第21話 力になってもらおうかっ!(ニッコリ)

 同時刻。


「……ついたね」


 息を整える瞬の前に、学校の敷地が広がっていた。


 ここは、瞬たちの通う咲宮さきみや学園の、校門前。

 門の奥に広がる桜のトンネルは美しく。風が撫でるたびに、ひらひらと、花びらが舞っていた。

 更にその向こう側には、まるで西洋の城や貴族屋敷のようなデザインの学園校舎が、威風堂々とそびえ立っている。

 まるで、おとぎ話の中のようなそれは、視界に入るたびにため息の出るような美しい情景だった。


 しかし。


「……あの二人が心配だからなぁ」


 瞬は、そんな景色に一瞥いちべつもくれることなく歩を進める、


 別に、あの二人がへまをするとは到底思えないし。信じてはいるのだが……。


「……」


 なぜか、ざわざわと胸騒ぎがするのだ。


 どちらにしろ。今は、寄り道などしている場合ではない。


「先を急ごう」

「そうね」


 瞬のその言葉に頷いた真歩も、瞬の後ろ姿を追いかける。


 下駄箱前の扉を勢いよく開きあけ、靴を手に持ったまま階段を駆け上がる。

 そのまま、いくつかの教室に目もくれることもなく、ある部屋の前でピタリと止まる。


 職員室。

 扉の前にそう書いてあった。

 さっそく、その扉に手をかけようと……。


「ま、待って。待ちなさいよっ!」

「?」


 真歩が瞬の行動を止める。


 瞬は不機嫌そうに、半目で真歩を流し見た。


「なにかな」


「だって、よくわからないんですものっ! なんで学校なんか来たのよ! 屋敷とは反対方向って言ったじゃない!」


「だからさっき言ったでしょ、『便利なオカマ』がいるって」


 言い訳の利かない子供を相手にするかのように、ため息混じりに言う。


 その様子に、真歩は自分が馬鹿にされていると感じとったのか、さらに顔を赤くしていきどおりを見せてきた。


「それはわかっているわよ! あのオカマ先生に来てもらうんでしょ。まぁ、力がありそうだし……」


 その、覇気はきに満ち溢れた声が。


 ちょっとずつ、ちょっとずつ、最後の言葉が尻すぼみ気味になり。


「でも、でもね。ダメなの。……


 悲しそうに、諦めたかのように小さく呟く。


「あの屋敷には、あの八人の護兵だけじゃない。あれは、。本当は、本当はっ。……、のよ」


 そう言った真歩の顔に、サッと絶望の影が差す。そのまま、力なくうなだれて、ポツリポツリと言葉をこぼしていく。


「……それも、みんな鍛錬たんれんされた腕利きばかり。……きっと、もう屋敷にも伝わっているはず。屋敷の周りには、もう入る隙間は無いわよっ。…………りよ」


 一呼吸置いて、真歩が顔をパッと、上げた。



「もう、無理よっ!!」

 


 そう叫んで、ワッと、顔を両手で隠してしまった。そのきしゃな肩が。握られた拳が。

 小刻みに震えている。

 ……泣かせてしまったようだ。


「……」


 瞬は、感情の読み取れない無表情で、泣いている真歩を見つめた。

 見つめる、ジッと真っすぐ見つめて―――


「…………?」


 そして、コテン。と、首を小さくかしげた。

 まるで、意味がわからないとでもいうかのように。



「…………よく、わからないけど……。屋敷には、よ?」



 そんな予想外な瞬の声――そして、その場の時が止まった。


「…………え?」

「いや、だって、そんな腕利きばかりの所に突っ込んでいけるはずないじゃないか。ライオンの檻に入るようなもんだよ、それは」

「え……え? ……じゃ、じゃあ、屋敷には入らないの?」


 真歩が眼を点にして、絶句ぜっくしている。


「は? 入るけど?」


 さも同然かのように、そう言い放つ。


「…………、……え? ちょ、ちょっと待って。行かないのよね?」

「うん」

「でも、入るのよね?」

「うん」

「…………矛盾、してるわよ」


 理解出来ない。

 真歩のその苦々しい顔には、ありありとそう書いてあった。


 確かに。

 矛盾している。

 自分でも、そう思う。

 そう思いながらも。


 それでも。


 瞬は絶対的自信を持って言える。


 例えば。


 目の前に、一冊の本が有るとする。

 その本の内容を知るには、読まなくてはいけない。ページを開き、読んで、頭に入れなくてはいけない。


 しかし。


『一ページも開かずに、内容を理解しろ』なんか言われてしまえば、もう手も足も出ないだろう。


「―――と、考えるのはアホな人だろうけどね」


「え…………」


 真歩のポカンとした間抜けな顔を、流し見つつ。瞬は不敵な笑みを唇に形づくる。



「現実を折り曲げて、想像をリアルにすんのが――【職業ジョブ】でしょ?」



「想像を、リアルに……」


 目を見開いて、その言葉をオウム返しに呟く真歩。

 そんな真歩に、瞬は嬉しそうに大きく頷く。


「そう、なんでもできるんだ。一人だと、一つの【職業】しか使えないけど……たくさんの人が力を貸しあえば。想像は、頭の中だけの世界じゃなくなるんだ。―――行ったことのある所なら、どこでも瞬間的に移動できるような、【】のようにね」


 自信に溢れた瞬の横顔を、口をぱくぱくさせて見つめる真歩を置いて、瞬は手を伸ばし。


「そのためには、まずオカマに会わないとね」


 と、言い。


 職員室の引戸ひきどにかける手に力を込める。


 ―――前に。


「んもう、さっきから、『オカマ』『オカマ』とうるっさいわねっ!」


 後方から、唐突とうとつな叫びが廊下に響き渡った。

 その声は、独特のあるハスキーな声で……。


「あ、マイちゃん先生」


 振り向いた瞬は、教科書の山を持った、背の高い相手をゆっくりと見上げた。


 見上げると、そこには見慣れたゴツイ顔を怒りに染め上げているマイちゃん先生の姿があった。


 そのいで立ちは、キラキラと光る吐き気をもよおすようなドピンクに、ひらひらのスカート。服は似合わないのに、鼻孔びこうを微かにくすぐる爽やかな花の香りの香水が、なぜか無性に腹立たしい。

 とにかく、違和感しか覚えさせない、いつものような服装だった。


 そんなマイちゃん先生が、ズイッと、瞬と真歩に顔を近づける。


「あんたたち、いったい誰の事を『オカマ』と言っていたのかしら! ダメでしょう。そんな風にだれかの陰口を叩くのは!」


 ――いや、あんたの事だが。


 そう思うよりも速く。


 そう言ったマイちゃん先生は、怒りを表現するかのように教科書の山へと一発打撃を放った。


 目に追えないような速さで、教科書の表面を殴りつけ―――


「「はっ!?」」


 文字通り、散った。


 マイちゃん先生の手にあった教科書のうち一冊が、パアンと破裂して、辺りに紙飛沫かみしぶきを飛ばせた。


 その様子に、瞬たちは固まり。マイちゃん先生は「あら」と、頬に手をそえた。


「あらあら、ちょっと力を込めてしまったかもしれないわぁ。……そ れ で ? 誰の事を『オカマ』と言ったのかしらぁ?」


「「…………」」


 あんたの事だ。とかは、もう口が裂けても言わぬ。

 だらだらと、汗を滝のように流して、そう心に誓う瞬と真歩であった。




「……なるほどね。だいたいの事はわかったわ」


 瞬たちの話を聞いたマイちゃん先生は頷いた。


「私も、力になりたいと思うわぁ」

「……! じゃあ、さっそく【転送】を――」

「――けど」


 と。真歩の言葉を、マイちゃん先生が遮る。そして、目を伏せながら。


は力になれないわ」


 そう、言い切った。


「「ええっ!?」」


 これには、真歩はもちろんのこと。瞬までもが驚き声に混ざる。


「……どういう事ですか? もしかして、屋敷に行った事がないとか?」

「いいえ、違うわ」


 じゃあなぜっ!? と、身を乗り出して食いつく瞬に、マイちゃん先生がゆったりと首を横に振る。


「落ち着きなさい、神風かみかぜ しゅん。貴方らしくないわよ」

「くっ……」


 そう語られ、瞬は悔しそうに引き下がる。


 その様子を流し見た後。

 マイちゃん先生が、真っ赤な口紅で塗られた唇をひらく。


「貴方たちのしていることは、とても危険なことなのよ。……わかると思うけど、私は教育者なの。だから、みすみす貴方たちをそんな所へは行かせられないわ」


 口調こそ変わらないが、二人を射ぬくように鋭い目線が、その真剣さを。信念さを表している。


「「…………」」


 その言葉に、瞬と真歩はうつむいて押し黙るしかなかった。


 マイちゃん先生は、そんな二人を見て。ふっ、と笑いを漏らす。

 そのままきびすを反して立ち去ろうとすると。


「ふ、ふーん。手伝ってくれないのね? ならボ、ボクにも考えがあるわ」

「ふっ。何かしら、探見さがみ 真歩。言っておくけど、この私に生半可なおどしが通用するとでも―――」


「貴方が、インスタで自撮りしたのを加工して、一人なのに『彼氏とデート♡』とか嘘ぶいてたの学校中にばらまいてやるわっ!」


「わぁああああああっ!? 止めてくださいお願いしますぅううううっ!?」


 もうマイちゃん先生は泣くしかなかった。


「ふふふ……。止めてほしければ……。わかっているわよねぇ?」

「はい、ぜひ【転送】させてください!」

「よろしい」


 もの凄く邪悪じゃあくな顔で笑う真歩に、あのマイちゃん先生が下手に出ている。……というか、下手に出るしかないようだ。


 下剋上げこくじょうを突き付けて、女子の暗黒の闇の面を見てしまった瞬は。


「…………」


 真の魔王を見たような目で、その場で震えるしかないのであった。

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