リアル世界のクロウサギ

仲乃 古奈

序章

始まりの夜色

 『――職業ジョブ




 『――それは、誰もが持つもの』




 吸い込まれそうなほどの暗い空。

 冬の切るような寒さが、辺りを支配している。

 宝石のように輝く色とりどりの都会の灯りが、狭く暗い道をぼんやり照らす。

 昼間のような忙しさはなく、都会全体が静まりかえっていた。


 そこに、走る影ひとつ。


「ハァっ、ハ、ハァ……っ」


 息を切らしながら都会の裏路地を走るその人は、シルエットからして高校生くらいだろうか。

 後ろを気にしたように振り返りつつ、バッと横道に飛び込む。




 『――それは、生まれたときからの運命さだめ




「ちっ……。まだ追ってくるんかよっ」


 その人の声は、どこか中性的だが、口の悪さからして少年のようだ。

 彼は額に汗を浮かべ、後ろの方に目線を流す。

 その途端。


「!」

「いたぞ! あの角を曲がっていった!」


 二人の警備員らしき人たちが、少し離れた角から飛び出し追ってくる。あわただしそうに走ってくる二人の手には、一般人には使わないはずの警棒が。


「ったく、しぶてぇな……」


 それを溜息交じりに確認してから、前方に視線を戻す。そこには、ビルが。都会に合うような三十階はありそうな高層ビルがそびえたっていた。




 『――それは、けして同じものなど存在しない』




 カンカンカン、とリズムよく階段を駆け上がる靴音。

 額から汗を流しながら、それでもスピードを落とさない。しばらく上ると、不意に前が明るくなった。屋上だ。

 少しでも時間稼ぎになるかと、扉を叩き閉じて走り出す。


 数十メートル走り、屋上の中心くらいまで来たかと思うと。バァンっと音をあげ、彼の後ろのドアが勢いよく開いた。


「くそ! ちょこまかと……待ちやがれぇっ!」


 苦し気に顔を歪めながら警備員らが、ドアから飛び出し追ってくる。

 そのうちの1人が息絶え絶えに前を走る彼に叫ぶ。


「どれだけっ、逃げても無駄だぁっ。ここは、屋上っ。その先は……っ、行き止まりなんだぜぇ!」


「……」


 確かに、フェンスとその先に広がる闇夜がドンドン近づいて来るのは見えていた。それを、見つめて……スッと目を細めた。




 『――――』




「………」


 見えているはずなのに、彼は勢いを落とさない。

 むしろ更に加速を始める。


「……え? あの、ちょっ。まッ!?」


 後ろで狼狽うろたえる声が聞こえるが、そんなの知ったことじゃない。


 ダンッと、足に力を込める。

 跳躍ちょうやく

 そして、フェンスに軽く飛び乗る。

 流れるような身のこなしだ。

 まるで、慣れているようだった。



 ――いや、本当に彼は慣れていた。



「まぁ、だからな……」


 そう呟く彼は、その勢いに任せたまま、高層ビルの屋上から闇へ踊った。




 彼の名前は、『如月きさらぎ きょう』。

 【職業ジョブ】、【凶運きょううん】の持ち主だ。

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