第6話 クラスの行方

 そこにはコトズネが、ゆらりと立っていた。

 うつむいているのに、眼鏡のレンズが怪しくぼんやりと光っている。


 どうした?、と。境が聞こうとする次の瞬間に、コトズネの顔がバッと振り上げられた。


 その顔には、教室の雰囲気に対する焦りと。境に向けられた怒りで歪んでいた。



「認めるか! 何が、『楽しく』だ! みんな忘れてんじゃないのかッ!? 成績がかかわってんだぞッ!?」



 コトズネの、その叫び声に似た反論に。教室中の動きが止まる。


「君らが楽しくやって、それでみんなの成績も連帯責任で落とされるというのに! 何を馬鹿バカなことを言ってんだ!!」


 それを聞いていた境は、頭に手の平をあてて「なんでそこまで成績に必死になってんだか……」とため息混じりに呟く。


「んじゃあ、真面目に勝利を目指しつつ、その中で楽しめばいいんじゃ――」



「ついでに、勝ったクラスには運の良くなる本が贈呈されるらしい」



「――そうだな、コトズネ。真面目にやろう。そして勝つ」

「キョウくーんっ⁉」


 唐突とうとつにコトズネ陣営に寝返ろうとする境を、真歩が両手で引き留める。境の腰にぎゅむっとしがみ付いた真歩は、使えなくなった裏切者の代わりにコトズネに反論をしようとこころみるようだ。


「成績、成績って……。そんなに成績が大切かいっ⁉ たしかにそれも大切だけど、もっと大切なものもあるだろう⁉ ボクらの、このメンバーでやるジョブ戦祭は、たった一回しかないんだよ⁉」


(む。余計なことを……、コトズネ何か言ってやれ!)


 その境の思いが伝わったかのように。コトズネも負けじと真歩に言い返す。


「僕らの成績も、この時期のはたった一回しかもらえないんだ! このたった一回の成績で僕らの進む道は変わってしまうのかもしれないんだぞ!」


(よし、よく言ったコトズネ! もっと言ってやれ!)

 内心ガッツポーズを決める境。


 そんな境に抱き着いたままの格好の真歩は、むーと不服そうに顔をしかめた。


「それは、の話じゃないか!」

「君こそ、思い出なんて絶対的なものでは、ないじゃないか!」


 お互いに譲らずの姿勢だ。二人の視線が火花を散らし。コトズネの背後からは竜が。真歩からは虎が見えてきそうなほど、険悪な雰囲気が立ちあがる。

 そして、その二人の間に居るのが境で。

 動こうとしても、真歩が腰から手を放してくれなくて。

 自然と、鋭い視線が集まって来ちゃってて。


「「…………」」

「えっと」

「「………………」」

「落ちつ」

「「うっさいな。黙ってろよ」」

「…………」


 とばっちりを受けた境は、その場の空気を読んでおとなしく引き下がった。


 しばらく睨み合っていた二人だったが。ついに、勝敗がつくことになる。

 先手を斬ったのは真歩だ。


「だいたいさ、キョウ君が教室に来る前、凄いドンヨリしちゃってたじゃん。ほんとーにあのままの方が良かったの?」

「う……、そ、それは……」

「【職業ジョブ】って、使うときに気持ちを安定させないと。全力を発揮することは出来ないじゃん。それに、ジョブ戦祭は連携が大切なのに……。本当に、成績だけを優先させるつもり?」


 言い淀むコトズネに更なる追い打ちをかけていく真歩。

 それに。境は冷や汗を浮かべる。


(あ、あれ……? 雲行きが怪しくなってきたな? 負けないよな? コトズネ負けないよな?)


 境は、コトズネをじっと見る。真歩も、そして教室中の視線がコトズネにあつまる。コトズネは。


「……ッ。ぅ……ッ⁉」


 悔しそうに、羞恥で赤い顔になり下唇を噛みながら。うっすらと涙を浮かべて。真歩と境を睨んで。


「……そ、そこまで言うんだったら。好きに、しなよ。ぼ、僕はもう知らないんだからな⁉」


 そう言い捨てて、くるりと背を向けて。教室の後ろへと歩き去ってしまった。

 その瞬間、ワッと湧き上がる教室。


「よかったー! みんなで楽しくできるよ!」

「思い出とかたくさんつくりたいもんね!」

「それに、みんなで悪い成績とっても、みんな平均だから怖くないしな!」

「いや、ちょっとはまじめにやるけど?」

「「「抜け駆けすんなよ⁉」」」


 みんな笑顔で、大いに盛り上がった教室。

 境は、それを隅のほうで壁に寄り掛かるようにしながら、半眼で眺めていた。


(あー……。負けちまったなー。まぁしゃーねーな。そんな本ごときで、俺の【凶運】がなくせるわけないしな。まぁこうとなったからには……)


 そう一人で言い訳じみたものを考えていると。

 くいっ、と。

 袖が引っ張られた。


 境が引っ張られた方を、首だけを動かして見てみると。


「えっへっへー。どうだった? ボク、ちょっとはカッコよかった?」

「マフ……」


 そこには、楽しそうに目を細めて笑う真歩がいた。

 ちょっとだけ、上目使いで。首をカクンとかしげながら「どう?」と聞いてくる。

 恥ずかしそうに、顔をほんのり赤く染めながら。

 真歩の大きなリボンが髪と共に揺れた。


「ボクね、ちょっとだけキョウ君ぽく、頑張ってみたんだよ。いつも、キョウ君に助けてもらってばっかだったからさ……」

「…………さっきのマフは、」


 境はそれの可愛らしくつい笑顔になってしまうような仕草を受けて、つい本音がポロリと出てしまう。



「鬼だった」



「え⁉」

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