第2話 気付いていても

 鍵の閉まったドアの向こうから、甘い匂いがする。

 ドアに凭れて座れば、夜影の声が気付くなと言う。

 忍相手に、それは無茶だろう。

 バレンタイン、か。

 夜影の様子から、わかりやすい奴になったな、と気付く。

 昔は、あんなにわかりにくかったのに。

 それが、嬉しいような気がする。

 夜影のワガママがただ、愛おしい。

 ただ、開かないドアの向こうで、少し慌てたり、寂しがったりするのが、見なくても想像出来て。

「くっそ……可愛い……」

 それだけは確かで。

 夜影のことだから、手作りチョコに失敗は有り得ない。

 そこは心配しなくていい。

 だが、いつもより様子が可笑しい気がする。

「熱…か?」

 そうなればチョコが完成してからでいいから、確認すればいい。

 というか、完成するまで出てくる気は無いだろうからな。

 一旦離れても、何故か寂しがる。

 呼んでおいて、用はない。

 それがまた、可愛くて。

 ドアに凭れて一人、もがく。

 抱き締めてやりたい。

 逆チョコを狙って既に用意したチョコはホワイトチョコ。

 夜影なら、ワシにブラックチョコを用意するだろう。

 それなら、ワシは夜影にホワイトチョコだ。

 甘いものも、苦いものもいける口であったのが幸いか。

 明日まで我慢。

 向こう側から聞こえる声も、音も、愛おしい。

 聞いているだけで、どうしようもなく。

 気付くな、という無茶を言うから、気付いていても仕方が無い。

 明日までは、何も言わまい。

 何もせまい。

 だが、明日になったらチョコよりも甘い夜影を愛でて、チョコは二の次にして、好きなだけ抱き締めて…。

 そんなつもりでいるのにも、逆に夜影の方が気付いていない。

 こういうことには鈍感な夜影が好きだ。

 何事にも鋭いはずが、感情が絡んだ事には鈍くて。

 忍として、地獄を見過ぎたんだ。

 だから、今度は、この時代では。

 これでもかと、幸せにしてやりたい。

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