ヒュンケル&ハドラー ~ ダイの大冒険

「今日は『取り戻す』キャラ、ヒュンケルとハドラーについて解説するよ」

 へぇちゃん先輩は部室に置いてある、大きな安楽椅子に座って言った。


●ヒュンケルと「取り戻す」

1. ヒュンケルは魔王軍団を率いてレオナ姫の住むパプニカ王国を侵略し、国土を荒廃させた。

2. 誤解からアバンの一番弟子であるにもかかわらず師と正義を憎んでいたが、ダイたちと闘う中で誤解が解け、改心する。

3. アバンの使徒としての使命を果たすことを条件にレオナ姫は彼を許す。

4. ヒュンケルは命がけで魔王軍と闘い、ついに彼を悪の戦士に仕立て上げたミストを打ち破る。

5. 彼の孤独さを理解するマァムやエイミの好意を罪悪感から素直に受けることができない。

6. ヒュンケルは二度と闘えない体になるまで闘い続け、あとをラーハルトに託す。


「罪-贖罪-死のパターン。『死』とは本人の死に限らず、それまでやってきたことがそれ以上続けられなくなること。ヒュンケルの場合は闘うことだし、『るろうに剣心 追憶編・星霜編』の剣心も同じ。『死』とは贖罪から解放されることと考えてもいいかも」

「許されたからもうやらなくて良くなったってことですか」

「んー、許されたかどうかの結果ではなく、許してもらうために壮絶な努力をしたり苦しみを味わい、もうこれ以上できなくなるまでやり続けるっていう過程のほうが重要ね。逆に言うと許されるかどうかや、そのタイミングは自由に決めることができる。この作品の場合は3で、ヒュンケルは条件付きだけど結構早めに許されている。自作するときは6の時点でやっと許してもらえるとしてもいいし、6でも明かされず、許されたかどうかは享受者が判断すべし、としてもいい。もちろん後回しにすればするほど作品の雰囲気が重くなるというところだけ注意よ。

 ついでに言うと、似てるけど微妙に違うのが罪-贖罪-原状回復のパターン。こっちは原状回復という客観的なゴールがあるから、それを達成した時点でこの『面白さ』については終わり。『STEINS;GATE』のオカリンとかがそれね」

「5は『取り戻す』とはあまり関係なさそうですけど……」

「いやいや。これは贖罪に関連しているのよ。贖罪をするキャラの孤独感を際立たせるために一緒に苦しむ理解者がどうしても必要になるの。しかも理解者キャラはちょい役じゃなくて、ヒーロー・ヒロイン級の重要なキャラでなくちゃいけない。『るろ剣』なら巴や薫。『シュタゲ』なら紅莉栖。私はエイミにはちょっと重すぎる役だったと思う。マァムにもう少し頑張ってもらった方が良かったかな」


●ハドラーと「取り戻す」

1. 大魔王バーンの力によって蘇った魔王ハドラー。アバンはハドラーがバーンの使い魔になった、と蔑む。

2. ハドラーはバーンに魔王軍団を任される。軍団長はくせ者揃いで必ずしも従順ではなく、苦労させられる。しかし「大魔王バーンの言葉はすべてに優先する」ということだけは全員で共有することができた。

3. ハドラーは勇者たちに負け続ける。

4. ハドラーは勝つためにすべてを放棄し、自身を超魔生物に改造する。

5. ハドラーは勇者たちの撃退に成功し、褒美に親衛隊を授かる。親衛隊はひたすら力のみを追い求める彼の覚悟に心酔する。

6. ハドラーはダイとバランに闘いを挑む。バーンによって自分の体に埋め込まれた「黒の核晶コア」のため、ダイとバランが全力を出せなかったことを知り、憤る。

7. ハドラーはバーンとの対戦で絶体絶命となったダイたちを逃れさせる。ダイの仲間になろうとしたわけではなく、「自分の闘い」を奪われたくなかった。彼はもはや忠義とプライドを両立することができず、バーンに反逆する。

8. ついにダイとの一騎打ちが実現する。ハドラーは全力を出しきり、斃れる。


「こっちは迷いを絶つパターン。ハドラーは何を『取り戻し』たかったか、分かる?」

「うーん、ハドラーはアバンやアバンの使徒に勝ちたかったから……勝利を取り戻したかった?」

「彼は負けたけど、満足して死んでいったわよ?」

「あ、そっか。そうですね」

「彼が失くしたのは『俺がラスボスだ』っていうプライド。1でアバンがはっきり指摘しているよ」

「ホントだ。使い魔って呼んでますね」

「ハドラーにはただの悪口としか聞こえなかったみたいだけど、彼がこれをしっかり自覚していれば迷う必要はなかった。でも自覚できない原因があったの」

「わかりました。2ですね」

「そう。大魔王は魔王よりも偉いという、絶対的な事実。それと一般的には美徳とされる忠義の言葉も足かせになってる」

「事実は事実じゃないですか」

「だから迷ったり悩んだりするのよ。この手のキャラを作るときには、難しく抽象的な悩みを考え出すよりも、そのキャラの信条と矛盾する、一目で分かるような現実をぶつけるのが効果的だね」

「なるほど」

「その現実と折り合うため、ハドラーはどこに妥協点を見いだしたかというと、自分の信条を『俺がラスボスだ』から『自分の事は自分で決める』に修正し、勇者を倒す点については利害が一致しているのだから、自分にやらせてくれってバーンと交渉する(8)ことだったの」

「バーンには敵わないとしても、ハドラーに決定権がある範囲でならラスボスと名乗れますもんね。大企業じゃなくても社長は社長、みたいな」

「そうね。ハドラーは矜持を回復し、彼の『取り戻す』はここで達成される。バーンを恐れもせず、堂々と一騎打ちを宣言する様子から、彼の迷いが完全に晴れているのが分かるわ」

「ダイもそれを理解しているような感じで、スポーツの試合のような清々しさがありました」

「変なことを言うけど、清々しいって事はそのキャラの物語はそこで終わって構わないってこと。つまり死亡フラグになる。他の作品のキャラだと『新世紀エヴァンゲリオン』旧劇場版のアスカ、『魔法少女まどか☆マギカ』のマミ。両方とも迷いや悩みが晴れた瞬間、死んでるわね」

「確かにそうですね」


●ハドラーと「和解させる」

1. ハドラーは地上を支配するという野心を持ち、卑怯なやり方を厭わなかった。

2. 勇者たちに負け、強さを追求するうちに、ハドラーは領土や地位への執着、魔族であるというステータスや永遠の命、最後にはバーンへの忠誠と、「余計なもの」を次々とそぎ落としていった。

3. 最後に残ったのは、自分の信念を実現するための力を追い求める高潔な心だけ。勇者たちはハドラーの内にアバンの教えと同じものを見る。


「ハドラーには『和解させる』という『面白さ』もある。注意してほしいのは、登場人物も、作者ですらハドラーと勇者たちを和解させようと行動しているわけではないということ。よって『面白さ』は『目的』と言い換えることができないの」

「作者さんは考えていたんじゃないんですか?」

「作者の目的は面白い話を作ることでしょ。ハドラーと勇者たちを和解させるのが『ダイの大冒険』を作る目的ではないはずよ。どちらかと言えば手段ね」

「いわれてみれば」

「さて、『和解させる』には対立勢力が簡単には思いつかないような解決策が必要。作者はハドラーが勇者たちと異なっている部分を自らそぎ落としてゆき、最終的に共通するものだけが残っていた、とするやり方を採用したみたい。対立する勢力が和解を望まない場合に使える方法として覚えておくといいかもね」

「いろんなやり方があるんですね」


「次回、『ダイの大冒険』のキャラ解説の締めくくりはアバンと彼の神格化についてよ。それから最近の作品には神がよく出てくるけど、それについても少し話すわね」

「分かりました。また読み直してきます」

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