうよ。

「……」

 だが、隣の先生は違う目で僕を見ている。

 見守るような、強い信頼を感じる、そんな目で。


「……待っててくれよ。絶対、今より立派な男になって帰ってくるからさ」


「別れは済んだのか?ロイン」

 建物、正面奥。

 そこに存在する、修行場へと繋がる、大きな黒い扉の前。

「縁起でもないこと、言うない。今生の別れでもあるまいし」

「その可能性はあるだろ。俺は、お前ほど自信過剰じゃないんでな」

 扉の前に、並んで立つ僕とジン太。

 いよいよ、その時が来ようとしていた。……体、震えてないよな?

「はー、これだから、ビビりは!情けないぜ!」

「震えてるぞ。ビビり」

「!?まじっ!?」

「嘘だ。阿呆が」

 ケンカ売ってんのかっ!買うぞコラっ!

「喧嘩腰は、止めとけよ。本番前に、ボロボロになるのは嫌だろ」

「そりゃ、どういう意味だっ!」

「そのまんまの意味だよ。……才獣に受けた傷は、治療しなくて良いのか」

 才獣に受けた傷だぁ!?確かにちょっと痛むが、大したことはないし。それに。

「これは、戒めでもあるんでな。必要ねぇよ」

「戒めね。そうかい」

 そうなんだよ。また、あんな敗北を晒すことがないようにな。

「!扉が!」

 左右に開いていく、重々しい扉。僕は思わず、背負った剣に手を伸ばす。

「焦り過ぎだろ。ビビりロイン」

「うっせぇ!ビビりジン太!」

 この野郎は、僕以上にビビりの癖して、それを抑えることができるからな。一見、冷静だ。

 なにはともあれ準備は万端。余計な物は入る際に弾かれるし、忘れ物はない筈だ。

(焦る必要は、ない。ただ)


 ただ、扉の先に広がる暗闇に一歩踏み出せばいい。

 いつも通り、自分を信じて――。


 ●■▲


 練兵場を囲むように存在する四つの四角い物体、【修の灯】に、火がともった。

「行ってしまったか」

 建物内でも、同様に。

 それから吹き上がる炎は、挑戦者を歓迎しているのか。

「行ってしまったわね。あとは、待つだけ」

「付き添うことは、できないもんな。キミの力じゃ。……心配かい」

「いいえ」

 リンダは炎を眺めながら、はっきりと言葉を口にした。


「大丈夫。きっと。……ファイトよ、二人共!!」

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