第16話


「どうして退団したんですか?!」


「いや、ディヴァインが騎士を辞めさせられたと聞いて、その翌日にデルダルクが辞表を提出したという噂を聞いてな。あの馬鹿を問い詰めてみればそれが事実だと分かったから私も辞めてきた」


「理由になっていませんよ?!」


 リノは御者席を降りてマリファさんに詰め寄ったが、僕は、もう衝撃的過ぎて力が抜けてしまった。というより、マリファさんが抜けて王都の魔術師団が回るのかという心配が主だったが……


「……時にデルダルクよ」


「な、なんですか?」


「ディヴァインの旅に同行するとはうまくやってではないか」


「は、はい……そのことに関しては私自身とても嬉しく……」


「うむうむ! ようやくお前たちの関係が進展したようで、私も嬉しい限りだ」


「あ、いえ、そのことなんですが……」


「ふむ? 何々……なっ!? お互いの両親に挨拶まで済ませておいて、まだこくは、むぐっ!!」


「シーッ! シーッ! 声が大きいですよマリファさん!」


 蚊帳の外……か。いや、リノが楽しそうだから僕としてはそれでいいんだけど。マリファさんと仲が良かったのは意外というか……仲間外れにされたみたいで少しだけ寂しいというか……


「この唐変木がっ!!」


「突然の罵倒?!」


 えっ、何で今僕罵られたの? 僕、完全に蚊帳の外だったよね? 何も喋ってないよね?


「ちっ! まぁいい……全く貴様は、王都騎士団に愛想をつかして来てみれば、またこうして厄介ごとに巻き込まれているのだな」


「それは僕のせいじゃないというか……」


「ええ、本当に困ったものです」


「味方がいない……」


 二対一である。このままではこのゴーレムに関しても僕がいるからという暴論で片づけられてしまう。それだけは阻止しないと……


「でも、おかしいと思いませんか?」


「何がですか?」


「何がだ?」


 僕はゴーレムを指さす。

 通常、ゴーレムはダンジョンから発掘した特殊な魔道具によって作り出されるが、構築される体の強度と見た目は素材にした材料に大きく左右される。そして今回の問題の原因となっているゴーレムを見ると、見た目の色合いが完全に”終戦の橋”に使われている素材とそっくりだった。


「この橋と同じ素材は他の場所では見つかっていません。つまりこの橋と同じ色ということは、誰かがこの場でゴーレムを作り出したという可能性が高いということです。でも、それならその人物はゴーレムを作り出す貴重な魔道具を五個も持っていたことになる。王国ですら緊急時にしか使わず三個しかもっていなかった魔道具を五個もです。普通ならそれは考えにくい」


 それに目的がわからない。単に邪魔をすることで王国と帝国との国交断絶を図る者の犯行か、それとも別の狙いがあるのか……どちらにせよ、これほどの数のゴーレムを作り出せる者の犯行であることは間違いない。


「ディヴァインは、これが錬金術師の手によるものだとでも言いたいのか?」


「れんきんじゅつし? ですか?」


「ああ、錬金術師というのはだな……」


 マリファさんがリノに説明をしてくれているので、僕は少し深く思考する。

 錬金術師。確かに、僕は彼らの手によるものだと予想している。

 いや、でもあり得ない。あり得るはずが無いんだ。だって、錬金術を使うことのできた唯一の種族は国ごと消滅したはずだから。

 魔王の眷属たち、魔族と呼ばれる者たちが使うことのできた金をも生み出すことができる術。それが錬金術だ。

 大戦の発端も、彼らの錬金術に目がくらんだどこかの貴族が魔族狩りを始めたという噂が広まったからだという。そして、それが魔王の逆鱗に触れ、大戦が始まったというのがあまり信じられていない方の一説だ。


 だが、魔王が父さんによって倒され、神の雷とやらによって魔王領がこの奈落と化してしまった以上錬金術の使い手はいなくなったはずだった。残された種族に使うことのできるのは、ダンジョンと呼ばれる遺跡や迷宮に過去の魔族が遺した一部の錬金術が使用できる魔道具だけ。

 ゴーレム生成という魔道具をピンポイントで五個持っているなんてまずありえない。

 だから、錬金術の使い手である魔族が、実は生き残っていたという説の方が有力だと思ったんだけど……


「……という訳なのだが、私は何者かが魔道具を五個持っていたという方が理解できる」


「そうですね、その誰かの目的は分かりませんが私もそう思います」


 二人の意見は違うようだ。確かに、魔道具を五個そろえるのも不可能ではないが……いや、やめよう。所詮僕達が考えているのは予想に過ぎない。

 錬金術師……魔族が生きているということ、貴重なゴーレム生成の魔道具を五個持った誰かがいるということ。そのどちらも同じくらいにあり得て、また普通に考えればあり得ないことだ。


「す、すみません。すみません。ちょっと通してもらっていいですか? すみません……」


 僕達が難しい顔で考察している横を、まだ若い少年が通り過ぎていった。背丈に似合わないぶかぶかのローブを引きずりながら走るその姿はとても微笑まし……


「ッ!」


「先輩? どうかしましたか?」


「い、いや、なんでもない」


「どうした顔色が悪いぞ?」


「少し考えすぎたみたいです。ちょっと座ってきます」


 二人は僕を心配そうな顔で見ていたが、実際に、僕の体は冷や汗をかいていた。


「あの少年……」


 僕はあの少年を見た瞬間、背筋に嫌な寒気が走った。

 少年の周りの旅人を見ると、ほとんど全員が頬を緩ませている。誰も、僕が感じたような悪寒を感じてはいないようだ。


「気のせい……なのか?」


 見た目的にはまだ成人前、十一歳と言ったところだろうか。そんな小さな少年が王都の方から走ってきた。馬車で七日かかったこの場所まで、たった一人で……

 僕が感じた寒気は、あの少年への違和感を無意識に感じていてからなのか……それとも、もっと別の何かが働いたのか……


「どうした? ディヴァイン、疲れているのならば私のことなど気にせず休んでいても良いのだぞ?」


「いえ、先ほど通り過ぎた少年が困っているようなので……」


 僕は違和感の正体を確かめるために、自分から近づくことにした。できれば、何事もおきないで欲しいが……


「ほう、殊勝だな。見ず知らずとはいえ、子供は放っておけんか……そういう所はよく気付く奴よ」


「流石先輩ですね、私も放ってはおけませんし、ご一緒します」


「私も行こう。子供の相手は得意ではないが……まぁそこはお前たちに任せる」


 ただの困っている子供相手なら、リノがついて来てくれるのは心強い。面倒見がいいのか、母性が強いのか、騎士時代の巡回中も迷子の子供を何度もあやしていた。

 そしてマリファさんは……ただの迷子の子供なら、なんでついてきたんだろうと思うところだが、もし僕の悪寒が何かを示していたなら、きっとこれほど心強い人はいない筈だ。


「……ありがとうございます」


 二人に向けた感謝の言葉に少し意味を含みながら告げると、二人は何かを感じ取ったのか纏う雰囲気が変わった。

 でも、今は少しだけ抑えててください。


 そして僕はゴーレムの前で立ち尽くす少年に声をかけた。


「どうしたんだい? このゴーレムならまだ動きそうにないけど……」


 少年は僕が声をかけるとぐるっと振り向き、僕の手を握ってこう言った。


「お願いです! このゴーレムを『解呪ディスペル』したいんですけど魔力が足りなくて……お兄さん! 僕に魔力を分けてくれませんか?」


 少年が告げた言葉は今日何度目かの衝撃で、僕はどうしたものかと頭を悩ませた。

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