バック・トゥ・ザ・フューチャー 「仲介する」

 今回はハイ・コンセプトの作り方について考えてみましょう。


●プロット概要

1. 主人公マーティは高校生。頼りない父ジョージのせいで家庭の雰囲気が悪い。ジョージは高校時代からの悪友ビフにことあるごとに利用されるが逆らえない。


2. マーティは知人の科学者、ブラウン("ドク")のタイムトラベル実験に記録係として参加する。タイムマシンの燃料である、プルトニウムを取り返しに来たテロリストに襲われ、ドクは殺害される。マーティは一回分の燃料しか搭載していないタイムマシンに乗って1955年に逃れる。


3. 1955年へのタイムトラベルは成功したが燃料がないため元の時代に帰れない。マーティはドクに助けを求めようと彼の家を探すうちに、あるカフェで高校生のジョージに会う。ジョージは30年後と同じようにビフにいじめられていた。


4. マーティは逃げるように去るジョージを追いかける。マーティは車にひかれそうになるジョージを助け、代わりに車にひかれる。


5. 車の持ち主は母ロレーンの親で、マーティは彼女の家で介抱を受ける。ロレーンはマーティに惚れる。


6. マーティはロレーンの親にドクの住所を教えてもらい、ドクを訪ねる。ドクは一週間後に起こる街の時計台への落雷をエネルギー源としてタイムマシンを起動し、未来に帰る方法を思いつく。また、ジョージの代わりにロレーンに助けられたことで二人の出会いの機会を奪ってしまったため、自分の存在が危うくなっていることに気づく。


7. マーティは未来の両親の仲をとりもつためにジョージにロレーンをダンスに誘うように言うが、ジョージは失敗を恐れてロレーンに声をかけられない。


8. ジョージがSF小説が好きだということを聞いたマーティは宇宙人に扮してロレーンをダンスに誘えとジョージに命令する。


9. ジョージはマーティが用意したセリフでロレーンを誘おうとするが、緊張してセリフをかんでしまい、言いたいことが伝わらない。


10. ロレーンはマーティをダンスに誘う。マーティはダンスの日、ロレーンと口論になったところをジョージが助ける、という芝居をジョージに提案する。


11. ダンスの日。マーティはロレーンと車でダンス会場に向かう。ロレーンはマーティにキスをするが、弟にキスしているような気がして、なぜかときめかない。駐車場でビフの仲間が二人を襲い、マーティを連れ去る。ビフはロレーンに乱暴しようとする。


12. そうとは知らず、ジョージはシナリオ通り車に乗り込む。ビフに脅されるが、勇気を出してビフを倒す。ロレーンはジョージに惚れる。


13. ダンス会場でジョージはロレーンを他の男に取られそうになるが、彼は以前とは違って、堂々とした態度でロレーンを取り戻す。危うくなっていたマーティの存在は再び確固としたものになる。


14. ドクの助けによってマーティは未来に帰る。


●ハイ・コンセプトとは

 「ハイ・コンセプトとは」を適当に検索すると、「物語を二行程度に簡潔にまとめられるもの」とか「もし○○が××だったら、で始まるもの」と出てきますが、前者は大抵の物語に当てはまりますし、後者はあまりに自由すぎて、馬鹿馬鹿しいコンセプトを生みがち(例えば「もし人が両足ではなく両手で歩いていたら?」とか)なのが欠点です。作り方がいまいちはっきりしないのに、「デビューしたいならハイ・コンセプトを作れ」とか「ハイ・コンセプトを作ればヒット間違いなし」とか言われても困ってしまいます。そこで、ハイ・コンセプト映画の代表作である、この作品を取り上げて、どのような要件が必要なのか、考えてみたいと思います。


 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のハイ・コンセプトは「主人公が消滅してしまうのを回避するため、タイムトラベルで邪魔してしまった両親の出会いを仲介する」です。これを眺めて気づくのは、差し替え可能なものが存在しない、ということでしょう。「主人公」をAからBに替えるのは、Bが新たな主人公になるだけです。タイムトラベルに使う道具をデロリアンからドラえもんのタイムマシンに変えてもタイムトラベルには変わりがありません。つまり「主人公」や「タイムトラベル」はあらかじめ差し替え可能なものを取り除いた状態にあります。しかし「両親」は他のものに差し替えることができません。例えば「親友の男女」とかに変更すると文が成り立たなくなってしまいます。


 別の例を見てみましょう。「主人公にとって必要なものや情報が、仲違いしている誰かを和解させ、その人たちに協力してもらうことによってのみ得られる」。「仲介する」の例として作ってみました。差し替え可能なものを取り除いた結果、「両親」にあたるような具体的なものがなくなってしまいました。これでは曖昧すぎて「ヒット間違いなし」な作品は作れないでしょう。


 なにが差し替え可能か、はプロット要約の尺度によって変わります。例えば「スーパーマンが敵を倒す」と「スパイダーマンが敵を倒す」ならスーパーマンもスパイダーマンも「ヒーロー」にまとめることができてしまうので、このレベルでは両方とも差し替え可能と言えるでしょう。もちろんもっと細かい尺度にしてゆけば、それぞれプロットへの関わり方が違うので差し替え可能ではありません。対して「両親」は尺度を小さくしても大きくしても残り続けます。上記から、コンセプトのレベルまで要約し、差し替え可能なものを取り除いても、なんらかの具体的なものが残る、というのが条件の一つになりそうです。


 次に「もし人が両足ではなく両手で歩いていたら?」をふるい落とすための条件を考えてみます。「もし○○が××~」テンプレートの特徴は、○○や××を変えると全く別物になってしまうということです。よって上の例の「両足」も「両手」も差し替え可能ではなく、上記のやり方では排除することができません。


 すぐに思いつくのは、両足→両手のコンセプトには必然性や説得力に欠けている、ということです。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のコンセプトには「タイムトラベルで」という文言が含まれているのに対し、両足→両手にはそのようなものは一切ありません。これが使えそうです。


 もちろんタイムトラベル自体の信憑性には大いに疑問が残ります。タイムパラドックスの問題をうまく説明できない限り、タイムマシンを実用化できるとは思えません。しかし一般にひろく浸透した概念であることは確かです。一方「男女の精神が入れ替わったら」というハイ・コンセプトがあります(差し替え可能なものを取り除いても「男女」や「精神」が残るのでハイ・コンセプトとして認定可能でしょう)。こっちの方はタイムトラベルよりも、もっとありえなさそうですが、人気のジャンルだそうです。

 これらの実例をまとめると、説得力が高ければ高いほど良いが、享受者の興味を満たすことができるものであれば多少の虚構は許される、ということでしょう。


●ハイ・コンセプトを作るには

 前衛作品でない限り、どんな作品にも主人公は存在します。主人公から始め、主人公にとって差し替えのできない、具体的なものを探すのが無難な出発点ではないでしょうか。そして主人公とそれの関係を脅かしたり根本から変えてしまうものを設定します。脅威や変化をもたらすものの説得力や自分を含む享受者がそれに魅力を感じるかどうかを考慮しながら、差し替え可能なものをできるだけ少なくしてゆく、というのが一つのやり方になると思います。


 「もし○○が××~」のテンプレートを利用するのも、発想を広げるには有効なやり方だと思います。説得力や魅力の吟味、差し替え可能なものを減らす、というプロセスは同じです。


●まとめ

 ハイ・コンセプトとは、差し替え可能なものを取り除いても、具体的なものが残り、説得力や魅力を持ったコンセプトで、ハイ・コンセプトを作るには、主人公と主人公にとって特別な関係にあるものや「もし○○が××~」のテンプレートから始め、ハイ・コンセプトの条件に合うように調整を重ねる、となりそうです。


 今回はちょっと考察が荒削りかもしれません。考えが深まり次第、追記を検討しています。それでもハイ・コンセプトについて何らかのヒントにでもなれば嬉しいです。

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