かぐや姫の物語 「受け入れる」

 「受け入れる」はとても難しい「面白さ」です。「平成狸合戦ぽんぽこ」で「受け入れる」を見事に成功させた高畑勲がその20年後に作った作品ということで今回初めて観たのですが、上手くいかなかったようです。どこが悪かったのか、詳しく見てみましょう。


●プロット概要

1. 竹取のおきなは竹藪で女の子を見つけ、家に連れて帰る。老夫婦はその子を育てることにした。


2. 女の子は近所の子供たちと一緒に遊んだ。彼女が生きることの素晴らしさを感じる度に体が大きくなり、すぐに子供たちの兄貴分の捨丸すてまると同じくらいにまで成長した。


3. 翁は竹藪の中で、金や豪華な織物を見つけた。彼はそれが娘に贅沢な生活をさせるようにという天の思し召しだと考え、その金で都に立派な屋敷を用意する。


4. ある日、いつものように捨丸たちと遊んだ女の子が家に帰ると、老夫婦は旅の支度をしていた。屋敷の準備が整ったのだった。女の子は老夫婦に連れられ、友達に別れを言う間もなく都へ旅立った。


5. 女の子は女童めのわらわなどの召使いたちや相模という教育係に出会い、都の大きな屋敷で老夫婦と新しい生活を始めた。女の子は高貴な人にふさわしい抑制された立ち居振る舞いを好まず、人前に出るとき以外は奔放に振る舞った。


6. 女の子に初潮が来たので、翁はお披露目と名付けの宴を開くことにした。女の子は宴に捨丸たちを呼びたがるが、住む世界が違うと翁は却下する。名付け親の秋田は女の子の美しさに心を打たれ、彼女をなよ竹のかぐや姫と名付けた。


7. かぐや姫は宴の席で彼女を値踏みする男たちの言葉を聞いてショックを受ける。屋敷から飛び出し、捨丸たちのいた山に戻ったが、彼らはいなくなっていた。炭焼きの男は彼らの一家は季節が巡るようにあちこちの森を回りながら生活しているのだと言う。


8. 男と別れ、かぐや姫は雪原の中で行き倒れになった。しかし気がつくと不思議な力によって屋敷に戻っていた。


9. かぐや姫の美貌が評判になり、五人の求婚者が屋敷に詰めかけた。かぐや姫は会ったこともない男と結婚するのは嫌だと思い、手に入れるのが困難な宝を持ってきたら求婚に応じると条件を出した。


10. 求婚者たちが出かけた後、かぐや姫はおうなや召使いたちと花見に出かけた。へりくだる民や、偶然盗みをする捨丸に出会い、彼らとは同じ世界に生きられないことを思い知る。


11. 三年後、誰も本物の宝を持ってくることはできなかった。彼らのうちの一人はかぐや姫に美しい言葉をかけるが嘘であったことがばれ、それが彼女の心を傷つけた。また唯一真摯に宝を追い求めた者は事故で死に、それを聞いた彼女は自分を責める。


12. 噂を聞いた御門がかぐや姫に出仕の命を下した。その気も無いのに条件をだして皆を不幸にしたことを悔い、応じるくらいなら殺してほしいと彼女は翁に言う。翁はその必死さを見て出仕を断った。当時としてはあり得ない選択に御門は興味を持ち、彼女を連れ去ろうとするが、不思議な力によって彼女は御門の手を逃れる。


13. その後かぐや姫は様子が変わってしまった。媼が理由を聞くと、彼女が御門に抱きしめられたとき、もうここにはいたくないと一瞬思ってしまったため、月に帰らなくてはいけないのだという。彼女は自分勝手のせいで翁を困らせ、生きるために地上に来たのに、それすら満足にできない、と泣く。


14. かぐや姫は地上に来た理由を思い出した。それは地上を懐かしむ月人の涙を見て地上に憧れを抱いたことに対する罰だった。


15. 媼は皆に内緒でかぐや姫を山に帰した。捨丸はちょうど妻子とともに山に戻ってきたところだった。捨丸は歌を聞いた気がしたので、一行を先に行かせ、野原でかぐや姫に再会した。彼女は彼に、彼と一緒だったら幸せになれたのに、と告白する。彼は彼女の手を取り一緒に逃げた。しかし不思議な力で引き離される。


16. 十五夜。月からの行列がかぐや姫の屋敷を訪れる。翁の抵抗もむなしく、かぐや姫を奪われる。地上は穢れてなんていない、という彼女の訴えも、羽衣を着せられるとすべて忘却してしまい、行列とともに月に帰っていった。


●「受け入れる」

 まずは「受け入れる」の典型的なパターンをおさらいしましょう。

 i. 何か受け入れがたいものを突きつけられる

 ii. それを拒否するためにあらゆる手を尽くす

 iii. 失敗し行き詰まる

 iv. 「何か」が起きて、受け入れがたいものを受け入れる代わりに最悪の事態を回避する


 物語の中でかぐや姫が受け入れなくてはならない対象が二つ提示されています。欲や欺瞞に穢れた地上と月に帰らなくていけない運命です。


 「穢れ」は二つ描かれています。動植物の生命や四季の移り変わりと、人の心の穢れです。前者についてはかぐや姫はむしろ憧れ、受け入れたいと思っていました(14)ので除外されます。後者については彼女は徹底的に拒絶し、最後まで受け入れませんでした(7, 9, 11, 12)。そしてこれが最初に突きつけられるのは7、ほぼ中間地点です。「ぽんぽこ」では最初から人間の自然破壊問題が狸たちに突きつけられているのに比べ遅すぎます。月に帰らなくてはいけない運命は、原作を知っている視聴者には最初から分かっていることですが13が初出。あとにii, iii, ivを描かなくてはならないのに、こんなに遅くすべきではないでしょう。


 また人の心の穢れへのかぐや姫の対応に不整合があることも欠点です。五人の求婚者と御門に不誠実な欲望を向けられ、彼女は嫌悪します(11, 12)が、15では捨丸の欲望には応えます。捨丸は妻子持ちですから求婚者同様、不誠実です。なぜ求婚者はダメで、捨丸はOKなのか。かぐや姫は彼が妻子持ちだという事を知らないので彼女の主観からは一貫していますが、視聴者には何が基準なのか分からず、不満が残ります。


 一つの反論として、求婚者たちを断った時点では「受け入れて」おらず、捨丸に会った時は「受け入れて」いた、という仮説を立てることができるでしょう。しかしその心境の変化の描写が不足しています。もし15で彼女が捨丸が妻子持ちだという事を彼の手を取っていたら。視聴者にも彼女が人の心の穢れを受け入れたことがよく分かったかもしれません。


 次にiiについて。なにしろiが遅いのでiiも満足にはできていません。また求婚者の嘘がばれるシーン(11)では原作と同じご都合主義的な展開をそのまま使用しています。12にしても自力で死ぬとは言わず、老夫婦が彼女を殺せないのを知っていて言っているのではないかという疑いすら浮かんでしまいます。また、かぐや姫の試みを阻む側も「不思議な力」ばかりを使っていて(8, 12, 15, 16)、納得できないです。

 月に帰らなくてはいけない運命に対しては、かぐや姫は最初から諦めていて、ほとんど何の努力もしませんでした。


 iiiについて。iiiはiiが十分行われていないと「行き詰まり」感を出すことはできないので達成不可能です。なんだか上手くいかないけど、他にもできることがあったんじゃないか、というモヤモヤを拭いきれません。「ぽんぽこ」ではやれることをすべてやり尽くして、もうどうしようも無いという絶望感をキャラと共有できたのですが……。


 ivが「受け入れる」の最難関ポイントです。「和解させる」と同様、止揚による解決が求められ、ここがありきたりだと登場人物が皆馬鹿に見えてしまうというリスクがあります。この作品では天人がかぐや姫に羽衣を着せて記憶を消し去り、彼女の葛藤(や二時間ほど見せられてきたすべて)を無かったことにしてしまいました。「問題? そんなものは無かった」と言われて納得できますか? 月人はかぐや姫を罰すると同時に視聴者も罰したかったのでしょうか。


●まとめ

 思えば高畑作品には「諦めのいい人」が多く、作風からして「受け入れる」とは相性が悪いのかもしれません。「ぽんぽこ」が「奇跡の一作」だったのでしょう。


 失敗例だけでは解説にならないので、成功例を探してみました。藤子不二雄作の「ドラえもん かがみでコマーシャル」です。短い作品なので網羅性や登場人物の悩みの描写は軽いのですが、ちゃんとivの止揚が提示され、この作品の場合はハッピーエンドになっています。あらすじも検索すれば出てきますし、動画も(違法かどうか分からないので自己責任で)あるので、分析してみてはいかがでしょうか。

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