04 イラつく草むしり【根木颯太郎】

“パーマカルチャー” とは、1970年代に作られた言葉で、permanent永続する agriculture農業、さらにはpermanent永続する culture文化という意味が込められている。


 地球汚染や環境破壊の危機が叫ばれ、エコロジカルな生活や企業活動が推奨されて久しいが、生命を育む地球の環境を台無しにしていく人間の生産活動は、留まる気配を見せるどころかますます加速している。

 その一方で、工業や製造業といったハードを作り出す第二次産業、人々に知識や健康、利便性や娯楽を与える第三次産業はすでに成長のピークを越え、今後は停滞または下降の時代が待っていると予測される。


 行き詰まる社会システムの中で、1970年代に二人のオーストラリア人によって提唱されたパーマカルチャーの基本概念は、第一次産業のひとつであり人類の生命活動の根幹に深く関わる農業を軸とし、持続可能なライフスタイルを模索するきっかけとして、今後注目されるべきものである。


 平成から令和へと元号が変わり、新たな時代の幕開けを否が応でも感じさせられる今。新しい視点を伴って人間の生産活動の原点に立ち返り、予測不可能な下降の時代を乗り越えるべきだ。

 神崎社長のその視点は、人々に新しい潮流を見せ、より良い人生へと導く我が社の使命に適う素晴らしいテーマだと思うが――――


 ぶちぶちと雑草を引き抜く根木の手に、無駄な力が込められる。


「……というわけで、今後当社がパーマカルチャーの啓蒙に力を入れていくと決めた神崎社長の先見の明に、私はいたく感動したんです」


 自分と背中合わせにしゃがんで草を抜きながら、越川という講師に熱弁をふるう香菜の言葉がどうにも癪に障るのだ。


 我が社 “ゼアズ・ア・ウェイThere' s a way・ジャパン” の設立者であり社長である神崎剛也ゴーヤは四十五歳。容姿端麗でバツイチの独身貴族。

 同期の尾倉オクラ香菜は、学生時代に彼のインタビュー記事を読んで彼に心酔し、入社を強く希望していたらしい。

 そういったいきさつがあって、彼女は事あるごとに神崎社長のことを褒めちぎっている。

 社長の有能さは根木自身も疑う余地がないが、ミーティングやら同期会やらで香菜と顔を合わせるたびに社長への絶賛を聞かされる根木としては、何故か無性に面白くないのだ。


 力任せに草を引っ張ると、根元でちぎれて根が土の中に残ってしまう。耕すときにシャベルや鍬に引っ掛かるから、根ごと丁寧に引き抜くようにと越川からレクチャーを受けていたことを思い出す。

 単調な作業としゃがみ続ける体勢の辛さもあって、どうもイラつきやすくなっているようだ。

 イラつくと言えば、農作業に赴くとは言えどダサい格好は見せられないと気遣って選んだジャージだったにもかかわらず、尾倉香菜が寄越した視線には侮蔑の色すら見えていた。


 作業もクソつまらないし、やっぱり全然面白くないな……。



「神崎社長と同じく、僕も今の社会システムには行き詰まりを感じています。もっとも、僕の場合は、自分自身の人生に行き詰まりを感じていたのもあるんですがね……」


 香菜の熱弁を黙って聞いていた越川が、穏やかに語る声が背中越しに聞こえてくる。


「パーマカルチャーを実践するにあたっては、伝統的な農業の知恵を学び、現代の発展した科学や文化を組み合わせて、地球の環境を破壊することなく自然の恩恵を受けながら永続的に生産していく方向性を見出していくことが基本的な姿勢になります。その基本の上に、エコロジカルな衣食住のあり方をデザインしていくわけです」


「そう言えば、ニュージーランドでパーマカルチャーを実践している農場の記事を読んだのですが、農場内で生産活動が完結しているというそのライフスタイルには美しさがあふれていました。文明が逆戻りするというのとはまた違って、新しいトレンドを感じさせますよね」


 パーマカルチャー談義に花を咲かせる香菜と越川。

 楽し気な香菜の声のトーンは常々自分に向けられるものとはまったく異なり、それもまた根木の心にモヤモヤとしたものを積もらせる。

 その声に意識を集中しすぎまいと視線を泳がせると、区画の端っこでせっせとタンポポの花を摘んでいる苺子の姿が見えた。


「野田さん、花を摘むだけじゃ除草にならないよ。根っこまで引き抜かなくちゃ」


 根木がそう声をかけると、純白のパーカーをまったく汚していない苺子が振り返った。


「さっき根っこごと引き抜こうとしたんですけど、なかなか引き抜けなくてぇ。花を摘んじゃえば葉っぱは枯れるだけだし、ほっといていいかなって思ったんですよ」


 服装に違わずやる気のなさを見せつけてくる苺子。

 そんな彼女を香菜や那須田が放置しているところを見ると、おそらくはなから戦力外として諦めているのだろう。


「あっ、この花もちっちゃくて可愛いっ」


「その青紫の小さな花は、オオイヌノフグリっていうのよ」


 腰が痛くなったのか、立ち上がった那須田が苺子に声をかけた。


「忘れないように口に出してごらんなさいよ。オオイヌノフグリ! って」


「オオイヌノフグリ!」


 花の名前の由来をわかっていない苺子が楽しそうに復唱するのを見て、那須田が意地の悪い笑みを浮かべた。

 彼がオネエでなければ香菜にセクハラだと弾劾されかねない悪戯だが、香菜は越川との話に夢中でそのやり取りに気づいていないようだ。


「ねえ、越川センセ。区画の半分以上は草むしりできたし、そろそろ耕し始めてもいいかしら」


「そうですね。では、あちらの端の方からお願いします。 “天地返し” と言って、上層と下層の土を入れ替えることで、地中に偏った残肥や微量元素をならし、病害や連作障害を予防します。さらに、耕すことで土に空気を入れて土壌の微生物を活性化させ、土づくりを促します。通常はそこの剣先スコップで掘れる深さ、つまり三十センチ程度を耕せばまずまずなんですが、那須田さんは力もありそうですから、さらに深い四十センチあたりの硬盤層までスコップを突き刺して、空気や水の通りをよくしていただければと思います」


「力仕事ならお安い御用よ」


 越川の指示を受け、腰を伸ばすストレッチをしながらタンクトップ一枚の那須田が張り切って剣先スコップを取りに行く。


「じゃあ、俺も “天地返し” をやろうかな」


 体を動かせば心にたまったモヤモヤを吹き飛ばせそうな気がして、根木もその場で立ち上がった。

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