第31話 これからも これからだって

 ――。

 ――――。

 満点の星空が輝く夜空の下で。

 商店街の祭りは、更に熱気を帯びていた。


 祭りらしく、大通りの横に並びはえる木々きぎには、色とりどりの提灯ちょうちんが飾られて。客を呼び込む屋台の声が昼よりも一層に大きく響いていた。

 その屋台に並ぶ品物も、大人の娯楽ごらく――ビール。それに寄り添う枝豆や、焼き鳥などのつまみ物が飛ぶように売れていく。

 顔を酔いで赤くした人々が、楽しそうに会談したり笑いあっている。


 いよいよ祭りがピークを迎えようとしている。


 そんな威勢のあるハツハツとした雰囲気を、肌で感じながら、少し開けたところに、境たちが集まっていた。


 ルナ、瞬、真歩、そして境。

 皆が売店で買った飲み物の入った缶を手にしている。


 最初に楽しそうな真歩が、缶を頭上に掲げた。


「そんじゃあ、勝利した私たちにぃ~~っ! かぁんぱーい!」

「「「乾杯かんぱいッ!」」」


 真歩の音頭おんどを受けて、境たちも一斉に缶を掲げる。カン、と涼しげな良い音をたてて、缶が打ち鳴りあった。


「いやぁ、そんにしても、さすがに疲れたよねぇっ!」


 真歩が、缶に口をつけながら、ニコニコして言う。その言葉に、境も頷く。


「ああ、そうだな。さすがにな」

「うんうん。 特に如月きさらぎ君なんて、血をドバドバ流してたから、あん時はビックリしたよ」

「……あッ! そう言えば、キョウ、怪我はッ!? 特に肩とか……ッ!?」


 瞬の言葉に、ルナが思い出したように声をあげた。そして、心配そうに詰め寄って顔を覗いてくる。

 そんなルナに、境は一言。



「え? 直ったけど?」



「――」


 言葉をなくし、口を開けたまま固まるルナに、真歩が声をあげて笑う。瞬も「ああ、僕もこんな感じだったのかな?」と、過去を振り返り笑っていた。


「そう言やぁ、ニャン吉は? まだ来ないのか?」


 境が、キョロキョロと辺りを見回しながらそう聞く。


「え? にゃんきち? 誰それ」

「あっ! あの、中に人が入っている人形の事ね! 確かに、遅いわねぇ。用事でもあったのかしら」


 ルナの応えに、何も知らない瞬と真歩が、首をかしげた。


「中に人……?」

「そうよ! 人形には、中に人が入っているですから! ……ホラ、あそこで子供たちに風船を配っているうさぎちゃんだって、中に人が――」

「わーーー! わーーーッ!? やめて、まだ信じてる純粋な子供も居るから! 夢を壊さないであげてッ!?」


 子供たちの夢を無意識に破壊しようとする魔王ルナを、瞬と真歩は焦って止めにかかる。


 そんな光景に、境は小さく乾笑からわらいをするのであった。


 そんな感じで。飲んだり、食べたり、主に真歩からの先程までの戦いを武勇伝並みに改造したのを聴いたりと。


 しばらくした後。


 境は、くい、と。片手で缶をあおぐ。

 中の炭酸も、少し薄れて来たようだ。時間の経過を感じながら飲んでいると。


「キョォウくぅん~~~~!」

「のわッ!?」


 誰かが思いっきり腰にタックルを仕掛けてきた。それが結構な勢いで突っ込んで来たらしく、一瞬押し倒されそうになった。

 が。そこは堪えて踏みとどまる。


 視線を腰に下げると、そこには頭に大きなリボンをつけた幼馴染みの姿が。真歩は抱きついたままふにゃふにゃと笑って見上げている。

 心なしか、顔に朱が入っていた。


「おいおい、あっぶねぇなぁ……って、酒クセェ! 飲酒だなッ!? 酒のんだなッ!?」

「えええ~? これ、お酒だったんだぁ? ちょっと苦かったけど、気づかなかったにゃあぁ。ホラぁ、普通の外見だしぃ」


 確かに。梅酒とかチューハイとか、見た目がジュースと変わらない缶はそれなりにある。

 なら少ししょうがないか、と思いつつ缶を見てみると。


 筒状の曲線を描く缶。


 その缶は、銀の金属光沢を見せており。


 黒い文字と、とてもシンプル。


 売り文句は、洗練されたクリアな辛口。


 ちょうど真ん中に英語で書かれた商品名。


 その名は、『アサヒ スーパァードラ

「――っと、待ったぁッ!? これ、見たまんまビールだろぉッ!?」


 グググ……と、酔いに酔いまくった真歩を引き離そうとする境。しかし、どういう訳かべろんべろんの真歩はなかなか離れない。


「えへへぇ。キョウくぅ~ん。僕ねぇ、頑張ったんだよぉ? もっと誉めてよぉ。なでなでしてよ~」


「あ? あー。そうだなー。よしよしー」


 こりゃダメだと諦めた境は、棒読みで労いのコメントを言い、わしわしとその柔らかい髪を撫でる。

 撫でられた真歩は、それはもう満更まんざらじゃない顔で、気持ち良さそうに目を閉じた。

 ……まるで、子犬のようだ。と、撫でながら境はぼんやりと思った。


 そんな事をしていると、ルナと目が合った。

 ルナは、さっきからずっとこちらを見ていたらしい。

 ルナは境と目が合うなり、慌ててそっぽを向いてしまった。どこか不機嫌そうにも見える。そんなご機嫌ななめなルナさんは。

 ぼそり、と。


「キョウ、不倫した。私のこと、好きって言ったのに」


 なんか凄いことをおっしゃった。


「えええッ!? そ、それは本当かにゃッ!? キョウ君!」

「はぁッ!? ちげぇし。んなこと……あ。言ったわッ!?」


 境は、戦っていたときの事を思い出した。

 その証言に、真歩は顔を赤から青へ塗り替えた。


「ゆ、ゆるさいよ! キョウ君! このボクを置いて、そ、そそそんなッ!?」

「いや、違うから。マフの考えていること絶対違うからッ!?」

「え? まさか、私の事をなかったするつもりなの? ……私のもてあそばれてしまった体はどうしたら良いのよ……?」

「だーかーらー! 違うって言ってんだろうがこのアホがぁッ!?」


 近くを通る人々の視線がとても痛い。


 なぜ、ルナは俺と真歩が話しているのを見て不機嫌になったのだろう。

 ルナもお酒を飲んでしまったのだろうか。


 そう考えながら首をかしげると、瞬に苦笑いされてしまった。

 ……なぜだ。


 そんなかんだで、流れていく時。


 いつもの光景。

 いつも笑顔。

 いつも楽しそうで。

 そんないつもの過ごす世界。


 でもそれが、どれもかけがえのない物に感じられて。


「……」


 境は、自然と笑みを漏らした。

 それに真歩たちが不思議そうな顔をする。


「どうしたの? 如月君」


「いや、なんでもないんだ……」


 ただ……、と。

 境は、パッと向日葵のような笑顔を見せた。



「――大切なものを守れて良かった、て。ただそれだけだ」



 その言葉に、ポカンとした瞬は――

 ルナは――

 真歩は――




 職業ジョブ


 それは、誰もが持つもの。


 それは、生まれたときからの運命さだめ


 それは、けして同じものなど存在しない。


 ―――


 



 



 これは、【凶運】の彼が紡ぐ物語。









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