第45話 信頼の相違


「膝枕は、死んだ」


 机の反対側に座るロインが、珍妙な呟きを漏らした。

「ピザまくら?」

 俺の隣に座るメイは、?状態。

 俺だって、分からない。?が、二つに増えそう。ロインの迷言動には、ウンザリだ。

「……なんでもない。忘れてくれ」

 言われなくても、脳内から削除するわっ。そんな、黄昏れた表情で言うことかっ。

「やっぱりロイン、体調悪いんじゃない?大会前だからって、無理してるんじゃ……」

「悪い筈あるかい!お前の存在だけで、僕の心はクリーニングッ!」

 気遣われた目を向けられ、必死に元気アピールしてるが、どうにもガタガタな感が拭えない。

「……そう。なら良いのだけど。あなたって、昔から強がりな時があるから、心配で」

「強がりじゃねぇよ!強いんだよっ!僕はっ!……ごへぁ!」

 豪快な強者宣言からの、ばたんとテーブル・ダウン。顔面から、見事にぶつかっていった。

「ほら!やっぱり!ちゃんと、休んで!」

「くくく……これしき……!なんてことないで、ござります……!」

 小刻みに震えながら、顔を上げる親友。……変な所で、ガッツがあるな。

「そんなこと言って……危ない時もあるじゃない。調子に乗って、才獣退治しようとした時とか……」

「……あの時の事は、本当に悪かった」

 声のトーンが、落ちる。

 調子に乗って、才獣退治……。あの時の事か。

「それって、フィッシュリザードを倒そうとしたヤツだよな。メイとメリッサが、助けに入った」

「そうよ。ジン太も、何回か付き合ってたよね」

「ああ、覚えてる。修行の為に、無茶なことを……」

 才獣との戦いは経験してなかったから、挑んでみようかって感じだったな。

(いくら何でも、いきなり強めの才獣に挑むのはまずかった)

 死にかけた時もある。

 そもそも才獣には色んな種類がいて、他の才獣に対する経験にはあまりならないし。

 あのトカゲ野郎と戦う機会なんて、そんなに無いだろうしな。

「……なんだかんだで良い思い出かもな。その後、美味しくいただいたし」

「そういえば調理してたね。あの時も……」

 思い返してみれば、この国ではそれなりにトラブルが多かった気がする。平穏な国の筈なんだが。

「遺跡に潜り込んで、変な剣を持ってきた時あったよね?」

「ハハ……あの忌まわしい裏切りの始まりか……!!よく、覚えているとも……!!」

 多少回復した様子のロインが、俺を睨みつける。微妙に、歯ぎしりしてるような。

 いきなり、何を怒っているのか。ロインよ。裏切りってなんのこった。

「――覚えがないって顔だな?親友?」

 にやりと、ニヒルに笑う親友。この世の非情さを悲しむような、そんな笑みだ。

 おかしいな。本当に記憶にないぞ。

「悪い。ないな。教えてくれないか」


「……良いだろう。言われなくても、教えてやろうともさ……!お前が犯した罪を……!」


 ●■▲


「ここが、伝説の剣が眠っていると言われる遺跡か」

 あの日僕達は、伝説とロマンを求めてアスカルド南西の遺跡を訪れた。実は許可がないと入れないような気もする場所。

 僕の前にデカデカと建つ遺跡。それを見ながら、僕は予感していた。

 

 この冒険は、一筋縄ではいかないと。


「ひー、ふー、ロイン……ちょっと速すぎんよ」

「なんだ、もう息切れか?だらしのない奴だ……ほら、水」

 後ろから追いついてきた熱血野郎に、周到に用意しておいた水を渡す僕。さりげない、気遣いというやつだ。

 まったく、普段あんなに熱血熱血うるさいのに情けない。

「流石だよな。お前は……」

「お前が貧弱すぎるんだ……。行くぞ、気を引き締めろよ」

「? 凄い真剣だな」

「やれやれ……当たり前だろ?良く見ろ、この遺跡を」

「?……!!これはッ!?まさかロイン、これに気付いたのかYO!?」

 驚きの声を上げる、ジン太。

 ふんッ!ちゃんと、観察力を磨けよッ!お前って奴はッ!本当に、もうッ!

「遺跡が……濡れている?」

「そう。……それも、ただ濡れているんじゃない」

 僕は遺跡の壁に近づき、人差し指で触れる。

「ぺろぺろ……やはり、これは油だ……」

「!?どういうことだっ!!ロイン!!」

「分からないのか?……これは、【罠】だ。周到に隠されたな」

「罠……?そうか!!火を点けて、中に入った俺達をッ!!」

 その通り。何者かは知らないが、小賢しい……!!

「危なかった……お前がいなければ、まんまと嵌ってたよ。ロイン」

「……仕方ねぇさ。誰にでも見破れるもんじゃない。この、絶妙なテカテカ具合は」

 危機を脱し、僕達は遺跡の中へと入っていった。

 遺跡の中では、様々なハプニングが僕達を襲う。

「!?あぶねぇっ!!ジン太!!」

「う、うわああああああッッ!!」

 なんとか僕は、それらに対処した【?】。

「ロイン!!しっかりしろッ!!俺を庇ってッ!!背中で矢を受けるなんて……!coolな無茶しやがって!!」

「大丈夫だ……かすり傷だぜ。心臓から3ミリほど、外れていった……あと1ミリ近かったら、危なかった……!」

「う、うう……ロイン。死ぬなよ……!!お前が死んだら、誰がメイとメリッサを守るんだ……!!誰が、彼女達のガーディアンになるんだッ!!」

「あの二人……か。泣かれたら、困るな」

 メイとメリッサ。二人の為に、僕は立ち上がった。これは愛の【まてまてまて!!絶対に、そんな事言ってないぞ!?】【うるしぇい!!回想中じゃあ!!静かに、聞けえいッ!!】力だ。

 

 その力を糧に、僕は遂にその剣を手にした。


「やったな!ロイン!」

「ああ、苦労した甲斐はあったぜ」

「……その剣、格好いいな!俺にも少し貸してくれ四!!」

 仕方のないやつだ……。ちょっとだけだぞ。

「うおー!カッケー!」

 それから、一日経ち。

「カッケー!」

 十日経ち。

「それじゃあな!ロイン!」

 別れの日が過ぎ。

「……あれ?」

 僕は気付いた。


「借りパクッッッ!?」


 ●■▲


「……色々と、言いたいことはあるが」

 ロインの話が終わり、俺は考える。

(あの剣は、借りたもの……だったか)

 部屋にある、古びた剣。

 記憶を探ると、確かに借り物だった。うさん臭すぎるロインの話だが、それは真実。

「ごめんな。借りパクして。返すよ」

 素直に謝ろう。あんなに歯ぎしりする程、怒っているのだから。

(裏切り……信頼の破綻)

 

 ふと、ある男の顔が思い浮かんだ。

 あいつは、今なにをしているのだろうか。


「……へっ、別に良いぜ。こんなの大袈裟だしな。それは、友情の証とかにでもしてくれよ」

 ダチ公は、鼻を掻きながら照れ臭そうに言った。

 なんだ、真剣に考えてしまったじゃないか。

「フフ……仲良いんだね。二人共」

 俺達のやり取りを見て、メイが微笑む。

 それは、何度も見た。大人しいメイらしい、穏やかな笑みだ。

「くっされ縁よッ!くされ縁ッ!そんな、大層なもんでもねぇさ!……あの時なんて、この野郎はなっ」

「おい!その話は!」

「あっ!もしかしてそれってっ!」

 それから話は弾み、俺達は思い出話を語り合う。

「あの時も、メイに助けられたな」

「さすがっ!ハニー!」

「なにいってるのよ、あれはお互い様でしょう」

 今はもう、戻れない過去。

 辛いことも、嬉しいこともあったが、そのどちらでも、こうして話すのは楽しい。

「あの山で見た星空は、格別だった」

「わたしも、覚えてる。……ロマンチックで素敵だったなぁ」

 話は進み続け、やがて。


「――スカイ・ラウンド」

 ロインとメイ。二人にとって、大切な話に。心なしか、二人の顔が真剣になったような。

「……子供の頃、お弁当を持って、よく観戦に行ってたよね」

「行ってたな。僕が寝坊すると、お前に叩き起こされて……」

 身を少し震わせて、その時の様子をロインは語る。どんだけ酷い起こされ方を……。

「だって、ロインってば!リィドさんの試合の日に限って、遅刻しそうになるんだもの!」

「……そうだったか?忘れたな。昔のことだから」

 ロインの顔が、微妙にふて腐れてるように見える。

 メイは、気付いているのだろうか。彼の感情に。

「もうっ!調子が良いんだからっ!」

 この様子では、いないだろう。ロインも大変だな。

「……僕が、それ以上の試合を見せてやるぜ」

「はい?」

「あの男以上を、お前に見せてみせる」

 強い決意が、言葉にはあった。真っ直ぐな瞳で、メイを見ている。

「あの男って……リィドさん」

「そうだ。リィド・マルゴスを越えて……優勝するッ」

 強がりのようでもある、宣言。

 その瞳を見て、メイは何を思うのか。

「……越えて、優勝」

「メイ?」

 しばしの無言の後。ぽつりと、彼女は呟く。

「そう、そうなんだよね。ロインは……」

 顔は俯き、言葉はたどたどしく、メイは言った。


「ロイン……頑張って、ね……応援してるよ」


 何かを抑えるかのように、弱弱しく、言ったんだ。

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