第16話   列車の窓からカウボーイ

 各駅で停車するたびに、セシリアは己の指定席に戻らねばと焦った。メルの隣に、誰か座るかもしれないから。けれども、従業員用の車内は降りる人ばかりで、次の駅も、その次の駅も、メルの隣には誰も乗ってこなかった。


「わたしたち以外、誰もいなくなっちゃったわね。お客さんはたくさん出入りしてるのが窓から見えたけど」


「従業員用の車両も、混むときは本当に混むよ」


「ほんと?」


「うん。指定席に誰かの荷物が置かれっぱなしなだけで、ちょっとした口論が起きるぐらいさ」


 メルは大きく背伸びをして、背筋を伸ばした。その仕草は人間っぽかったが、背中から鳴る音は、バキボキと激しかった。


 セシリアはギョッとする。


「大丈夫? ものすごい音が背中から鳴ってたけど」


「ああ、最近ずっと針仕事に追われててね、ミシンも使うんだけど、やっぱり細かい調整は手縫いなんだ。気づいたらひどい猫背で集中してることも多いんだ~。僕の方こそ、休憩が必要だね。ロビンのこと言えないや」


 本当に猫背だけが理由なのか、セシリアは疑問に思ったが、人の体調不良をこと細かく根掘り葉掘り聞くのもおかしなことかと思い直し、気にしないようにした。


「僕は次の駅で降りるよ。セシリアは初めての列車、一人で降りられそう?」


「あら? わたし、初めて乗るなんて言ったかしら?」


「ハハ、そんなにギクシャクしてたら、すぐにわかるよ。僕も初めて電車を一人で乗ったとき、ドキドキしたなぁ。うっかり違う駅で降りちゃったらどうしようとか」


「ああ、それはわたしも今、すごく心配してることだわ。遅刻厳禁の用事だから、絶対に間違えないようにしないとって気を張ってて、ドキドキしてる」


「ふふ。窓がうまく閉められなくて、大慌てしちゃって、別の人に閉めてもらったりね。初めてだらけだと、大変だよね」


「あ、そうだわ、わたしも自分の指定席の窓を開けっ放しで来ちゃってた。行儀悪いわよね、ちょっと閉めてくるわね」


 セシリアは立ち上がり、自分の本当の席へと移動して、窓に手をかけた。そのとき、


「アーララララーイ!」


 威勢の良いバスボイスを響かせる謎の男性が、カウボーイハットの羽根飾りを揺らして、列車の窓をゆったりと横切ってゆく。


 セシリアはびっくりして、窓を大きく開けて頭を外へ出した。


 赤茶色の尻尾を揺らす馬のお尻が見えた。男性は馬に乗ったカウボーイだった。


「ハーイ! クールなキッズたち、チケットは持ったかなー? お昼ご飯をしっかり食べた後は、お待ちかねのカウボーイ・ザ・ハットが大活躍する時間だ! 本物のお馬さんにも乗れるよ! ぜひぜひ遊びに来てくれよな! 待ってるぜ〜い!」


 カウボーイは手綱を操って、馬を回れ右させると、またセシリアの目の前まで戻ってきた。肩には房の付いたポンチョ、シャツがはち切れんばかりの厚い胸板にはでっかい星のワッペンが輝き、ズボンは革製の泥除けに覆われ、かっこいいブーツにはサボテンが刺繍されていた。


 セシリアは呆然とカウボーイを見送った後、窓を閉めた。


「ああびっくりした……子供向けの演劇が、この近くで始まるのね」


「荒野を疾走する豪快なカウボーイの、ヒーローショーだよ。毎回主人公役のカウボーイが変わるんだ。あのおじさんが一番ファンが多いんだよ」


「へえ〜。わたしも観てみたいなぁ。カウボーイなんて本の中でしか会ったことがないわ」


 セシリアは興奮冷めやらぬ様子で、メルの隣の席に戻ってきた。しばらく子供向け会場についてメルから教えてもらい、セシリアは鞄の中から取り出したメモ帳にびっしりネタを書き留めた。


 そうこうしている間に、次の駅に到着した。


「さて、僕も降りないと」


「え!? あ、いつの間に次の駅に!?」


 列車が走りだしていたことにも気が付かなかったセシリアは、窓の景色をあちこち凝視して、大焦りする。


「ねえメル、わたしが目指してる終着駅まで、あとどれぐらいの数の駅を通過すればいいかわかるかしら」


「うん?」


「念のため、今まで停車した駅を数えてたんだけど……なんか、今のショックでわかんなくなっちゃったの」


「あと五つだよ。がんばってね、セシリア」


 メルは荷物を両手に、降りて行ってしまった。


 車内はセシリアだけとなる。何かわからないことがあっても、誰かに聞くことができないのは、初心者のセシリアにとって大変心細く感じたのだった。



 列車が動き出す……。セシリアは一人、指定の席で切符を握りしめていた。終点を乗り過ごしてしまったら、列車とともにそのまま車庫に納まってしまうんだろうか……不安な妄想が頭に浮かんでしまう。


(さっきまではメルが話し相手になってくれてたから、気が紛れてたのね……。ああ、早く着かないかしら。緊張し過ぎて、気持ち悪くなってきたわ)


 手に汗握りながら車窓を眺めていると、一軒一軒がとてつもなく巨大なホールが見えてきた。


「まあ……! あんな広い所で演劇を? それとも、建物内に幾つも会場が入っているのかしら」


 セシリア以外に誰もいない。次の駅も、その次の駅も、そう思っていた。


「あら?」


 大工さんだろうか、それとも、そういう役を演じている役者さんが、衣装をそのままに乗り込んできたのだろうか、ガタイの良い作業着姿の男性が大勢乗り込んできた。


 彼らは仕事上で少々もめているらしく、ワイワイガヤガヤ、なにやら専門用語で言い合いしながら、切符とにらめっこし、各々指定席に着席していく。


(大きな建物の多い地区だものね、建築も、修繕も、大人数でやらないと終わらないでしょうね)


 セシリアの隣には、誰も座らなかったが、前の席と、後ろの席から、妙な圧迫感を覚えた。それほどまでに彼らの存在は強烈であった。


(あぁ……機嫌の悪い人たちに囲まれるのは、何度経験しても慣れないわね……)


 あの黒い羽の生えた不気味な馬の馬車に、ぎゅうぎゅうに押し込められていたトラウマが、いまだに消えないセシリアなのだった。


 ふとセシリアの視界の端に、全身を真っ黒なコートで包んだ、スラッとした男性が、一人。座席にびっしりと座った男性陣に驚いたのか、非常におっかなびっくりした様子で、おろおろと自分の座席を探し始める。


(あらら、威圧されてるのはわたしだけじゃなかったわ……)


 背が高いのに、猫背でおろおろしているせいで、逆に目立つ。両手には黒い布で包んだ、細長い棒状の何かが。セシリアはその長さと細さに、見覚えがあった。


 彼がセシリアの席の横を通り過ぎようとしたとき、思い切って声をかけてみた。


「その剣、もしかしてロビンさんですか?」


 細身で縮こまり気味の青年が、びっくりと肩をふるわせて、セシリアを見下ろした。


「ど、どうして僕だとわかったのですか」


 まるで言い当てられたことが、迷惑かのような顔色だった。セシリアはロビンをびっくりさせてしまったことに慌てた。


「剣が見えたので、なんとなーくお声がけしてみました。以前、メルさんと食堂で食事しに来てくれたことがありましたよね? それで、あなたに見覚えがありまして」


「食堂? えっと……給仕をしていた人ですか?」


「はい! わあ、覚えててくれたんですね」


 喜ぶセシリアに、ロビンが顔を引き攣らせる。


「ああ、いえ……すみません、あんまり覚えていなくて……シルビアさんでしたっけ」


「セシリアです……」


 ロビンは再度「すみません」と小さく謝った。それが本当に申し訳なさそうに見えたので、セシリアも引き留めたことを謝り、ロビンはものすごく離れた席に座った。


(どうしたのかしら、あの人……以前会ったときよりも、もっと困ってる感じがしたわ)


 なんだか、今の彼に話しかけては悪いような気がしたセシリア。彼が指定の席を見つけて座り、次の駅で下りてゆくまで、一言も話さないでおいた。


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